第17話 学園祭

「なぁ、アラタ?」

「ん?」

「遅くね?」

「そうだな……」


 俺と龍は、大学の入口のところで音葉おとは達3人を待っていた。ただ、予め伝えておいた時間になっても一向に来ない。

 しかも、さっきから連絡しても繋がらないんだよなぁ。まぁ、既読は着いているから無事なのは確かなんだけど。


「ヘイ! お待たせ〜」

「遅いぞ」

「にひひ〜、いい女は遅れてやってくるものだよ」

「お前はヒーローか。いや、そもそも謝るのが先だろ」

「あ、うん。ソーリーボーイ」


 こいつ……誰がギ〇ソンで謝れって言ったんだよ。はぁ……もういいや。


「ごめんね、遅れちゃって」

「すいません。お待たせしました」


 俺達のやりとりを後ろで見ていた、松田さんと佐々木さんが、音葉の代わりに俺達に謝ってきた。


「いや、大丈夫だよ。な? アラタ」

「あぁ。まぁ、何があったかだけは聞きたいけどね」


 と言っても、どうせ原因は音葉なんだろうけどね。


「まぁ……音葉の寝坊が原因ですね」


 ほら、やっぱりな。

 ん? ちょっと待てよ、寝坊?


「なぁ、音葉? 俺の記憶が確かなら、朝は一緒に飯食ったよな?」

「うん。アラタ君の卵焼きは最高だね」

「そいつはどうも。じゃあ、何で寝坊してんの?」

「いやぁ、いい感じにお腹が満たされて、眠くなっちゃったから寝ちゃった」


 うわぁ……やってることが、1番ダメな休日の過ごし方じゃん。そしてあれだろ? 昼くらいに目が覚めて、昼飯食って、夕方までまた寝ちゃうやつだろ。んでもって、夜になって1日無駄にしたって後悔しちゃうんだろ?


「ん? どうしたの、アラタ君?」

「いやな、音葉はしっかりダメ人間やってるんだなぁって思ってさ」

「にひひ〜、でしょでしょ。もっと褒めていいんだよ」

「おぉ〜、よしよし。すごいですねぇ、いい子いい子」


 そう言って俺は、お手が出来た子犬を褒めるみたいに、音葉の頭を撫でる。


「何やってんだ? お前ら……」

「気にすんな。俺らにとっては、最早日常みたいなものだ」

「そ、そっか……」


 龍、そんな目をするな。

 大丈夫だ。俺自身このやばさについては、しっかりと自覚している。ただ残念なことに、本当によくある日常なんだよ。だから、慣れるしかないんだ。


「それで音葉?」

「うん?」

「何で連絡しても返信なかったんだ?」

「それは、私なりの気遣いだよ。ほら、既読つかなかったら、何かあったんじゃないかって心配するでしょ? だから、既読だけはつけておいたんだよ」

「いやいや……既読つけたなら、返信しなさいよ」

「えぇ……寝起きで文字打つのだるい」

「あぁ……うん。じゃあ仕方ないね」

「そうそう。仕方ないんだよ」


 うんうん。しっかりダメ人間ですね。


「んじゃ、そろそろ行くかぁ」

「え? 桜木君、本当に今のでいいの?」

「あぁうん。大丈夫だよ松田さん。諦めてるから」

「そ、そっか……」


 ありゃりゃ、松田さんも龍と同じ目をしちゃった。流石カップルですね、仲がいい。


璃亜りあは気にし過ぎだよ。アラタ君は、こんなことは一切気にしない、ビックな心を持っているんだよ」

「いやいや……桜木君は諦めてるだけだからね?」

「そうよ。音葉は少し桜木君に甘えすぎ」

「もぅ……璃亜も栞菜かんなは、真面目過ぎ」

「「あんたが、ダメ人間過ぎなのよ!」」


 ――――

 ――


「はい、お待たせ〜。色々買ってきたよ」

「ありがとう。龍、松田さん」


 音葉が寝坊したせいで、集まったのが昼になったから、俺達はまず飯にすることにした。

 食い物を買うために全員でぞろぞろと動くのは、効率が悪いとのことで、買い出し担当と場所取り担当の2チームに分かれることになった。龍と松田さんが買い出し担当、俺と音葉と佐々木さんが食堂で場所取りだ。


「一応、定番どころと変わり種を、バランスよく買ってきたつもりだぜ」


 焼きそばにたこ焼き、フライドポテトやフランクフルト。この辺が定番どころだな。んで、こいつらが変わり種か。えっと……スルメいかのチョコ焼き? おでん炙り? うん、よく分からん。まぁとにかく、それなりの量がテーブルに並べられた。


