第12話 遊園地デート 後編

「なぁ、東城。本当に入るの?」

「も、もももちろん……だよ……」

「いや、やめといた方がいいよ。声、めっちゃ震えているしさ」

「嫌だぁ、入るのぉ〜」

「はぁ……」


 少し遅めの昼食をとった俺達は、お化け屋敷の前にいる。お化け屋敷を見つけた東城は、絶対に入りたいと駄々をこねだした。

 いやまぁ、俺だけだったら入ることには何も問題はないんだけど、東城も一緒となると話は変わってくる。

 だってこいつ、ホラー系の怖いやつがめっぽう苦手なのだから。前にネカフェでホラー映画を見て、ギャーギャー騒いで出禁になったレベルだ。


「怖いの苦手なんでしょ?」

「そうだけど、入りたいんだもん」

「何でだよ……」

「あれだよ。怖いの苦手だけど、心霊番組とかは見たくなっちゃっうあれ」

「相変わらず、その理屈はマジで理解出来ないんだよなぁ」


 それで後から、めっちゃ後悔するんでしょ? だったら、初めっから見なければいいのに。


「それに桜木君だって、絶叫系苦手なのに乗ってくれたじゃん。だから、私も頑張るの」

「それとこれは、別だって」

「別じゃないの。だから、入るのぉ」

「はぁ……分かったよ」


 これ以上、入口の前で言い合いしてても、係員さんに迷惑かかるし、いっそのこと入った方がいいか。って、これじゃさっきと真逆だな。


「んじゃ、入るけど本当にいいんだよね?」

「う、うん……あ、でも」

「うん?」

「て、手は繋いでてほしいなぁ」

「はいよ」


 俺が手を差し出すと、東城はその手を握ってきた。腰はめっちゃ引けているけどね。


「えっと、入るってことでいいんですよね?」

「はい。お待たせして、すいません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。では、いってらっしゃいませ〜」


 ――――

 ――


「うっ、うひっ。あ、あぁ……ひゃ!」

「あ、あの〜東城? 大丈夫?」

「だだ大丈夫……じゃっ、ない!」

「ですよねぇ」


 お化け屋敷に入って、すぐの長い廊下を歩いているんだが、東城はもう既にビビりまくっている。因みに、まだ何も怖い要素は出ていない。ただ、暗いだけだ。


「どうする? 今だったら引き返せるよ」

「そ、それはダメぇ……」

「そうっすか……」


 まぁうん。そう言うと思ってたよ。

 でも、こんな調子で大丈夫かな? 多分そろそろ出てくる頃なんだよなぁ。


『ばあぁー!』

「いぎゃあぁー!」


 おぉ、やっぱり出てきた。お墓の後ろから、白装束を着た、長い髪の女の幽霊が勢いよく飛び出してくる。


「おばおば……オバケ……」

「あぁうん。出てきたね」

「いやぁー!」


 お? 今度は井戸から出てきたな。あれは貞子かな?

 にしても、意外と凝ってるな。来ている衣装とか濡れているし。役者の人も迫真の演技だ。


「さ、桜木君……」

「はいはい。大丈夫だって」

「う、うぅ……」


 あーあ……東城のやつ、もう泣いちゃってるよ。握っていた手も、いつの間にか腕にしがみついているし。

 ん? 腕にしがみついている、だと? つ、つまりそれは!?

 俺は全神経を右腕に集中させ、ゆっくりと視線を右腕に向ける。

 や、やっぱりだ。俺の右腕が神の領域に突入してるではありませんか! 東城の自己主張の激しいおっぱいに、挟まれている! な、何だこの幸福感は……気持ちいいぜ。そして、最高だ。


