第20話 蜘蛛の糸


 第十支部の上層は二つの塔に分かれている。


 片方は【星の塔】。

 支部長室や副支部長室があり、重要参考物・資料の保管庫などもある。


 もちろん、これは公表されていない。

『わたゆめ』で出た情報だから俺が知っているだけだ。


 こちらが先ほどまで俺たちがいた塔である。


 もう片方が【月の塔】。

 諸々が詰め込まれている【星の塔】とは異なりこちらの内部はシンプルだ。


 塔全体が、人々に天稟ルクスを授けた神を祀る聖堂・・になっているのだ。

 以前、第十支部を「城ではなく大聖堂」と称したのは、これが理由だった。


 そして、それら二つの塔を繋ぐのが【天空回廊】であった。


「にしても、すっごいな……」


 回廊の横壁は全面強化ガラスでできており、桜邑おうらの街並みが一望できる。

 それだけなら、ちょっと高いビルに行けば同じような景色を望めるのだが、ここでしか見られない光景があった。


【天空回廊】は一本の架け橋ではなかった。

 何本もの回廊が立体的に交差しているのだ。


 その美しさと緻密さは──少々天翼の守護者エクスシアには似つかわしくないが──蜘蛛の巣を思わせる。

 その糸の総称が【天空回廊】なのだった。


「に、兄様……これもとんでもない額だぞ……羨ましい……」


 ツクモがぼそりと震え声を出した。

 隣でプルプルしていると思ったら、またしても建設費用に打ち震えていたらしい。


「ふっ、だが昏き我らには蟻の巣ネストが相応しい……」などと香ばしいセリフで自己防衛を始めた妹分を引っ張っていく。


 遅れ気味だった列に追いつくとルイがツクモを掻っ攫っていった。

 漏れなく冷たい視線まで送られた。


「うーん……やっぱり仲良くなるところから始めないと、笑顔も何もないかもしれないなぁ……」


 結局、話は振り出しに戻──いや待てよ。そもそも……。

 と、俺がそれ・・に気づきかけた瞬間。


「はぁい、楽しい空の旅はここまでで〜す」

「え〜」

「もう終わり……?」


 子供達から残念そうな声が上がる。

 たしかに景色のインパクトは大きかったし、気持ちはわかる。


 けれど【天空回廊】の終着点──そこは【月の塔】への入り口だ。

 つまり、


「ようこそ、我らが聖堂へ〜」


 先頭に立って「けんがくツアー」のミニ旗を揺らすお姉さんがにんまりと笑った。

 彼女に導かれて扉を潜ると、青空が一変する。


 子供達もいつのまにか周囲の景色に釘付けになっていた。

 そんな中で、


「こっちはそうでもないな」


 ツクモはスンとした表情で、目だけで辺りを見回している。

 彼女の忌憚なき感想に、俺は思わず苦笑した。


 たしかにパリのノートルダム大聖堂だとかケルン大聖堂だとかと大して変わらない。

 木の椅子に壮麗なステンドグラスの壁窓、立ち並ぶ天使の像や中央の祭壇。


 今まで散々【循守の白天秤プリム・リーブラ】の粋を見せられてきた手前、それほどでもないという感想は理解できる。


 事実、オタクとしても【天空回廊】の方が『わたゆめ』作中の舞台として使われることが多かったため、そちらの感動の方が大きかった。


 だが、聖堂にも特別な点・・・・はある。

 それをツクモに教えようとして、それよりも早くガイドのお姉さんが言った。


「それでは、私たち天翼の守護者エクスシアとのグループ行動はここまでになります〜」


 その言葉に、例の如くそこかしこで幼児達の残念そうな声が上がる。

 俺はちゃんと我慢したが。

 なにせ俺はこの後どうなるかの予想ができている。


「ふふ、少しだけ待っていてね〜。これからみんなには天翼の守護者エクスシアたちの聖歌・・をお届けします〜」


 聖歌。

 一般的には讃美歌を含む宗教歌のことを指す。

 けれど、それはここ・・では違う。


 そもそもの話、【循守の白天秤プリム・リーブラ】はだ。

 前世の日本で言うならば──無論、細かな立場や定義などは異なるが──自衛隊が最も近いだろう。


 そして天秤リーブラが指す聖歌隊・・・とは、軍楽隊とほぼ同義だ。

 どの国にも時代にも「士気の鼓舞」や「軍隊の広報」といった目的で彼らは存在しており、天秤リーブラにおいてもそれは同じだった。


 むしろ天翼の守護者エクスシア一人一人がある種の偶像アイドル的な存在と化している以上、普通の軍隊よりもそれが占めるものは大きい。

「いま天翼の守護者エクスシアになろうと思ったら歌か楽器の技量は必須」なんてことが冗談めかして言われているくらいである。


 ──当然、オタク的にも必須だと思います……ッ!


 堅苦しく表現したが、元々『わたゆめ』は漫画。

 オタクコンテンツとしても音楽があるのは非常に強い。


 まあ、天稟ルクスが優秀で努力も必要な上に、歌や楽器にまで技量を求められるとか、それなんて修羅の道?と聞きたくなるくらいの狭き門だが……。


 ヒナタちゃんを始め、天使には本当に頭が下がります。


 と、いうようなこと(オタク云々以外)を噛み砕いて分かりやすく説明している、意外と国語力が高いポワポワお姉さん。

 彼女を置いて、周りの天使達は静かにフェードアウトしていく。


 ヒナタちゃんも俺に軽く手を振って去り、ルイも俺を睨みつけながら去っていった。


 ふと、聖堂の二階部分に別の人だかりがあることに気づく。

 それは副支部長、イサナさん達が案内している一行だった。


 天翼の守護者エクスシア以外は、見るからに高そうな服装をしている人たちばかり。

 あちらはあちらで〈不死鳥しなずどり〉が言っていた「パトロンとの不和」とやらの解決のために動いているのだろう。


 苦労人なイサナさんには本当に頭が下がります。


 その時、俺の横にいたツクモが「おっ!」と声を出した。


 見れば、彼女はぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた。

 ──イサナさん達に。


「ばっ───!!」


 慌ててツクモの手を掴んで止める。

 むっとしてこちらを向く彼女に詰め寄った。


「ちょいちょいちょい! 『わあ、さっきの天使だあ』じゃないんだぞ!?」

「む、だが……」

「だがじゃありません! 副支部長だぞ、あの人!?」

「…………」


 ツクモが黙って、反対の手で二階を指差す。

 やめいっ、と言いそうになった俺の視界に飛び込んできたのは──ツクモに向けて微笑んで手を振りかえすイサナさん。


 ──えっ、なにそれ天使……?


 メイド服(謎)に身を包み、優しく手を振り返してくれる美人さんを見て胸を打たれない人間がいるだろうか。いや、いない。


 ──優しい! 好き! 人気投票入れました!


 と、イサナさんがツクモの横にいた俺に視線をスライドさせ、


「───っ!?!?」


 目があった途端、首ごと顔を逸らされた。


「Oh……これが女尊男卑か……」


 悲しみに暮れる俺と、そんな俺をきょとんとして見上げるツクモ。

 そこへ、


「──なんだか分からないけど多分違うと思うよ……」


 涼やかな男の声・・・が掛けられた。

 とてもよく聞き覚えのある声。

 最近はもっぱら、ちびキャラ化されて脳内再生されがちな彼の名は、


「──レオン! ……先輩」

「無理につけなくてもいいよ……」


 黒髪青目のイケメンが、やや疲れたような半笑いを浮かべて立っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る