目覚め-1.田舎の木造に扇風機しかないのはざら。けどさようなら扇風機さん、そしてようこそスポットエアコンさん!!

 2019/2/8 20:××

 県教育委員会は8日、少子化などによる生徒数の減少に対応することを決定。2023年度までに県立高25校を13校に統合、再編することをまとめ計画し発表した。


 ――私の友達? もしかして和香ちゃんのことかな? でもなんで駅前にいたんだろ……遅れた課題図書の搬入は日曜日のはずなのに、


 2022/3/2 ××:××

 県教委の計画では2024~~2028年度新たに全日制8校を4校に統合する予定です。統合の対象になっている高校は…………

 県教委は、今後見込まれるさらなる少子化を想定し望ましい学校規模を1学年4~~6学級とし、県立高の統合や学級の削減を進めることとしています。


 ――ん、どうして一緒に活動を。ってそれはね、併合されるのは再来年だけど先に同じ委員会や部活同士で交流しようって話になったからだよ。いくら統合するっていったっていきなりじゃ混乱するの目に見えてるし、


 ★★★


「兄さん、ちょっと……!」


 少し、不安の色が混じった妹の声で目を覚ました俺は、夢心地な頭でタオルケットを跳ね除けむくりと起き上がる。

 起き掛けにガシガシと、寝ぐせのついた髪を掻き顔を上げれば時刻はすでに朝10時、

 壁の振り子時計を目で追っかけつつ、俺はたった今まで見ていた「夢の残り香」を手繰り寄せてみようとする。


(なんだっけなあれ、なんか見た覚えはあるんだけど……)


 一応しようとはしてみたものの、これっぽっちも浮かんでこなかったんで俺は早々に思い出すのをやめた。

 あっさり見ていた夢のことなど頭の隅に追いやって、一つ大きな欠伸をしてから俺は寝間着替わりのTシャツに短パンといった格好で寝床の襖を開ける。

 日に焼けた襖の取っ手を幾度か開けて回ることしばし、俺は妹の声がする方へと気だるい身体を引きずっていった。


「おはよ彩花、どうかしたか?」


 まだこんな時間にも関わらず、瓦屋根の実家にはじっとりと不快指数を上げてくる空気が充満する。

 それに輪を掛け「本日も張り切りすぎな蝉の大合唱」が網戸を突き抜け響いてくるもんだから、うへっと眉を顰めずにはいられない。

 一日の始まりとしては「たまったもんじゃない湿度」に思いっきし顔を歪め、俺は玄関に続く障子をスライドさせ彩花に声を掛けた。


 昨日と打って変わり、玄関の上りに立つはストライプ入りの青リボンに半そでの白シャツ。膝丈に紺色のサマースカートを履きいかにも「これから学校です」と言わんばかりな風体の妹。

 今まさに、指定のショルダーバッグを掛けサマーブーツに足を通そうとしていた彩花は、障子の開く音に反応し助けを求めるように俺を振り返った。


「えーっと、どちらさん?」


 そして、上がり框から俺を見上げてきたのは彩花一人ではなかった。

 頬をポリポリ首を傾ぐ俺が框を見下ろせば、玄関の土間には奇天烈な? 組み合わせの男が二人。


「おやおや、そちらがお兄さんですか? いやーすいませんね、こんな休みの日に押しかけちゃいまして」


 片方はよれたネクタイに履き古した感のあるスラックス。一見するとうだつの上がらなさそうな風貌の中年に、

 もう一人は、にへらっと薄い笑みを張り付け話しかけてくるベレー帽を被った童顔の青年。

 成人男性の平均よりもやや高そうな身長の中年男と違い、その青年は150そこそこといった小柄な体躯に覚めるようなレンジのベスト。

 そんな、見た目も身長も凸凹であるコンビの片割れがなおも軽薄な調子で言葉を継いでくる。


「えっとですね、僕らはこういう者なんですが……」


 あまりにチグハグで奇妙な二人組の訪問に、さりげなく俺は彩花よりも半歩前に進み出る。

 そういった俺の様子に気を悪くした素振りもなく、なんとも「変な組み合わせ」の片割れであるところの青年が徐にデニムのポケットから何かを引っ張り出した。

 開きっぱなしの戸から容赦なく差し込んでくる強い日差しにも汗一つ浮かべぬまま青年はそれを俺たちに提示してくる。


「……刑事さん、ですか?」


「はい、私中央警察署の鏑木(かぶらぎ)吾大(ごだい)と申します。あ、偽物だと思いました? 嫌だな、ちゃんと本物ですよこれ……なんなら職員番号も確認してみます?」


 ただでさえ見下ろすような形となっている俺に向かい、ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いで「吾大」と名乗る刑事は開いた手帳を俺の眼前に突き付けてくる。

 まあ確かに、やたらぐいぐい押し付けられる手帳の写真と目の前の刑事が同一人物であることを確認した俺は、


「んでその中央警察署の警部補さんとやらがどうしてうちに……?」


「そうそう。それなんですけどね」


 訝しんでいた風の俺が話を聞く姿勢に入ったと見るや、何やら警察官らしいこの「鏑木吾大警部補」はさっさと警察手帳をたたみポッケに仕舞い込んでしまう。

 と同時、ほぼゼロ距離まで接近してきていた体を今度はいきなり離すと、表情を変えずに先を続けた。


「何まあ、少々お話を。というよりもここら一体のおうちに聞き込みに回ってましてね、それでお邪魔させてもらったという訳なんですよ!」


「……聞き込みですか。ってことはなんか事件でも!?」


 こんなにも寝ぼけたくらいに平和で、穏やかな片田舎にはあまりに不釣り合いな「浮いた感すらあるワード」に、俺は思わず彩花へと視線を移す。

 が、俺と同じく彩花も驚きを張り付けた顔で私も知らないと首を横にぶんぶん振る。

 そんな俺ら兄妹の反応を、警部補さんはほんのわずか刑事としての鋭さを覗かせた眼光でじっと伺ってくる。


「いやね、事件っていうかその、ぶっちゃけ今日の昼か夕方にはローカルニュースで取り上げられちゃうと思うんであれですが……現場が現場だけに大した目撃証言もなく困ってましてね」