「んじゃ、まぁ。いただきますか」

「そうだな」

「「「「「いただきます」」」」」


 さてと、それじゃどれから食べようかな。やっぱりまずは、安定のたこ焼きかな。


「って、辛っ!」

「おっ! アラタ一発目で当たり引いたな」

「何だよこれ? たこ焼きじゃないぞ」

「ロシアンたこ焼きだよ。1パックに1個だけ、ワサビ&カラシが大量に入ってるらしいぞ」


 マジかよ……くっそ、とんでもないのを食っちまった……


「ということは、後は普通のたこ焼きなんだね?」

「そういうこと」

「にひひっ、アラタ君ありがと」

「そのありがとうは、全然嬉しくない……」

「まぁまぁ、そう言わさんな。ほら、私の焼き鳥あげるから」

「ったく……そのネギまくれ」

「オッケー。ほい、あーん」

「あーん。んっ、結構美味いな」

「だよね〜」


 学生の出店にしては中々の味だけど、やっぱりたまにスーパーの前にいる、焼き鳥屋の方が美味いんだよなぁ。今日、近くのスーパーに居ないかな?


「ねぇ、桜木君?」

「ん? どうしたの、佐々木さん?」

「何か、音葉との距離感っていうのかな? 近くなった?」

「うーん。そうかな? 普通だと思うけど。な?」

「うん。いつも通りだね」

「そ、そっか……」


 うーん、そんなに近いかな? 最近じゃ、このくらいはよくやることだしなぁ。


「無自覚って、怖……」

「いや、龍君。あれは多分、無自覚とかのレベルじゃないよ。なんて言うか、生活の一部みたいになってる感じだよ」

「あー……なるほどな」

「え? 2人して何言ってんの?」

「「あぁ……うん。気にしないで」」

「そ、そっか……」


 そこまで言っといてさ気にするなって、ちょっと酷くないですかねぇ。まぁ、踏み込んだところで教えてくれないんだろうから、これ以上は聞かないからいいんだけどね。


「それで? この後はどこに行くの?」

「ねぇ、アラタ君。面白そうなところはないの?」

「さぁ。知らない」

「同じく」

「いやいや、2人共ここの生徒ですよね? 何で何も知らないんですか?」

「いや、だって学祭とか興味無いもん」

「そーそー。こんなのサークル入ってるやつらか陽キャが楽しむ無駄イベントだって」


 その癖、参加してレポート提出しないと単位もらえないしな。マジで学祭のレポートとか何の意味があるんだよ。そんなのただの感想文だろ。


「えっと……本当にどうしようか? 私達、龍君達に案内してもらう気満々だったんだけど」

「あーうん。ごめんね、璃亜ちゃん。代わりにこのパンフレットあげるから許して」

「丸投げかーい。少しは彼女をエスコートしようよ」

「学祭じゃなければ全力でするだけどなぁ」

「分かるわぁ〜、その気持ち」

「えぇ……アラタ君も同意しちゃうんだ」

「2人の反応を見るに、何か学祭に嫌な思い出でもある感じですね」


 嫌な思い出ねぇ。あるなぁ……去年とか。

 あれ、マジで最悪だったわ。思い出したくもないね。


「あ、これとかいいんじゃない?」

「どれどれ? おー確かに悪くないかもね。栞菜もいいかな?」

「うん。いいよ」

「決まったの?」

「うん。この屋外ステージに行く」


 そう言って音葉は、俺と龍にパンフレットを見せてくる。

 えっと、屋外ステージだっけ?

 あぁ、これか。お笑いとかダンスとか、各々好きにやるやつね。

 まぁ、無難でいいんじゃないかな。少なくても退屈はしないかな。


「龍は問題ない?」

「あぁ。どこでもいいよ」

「決まりだな。よし、んじゃ行きますか」


 ――――

 ――


「お? やってるやってる」


 俺達が屋外ステージに行くと、2人の学生が漫才をやっていた。お客さんもそこそこいるな。


「とりあえず、近くまで行ってみようよ」

「うん、そうだね」

「ほら、アラタ君と吉田君も」

「はいはい」

「うーい」


 しかし、すごいテンションの差だな。俺と龍の男性陣はローテンションに対して、音葉達の女性陣はそこそこのハイテンションだ。これが、男女の違いなのか?

 いや、単純に俺らが学祭に乗り気じゃないだけか。


「あ、見てよ。次は演奏するみたいだよ」

「そうだな」


 あいつらは確か、軽音サークルのやつらだったな。ベースのやつは俺らと同じ科目取ってたから覚えてる。


「どんな演奏するか楽しみだなぁ」

「音葉達に比べたら大したことないと思うぞ」

「アラタ君。そう言い方よくないよ。それに音楽は楽しんでこそなんだから」

「そうだな。悪い」

「ううん。分かればいいんだよ」


 確かに音葉の言う通りだな。音楽は、音を楽しむって書いて音楽なんだ。それを変に比べるのはよくないな。


「おぉ! いいじゃんいいじゃん!」

「うん。私もすごくいい思う」

「特にドラムの人がいいリズム刻んでたね」


 ほう。どうやら、AGEの面々は今の演奏がお気に召したようだ。

 確かにお客さんは大盛り上がりだ。流行りの音楽ってのもあったけど、演奏のレベルも高かったし、ボーカルをやってた女の子の歌も上手かった。


「ありがとうございましたー。軽音サークルでしたー」


 ん? 何だあいつら?