「さ、ささ桜木君……あ、あれ……」

「ん? おぉ」


 曲がり角がある直前のところに、白装束を着て頭にロウソク、右手には金槌を持った人が、木を叩いていた。

 ほうほう。あれは間違いなくあれですな。しかしまぁ、またベタなの持ってきたなぁ。


「どど……どうしよう……?」

「気付かれないように、行くしかないね」

「分かった……」


 俺と東城は、なるべく音をたてないように早足で、通り過ぎようとする。


「あ」

「いひっ!」


 目があった。

 いや、違うな。あの人の前に鏡があるから、それで気付かれたのか。


『見たなぁ』

「ひぃ!」

『見たなぁー!』

「いいぎゃああぁー!」


 呪っちゃうマンが、金槌と藁人形を持って、奇声をあげながら俺らの方へ走ってきた。

 東城は、しがみついていた腕を離して、逆方向にダッシュで逃げ出す。


「あばっ!」


 あ、転んだ。お? 立ち上がった。あ、また転んだ。んで、また立ち上がって、転んだ。

 すごいな。あんなに連続で転ぶやついるんだな。2〜3歩おきに転んでは立ち上がってを繰り返している。

 お? 今度は、立ち上がるのを諦めて、這って逃げようとしている。でも、手足に上手く力が入らないようで、すぐにもつれて倒れてしまう。


「う、ううえぇぇーん! だずげでぇー!」

「あちゃー」


 子供のように、声を上げてギャン泣きしちゃったよ……


「うえぇぇーん! あ、あ、あぁーん! 桜木君どこ〜」

「やれやれ……」

「あ、あの〜」

「あーすいませんね。あいつは、俺が回収しとくんで、仕事に戻っていいですよ」

「あ、はい。その、何かすいません。やり過ぎちゃったみたいで……」


 呪っちゃうマンさんが、すごく申し訳なさそうに謝ってくる。

 うん、まぁそうだよな。あんだけギャン泣きされたら、申し訳ない気持ちになっちゃっうよね。


「大丈夫っすよ。あいつが、特別なだけなんで」

「そ、そうですか」

「そういうこと何で、気にしなくていいですからね」

「分かりました。では、私はここで失礼します」

「はい。お疲れ様です」


 さてと、早いとこ東城を回収するか。他の幽霊さん達も、心配して見に来ちゃってるし。てか、その格好で東城に近付いたら、余計に悪化しちゃうな。


「おーい、東城。大丈夫かー?」

「大丈夫じゃないぃ」

「はいはい。怖かったなぁ」

「何で1人にしたのぉ」

「いや、東城が勝手に行っちゃったんだろ」

「じゃあ、すぐに追いかけてよー」


 追いかけるもなにも、すぐに転んでたから、追いかけるほどの距離じゃないんだよなぁ。


「てか、立てるか?」

「無理……腰が抜けちゃったし、足に力入らない……」


 うん。そう言うと思ってたよ。


「ほい。乗って」

「うん……」

「もうリタイアするよ?」

「分かった……」

「お? やけに素直だね」


 てっきり、また嫌だって駄々こねるのかと思ったんだけどな。


「実は……もう漏れそう……」

「マジかよ……」

「結構、ギリギリ」

「緊急事態じゃん」

「だから、出来るだけ急いでほしいかな」

「了解した」

「あ、でも、ゆっくりね。本当にギリギリだから」

「わ、分かった……」


 何で、そんなになるまで我慢してたんだよ。いや、あの状況でよく漏らさなかったって、褒めておくところかな? まぁ何でもいいや。とりあえず、マジで漏らされる前にトイレに連れて行こう。


 ――――

 ――


「た、ただいまぁ」

「ん。間に合った?」

「桜木君。それを聞くのは、デリカシーがないと思うな」

「ご、ごめん……」


 確かに今のは、デリカシーに欠けてたかもしれないな。つい、何も考えずに言ってしまった。気をつけよう。


「さてと、この後はどうする?」

「んー? そうだねぇ」


 いい感じの時間帯になってきたし、そろそろ閉園の時間だ。ここ、夕方までしかやってないんだよな。


「じゃあさ、最後に観覧車に乗ろうよ」

「ん。了解」


 ――――

 ――


「綺麗だね」

「そうだな」


 確かに建物に邪魔されないから、いつもより夕日が綺麗に見える。


「ねぇ、桜木君?」

「うん?」

「今日、楽しかった?」

「あぁ、楽しかったよ」

「本当に?」

「本当だって」


 こんなバカみたいに、はしゃいだのは本当にいつぶりだろう? そのくらい今日は、マジで楽しかった。


「にひひっ、ならよかったよ」

「東城はどうだったんだよ?」

「私? そりゃもちろん、すっごく楽しかったよ」

「そっか」


 ま、聞くまでもなかったか。楽しかったか楽しくなかったかなんて、今の東城を見れば1発で分かるもんな。


「そうだ、桜木君」

「ん?」

「せっかくだし、いい感じの話しよっか」

「いい感じの話って何だよ……? しかも、何がせっかくなのか、よく分からないんだけど……」

「まぁまぁ、堅いこと言わないでさ」

「はぁ……まぁ、いいけどさ。んで? そのいい感じの話とは?」

「んー? そうだねぇ。じゃあ、桜木君がライトノベル作家を目指している理由とか、聞いちゃおうかな」

「俺がラノベ作家を目指している理由かぁ」

「そうそう。1度聞いてみたかったんだよね」

「別にいいけどさ」


 まぁ……きっかけは、間違いなくあれだよな。


「中学の時だったな。図書室でラノベを見つけたのが、始まりだったね。それまでは、あんまり漫画とかアニメとか見てなかったんだよね。だから、初めてラノベを読んだ時は衝撃だったね。こんな面白いのがあるのかってね。それで、マネして書くようになったんだよ」