「ああ確かに、監視カメラなんてのもないでしょうし。こんな見渡す限り田んぼ! みたいな田舎じゃ捜査とかも大変ですよね」


「いやまあ、そうなんですよ! 土地柄なのか周辺のご老人方の警戒もなかなかに強くて強くて」


 これまで、わりとつかみどころのない雰囲気だった警部補さんがじいさんばあさんのくだりになった途端急にしぶい顔となる。

 へらりとした薄笑いも引っ込んでいるのを見るに、よっぽど周辺住民への聞き込みが芳しくなかったと思われる。

 曲がりなりにも、幼少の頃から近所のジジババと浅からぬ関係がある俺としては、いくらでも思うことはあるので「さもありなん」と警部補さんに同情を禁じえずにはいられない。


「ところで、そちらは妹さんでしょうかね?」


 いやはや、参りましたよと心底困った風に苦笑いを返してきていた警部補さんが、ここにきてふと視線を俺の背後に向ける。

 やや半身を俺の背で隠すようにしていた彩花は、急に水を向けられたことで面食らったようにしながらも「はい」とだけ返す。


「彩花さんでしたか。いきなり押しかけちゃってすいませんね、突然こんなおっさん二人がきてビックリしたことでしょう!」


 おずおずとした態度の彩花に警部補さんはすまなさそうに眉を伏せる。

 後ろに控える中年男と自分を指さしおどけてみせる警部補さんの指が振られると、一瞬無言で佇む中年の刑事? さんに俺たちの注意が逸れる。

 注目を浴びた吾大の同僚? さんはそれでも黙ったまま、見つめる俺と彩花に一礼だけを返してきた。


 その様子だとこれから学校にでも行くのかな? その制服、櫻ヶ丘のだよね?」


 警部補さんの言葉で再び目線を戻した彩花は、「ええ、そうですけど」と小首をかしげる。


「いやねこんな日曜日に……というのもあるけど、盆休み前なのにどうしてなのかなと思いましてね」


「……ああ本当は用事なんてなかったはずなんですけど。委員会のお仕事で急遽集まることになっちゃって」


「なるほどなるほど、学生さんも大変なんですねー。確か、櫻ヶ丘って皎葉と合併の話が出てるとこだよね?」


「……ええまあ、今日もちょうどその皎葉の子たちと活動する予定ですけど……」


 矢継ぎ早に飛んでくる警部補さんの質問に、彩花は戸惑いを浮かべた顔で応答を繰り返す。

 そんな彩花の困惑も意に介さず、警部補さんは少しためを作ると「それじゃあさ」というように切り出した。


「彩花さんも知ってるかな? 皎葉生徒の間で出回ってる変な噂とか」


「変な噂ですか?」


「そうそう、例えば登下校中おじさんにしつこく勧誘されたとか、もしくは学内でトラブルが起きてるみたいな?」


「うーん、特に聞いた覚えはないですけど。もしかしてその事件にあったのって皎葉の子なんですか!?」


「……ああいや別に。まあいいか、すぐ耳に入ることでしょうしね」


 何かと含みのあるような警部補さんの物言いに、彩花も思わず反射的に聞き返す。

 被りを振りかけた警部補さんは、思い直したように手を止めてその先を話し始めた。


「実のところ、今回被害にあったのは皎葉高校の生徒さんなんですが、いかんせん手掛かりが少なくてですね。いろいろな側面から情報を集めてる段階でして、それでお友達から何か小耳にはさんだりしていないかなーと」


「そうだったんですか。でもごめんなさい、今すぐに思い出せるようなことはないですね」


「まあいずれにせよ、今日中には全国ニュースでも取りざたされると思うんで、気付いたことがありましたらご一報を!」


 それだけ言い残すと、あまり落胆した様子もなく二人組の刑事はギラギラと日差しの照る庭先へ引き返していく。

 そんな予期せぬ来客の背を見送りつつ、たった今渡された手元の名刺に目を落とすと彩花は、


「こんなド田舎でも事件なんて起こるんだね。……近いのかな?」


「どうだろな、たぶんじいさん辺りに聞きゃ何かしら知ってると思うけど。ってか彩花、時間いいのか?」


 俺も彩花の手元を覗き込みながら、「鏑木吾大」と印字された名刺を見つめる。

 不安が声ににじむ彩花とは反対に、ゆうて全く日常感のない、ましてや概要すらよく分からない1事件から俺の思考は「差し迫った問題」へシフトする。


「あ、そうだった。じゃあ兄さん、私行くね? 約束の2時前には帰ってこれると思うから!」


 俺の指摘にようやく出掛けだったことを思い出し、彩花はバタバタと慌ただしく玄関の敷居をまたぐ。

 軒先の自転車に飛び乗る彩花の背に「いってらー」と声を掛け、さてどうすっかなと俺は茹だるような座敷へと身をひるがえした。

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