 ボーカルの子がそう言って、舞台袖に引き上げようとした時、チャラい見た目をした男達が、客席からステージに上がる。


「え、えっと……」


 急にステージに乱入してきたやつらに、軽音サークルの面々が困惑した表情をする。


「おいおい、なんだよ今の? 中学生の文化祭かよ」

「そうそう。マジでつまんねぇな!」

「おかげで完全に冷めちまったぜ」


 うわ、だっせぇ。てか、今のお前らの行動の方が冷めるわ。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、さっきまでの熱気は消えてしまっている。


「ねぇ、あいつら何なの?」


 音葉も不機嫌オーラを出しながら、俺に聞いてくる。佐々木さんと松田さんも、とても不愉快ですって感じだ。


「確か、あいつらはバスケサークルのやつらだよ」

「龍、知ってのか?」

「少しだけな。と言っても、悪い噂ばかりだよ。バスケなんて全然しないで、毎週のように合コン三昧のヤリサーだ。しかも、タチが悪い方の」


 あぁ……思い出した。前に他校の女生徒に、少し危険な薬使ったとかで問題になったやつらだ。てっきり、退学処分になったと思ってたけど、まだ在籍してたのか。


「ほら、それ貸せよ。下手くそなお前らの代わりに俺達が演奏してやるよ!」

「ちょ、ちょっとやめてください!」

「うるせぇよ! さっさとしろ!」


 チャラ男達はそう言って、軽音サークルから楽器を無理矢理奪い取る。


「ほんっと最低……」

「あ、ちょい待て。音葉!」

「離して」

「悪いけどそれは無理だ」


 俺はステージに乗り込もうとしている、音葉の腕を掴んで止める。


「龍! 佐々木さん達も止めてくれ!」

「言われなくても、もうやってるよ!」


 流石だ。頼りになるよ。


「何で止めるの」

「そんなの危ないからに決まってるだろ」

「別に喧嘩しに行く訳じゃないよ。ちょっと文句言いに行くだけ」

「それが危ないから止めてるの。あのバカ共のことだ。何しでかすか分かったもんじゃないぞ」

「でも」

「でもじゃない。怪我したらどうするつもりなんだ」

「……」


 俺がそう言うと、音葉は大人しくなった。チラリと龍達の方を確認する。よかった。佐々木さん達も、ステージに乗り込むのをやめてくれたようだな。

 しかし……あいつらどうしたもんかな。早いとこ消えてほしいんだが。警備の人でも呼んでくるか?


「おーい。そこの司会。てな訳で、俺達飛び入り参加ね」

「え、えっと……」

「んじゃ、俺達の最高の音楽を聞かせてやるよ!」


 そう言ってチャラ男達は、乱暴に楽器を鳴らしだす。


「本当に最悪……」


 全くだな。あんなのは音楽じゃない。

 メロディもリズムも関係ない。ただ、好き勝手に楽器をガチャガチャと鳴らして、バカ丸出しに騒いでいるだけだ。

 聞いているだけで、気分が悪くなる不協和音だな。


「イエーイ! どうよ? 俺達の音楽は?」

「マジ最高だろ?」

「あ? 何だ何だ? 全然盛り上がってねぇじゃん!」


 当たり前だろ。楽しんでいるのははお前らだけだよ。他の人達は、楽しい雰囲気に水を差された挙句に、お前らの不協和音を聞かされて、気分は最悪なんだ。さっさと消えちまえよ。


「ははっ! しゃあねぇ、盛り上がってないようだし、もう一曲行っとくか!」


 ち、まだやるのかよ。

 ダメだ。ここに居ると、不快感で爆発しそうだ。さっさと離れちまおう。

 そう思ったのは、俺だけじゃないみたいで、他の人もその場を離れて行く。


「ごめん、アラタ君。やっぱり無理」

「音葉?」

「大丈夫。絶対に怪我しないって約束するから。栞菜、璃亜行くよ」

「うん」

「分かった」


 音葉達は、俺らが止める間もなくステージに行ってしまう。

 くっそ、あのバカ。


「龍。悪いけど、最悪の場合は頼めるか?」

「あぁ、分かってるよ」


 頼むから、怪我だけはしないでくれよ。

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