「そこから、目指すようになったってこと?」

「ううん。目指してすらいなかったよ」


 趣味で稼げるようになったら、ラッキーぐらいの気持ちだった。今思うと、なかなか舐めた思考をしていたもんだな。


「じゃあ、目指すようになったのは、いつからなの?」

「高2の時だね。その時に書いてたネット小説に1人のファンが出来てさ。そこから、本気で目指すようになった」

「そうなんだ」

「まぁ、その人の本名すら知らないんだけどね」

「そうなの?」

「うん。直接話したのは1回だけ。後は、その人から送られてきた感想に、返信するくらいのやり取りだね」

「1回は会ったことあるんだ」

「まぁね。てか、その時に勧めた感じ」

「それって、桜木君から勧めたの?」

「まさか。俺にはそんなマネ出来ないよ。勧めたのは、龍だよ」

「何でそうなったの?」

「あれは修学旅行の時だったね。俺と龍は同じ班だったんだけどさ、バスを乗り間違えて道に迷ったんだよね。その時に、俺らと同じようになった他校の女子が居たんだよ。その人も俺らと同じホテルに帰るっぽくてさ、協力して帰ることになったんだ。その時に話のネタで龍が勝手に教えたんだ」

「なるほどね」

「んで、その人はマジで俺の小説を読んでくれてさ、今まで投稿していた話に感想をくれたんだよ。それだけじゃなくて最新話を投稿すれば、真っ先に評価と感想をくれたんだ」


 あれは本当に嬉しかったな。

 感想とはちょいちょいもらっていたけど、その時だけで、続けて読んではくれなかった。

 だから、ちゃんとしたファンってのは、あの人くらいだった。


「それでさ、その人の感想の最後には必ず、書籍化待ってますって書かれてたんだよ。そう言われ続けたらさ、目指したくなっちゃっうじゃん。だから、目指すようになったんだ」

「なるほどね」

「まぁ、そんな感じだよ」

「うん。いい話だったよ」

「そりゃどうも」


 因みにその人は、本当にありがたいことに今でも感想をくれている。もし、もう一度会えるならお礼を言いたいな。

 今頃何してるのかな? シロハさん。


「んじゃ、今度は東城がバンド始めた理由を聞いてもいいかな?」

「おぉ、そこ聞いちゃう?」

「まぁ、話の流れ的に」

「そうだね。別にいいけど、また今度かな」

「ん? 何で?」

「だってほら、もう終わりだしね」

「あぁ……なるほど」


 話に夢中になって気が付かなかったな。あんなに高いところにいたのに、もう少しで地上に着くところだった。


「にひひっ、楽しい時間はあっという間ってやつだね」

「そうだな」


 東城の話はまたの機会にお預けだな。


「行こっか」

「おう」


 観覧車を降りたところで、ちょうど閉園の時間になり、俺達はそのまま帰ることにした。


「また来ようね。桜木君」

「そうだね」

「にひひ〜、約束だよ」

「あぁ約束だ」

「そうだ。せっかくだから、何か食べて帰ろうよ」

「お、いいね。何がいい?」

「やっぱり、ラーメンじゃない?」

「異議なし」

「決まりだね。私、オススメ知ってるよ」

「んじゃ、そこで」

「にひひ〜、それではご案内いたしま〜す」

「よろしくお願いしま〜す」


 ――――

 ――


 ―音葉おとは視点―


「あ、もしもし〜」

『遅いよ。音葉』

「いやぁ、ごめんごめん」

『ったくもう……』


 桜木君との遊園地デートの日の夜、日付がそろそろ変わるくらいの時間に、私は璃亜りあに電話をかけていた。


『それで? 今日は楽しめたの?』

「それはもちろん!」

『そっか。なら、桜木君と喧嘩したかいがあったね』

「まぁそうだね。結構しんどかったけど……」

『言うて、たった数日でしょ?』

「その数日が大変だったの!」

『はいはい。分かった分かった』

「もう……」


 私がここ数日、桜木君と口を聞かなかったのは、璃亜の提案によるものだ。理由は、桜木君を少し懲らしめるため。んで、そのついでに桜木君が謝って来たら、自然とデートに誘うための作戦だった。


『そういえば、桜木君の小説、最新話更新されてたよ』

「知ってるよ〜。もう、評価もしたし、感想も送ったよ」

『流石だねぇ。シロハさん』

「まぁねぇ。あ、何でもいいけど、私がシロハだってこと、桜木君に言っちゃダメだからね」

『はいはい。分かってますよー』

「絶対だからね。言ったら、いくら璃亜でも許さないからね」

『分かってるよ。信用ないの?』

「信用はしてるけど、璃亜の場合、口を滑らせることがあるからなぁ」

『その辺は気を付けます……』


 璃亜はたまにやらかすんだよね。そのせいで、何回か大変な目にあったからなぁ。栞菜かんなとか。


「まぁ、とにかく今日はありがとね」

『うん。それじゃ私は、そろそろ寝るね』

「はーい。おやすみ〜」

『おやすみ〜』


 そこで、璃亜との電話が途切れる。思ったより、長電話しちゃったな。充電がないや。私はスマホを充電器に差し込んでから、布団に寝転ぶ。私もそろそろ寝よっかな。


「明日は何しよっかな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る