第11話 ダメだ、問題しかない。

「ねえ、クシナ」

「……なに」

「やっぱ護送車襲撃すんのに二人は少なかったって」

「……でも実際足りたでしょ?」

「めっちゃギリギリね!」

「……成功してるなら問題ないもん」


 今日も今日とて任務完了の報告代わりに”Café・Manhattan”にやってきた俺とクシナは、静かに言い合いを展開していた。


 なにやら認めたくなさそうな彼女の言い草に、俺はあまり言いたくなかったことをついに口にする。


「──でも俺たちの現状は問題ですよねぇ?」

「…………」


 入店するなり「……奥がいい」と言って端の方のテーブル席に座ったクシナ。


 ──隣に座った俺が彼女を抱き込んでから、はやくも3分が経とうとしていた。


「だぁーはっはっはっはっは!!! セ・ツ・ナ・ちゃあん!!! 可愛いねぇっ!!!」

「くっ……ころす……」


 〈紫煙シエン〉さんは今日一の機嫌の良さでクシナを煽り散らかし、絶対に顔を見られたくないらしきクシナは必死で俺の胸に顔を埋めながら呻いた。

 なんて能動的な「くっころ」だろうか。


「あ、終わった」

「っ」


 ぴくっと震えたクシナがもそもそと身体を離す。

 そして、こほんと咳払いを一つ。


「さて、イブキ。貴方の課題が見えたわね」


「え、いきなり何?」

「貴方の課題、それは攻撃手段が皆無なことよ」

「無視ですか?」

「正座」

「ハイ」


 まだ顔の赤いクシナは八つ当たり気味に俺の問題点をあげつらう。

 抗議を無視され唯々諾々と正座を受け入れるが、その内容については異議ありだ。


「でもクシナ、俺は相手・・を傷つけるつもりは……」

「分かっているわ。ただ、武器があれば選択肢が増える。守れるものだって増えるでしょう?」

「まあ、そうだね……」

「武器を振るうかどうかは貴方が決めればいいだけよ」


 ふっと相好を崩したクシナが、少し離れたカウンター席に座っている〈紫煙シエン〉さんを見遣る。


「あそこの女狐ですら攻撃モドキはできるわ」

「え、でも〈紫煙シエン〉さんの天稟ルクスって……」


 あの時のルイの言葉が正しいのなら、


「おう、オレ天稟ルクスは《幻影》だぜ?」


 クシナの「女狐ですら」という言葉に青筋を立てていた〈紫煙シエン〉さんが、あっけらかんと個人情報を口にした。


「……そんなに簡単に教えていいんですか?」

「どうせ天秤の連中にもバレてっからな。ついでに、もう一つ教えちまうが、オレ代償アンブラは『煙管キセルを吹かすこと』だ」

「────」


 戦闘中、彼女は何度も煙管を吹かしていた。

 着物を着流した格好からして、それが本人の流儀なのかとも思ったが……。

 して、『煙管を吹かすこと』が代償アンブラなのだとすれば、


「お察しの通り。先払い・・・、だな」


 先払い。

 それは代償アンブラの、四つある型のうちの一つだ。

 正式には『先行展開型』。


 ユイカさんのような常時展開型に、俺のような後払いこと促成展開型。

 それらに続く三つ目の代償アンブラ型である。


 文字通り天稟ルクスを使う前に払う必要があるものの、戦闘前にあらかじめ代償アンブラを払っておくことができるなど、使い方は結構自由だったりする。


 悪質な高利貸しみたいな後払い型とは大違いだね!


「ま、流石にこれ以上の詳しいことは教えてやれねぇが……」


 彼女はクシナの方を見てニヤッと笑う。


「そこのばっか振りまいてる警戒心丸出しの子猫ちゃんとは違うんでなあ?」

「ふん。さすが、危機感が欠如した間抜けは言うことが違うわ。呑んだくれて警察に補導された挙句、正体がバレて捕まっただけはあるわね」

「ええ……」


 あんだけ欺くことに特化しててなんで捕まるのかと思ったら、そんな……。


「しかも四回目」

「ええ……」

「いい加減、その度に駆り出される身にもなってほしいっての」

「いつもご苦労、〈刹那セツナ〉ちゃあん」

「次は見捨てるわ」


 不愉快そうにする未成年を見て、けらけらと笑う大の大人の図……。

 ひとしきり笑った〈紫煙シエン〉さんがこちらに目を向けた。


「そういや自己紹介がまだだった。──【六使徒】第四席、〈紫煙シエン〉の化野ミオンだ。よろしくな」

「指宿イブキ、コードネームは〈乖離カイリ〉です。よろしくおねがいします」

「あいよ。〈刹那セツナ〉の部下ならミオンでいいぜ」

「はい。俺もイブキで」


 「よろしくするな」とか言い出しそうなクシナは目を瞑ったまま、意外なことに何も言わなかった。

 ミオンさんも「〈刹那(セツナ)〉の部下なら」とか言うし……。


「さては二人とも、意外と仲が良い……?」

「「ありえない」」


 仲良く俺を睨みつけて凄む二人の後ろ。

 カウンターの向こう側で、ユイカさんが口の前で指を交差させ、小さくばってんを作りながらウィンクした。


 ……おやおや、どうやら今のは嘘らしい。


「ああ、そうだユイカ」

「?」


 ミオンさんがくるりと椅子を回してカウンター越しの店主を見た。

 直前までの情報漏洩リークを感じさせず、何食わぬ顔で首をかしげるユイカさん。


「オマエに伝言があったんだわ」

「──! それは……」


 彼女はミオンさんの言葉を聞いた途端に喜色を浮かべる。

 どうやら聞かれたくない話らしく、二人は連れ立って『Staff Only』の先へと姿を消した。


「…………」

「…………」


 残された俺とクシナの間には、沈黙が横たわる。

 普段ならこの幼馴染との沈黙は苦にならないのだが、今日の沈黙は”このあとの話”への忌避感をもって辺りに漂っていた。

 あまり良いものではないそれを、俺が破ることにする。


「今日は、どれくらい減ったの?」

「…………」


 クシナは黙したまま。


「……はあ」


 けれど、それで終わらないことは知っているだろうから、観念したように息を吐いた。


「……4150秒」

「よっ──ちょっと待って、一時間超えてるじゃないか!?」


 慌てる俺から、クシナは顔を背ける。


「一時間なら大したことないわよ。──寿命っていくらあると思ってるの?」

「それは、そうだけど……」


 ───寿命。

 それを削ることこそが、クシナの代償アンブラだった。


 代償アンブラの四つの型の中で最後の一つ、即時展開型。

 最も単純にして最もポピュラーな型であり、天稟ルクスを使用した瞬間に発動されるものだ。


 つまり、クシナの場合は天稟ルクスの使用量に応じて、残りの寿命が消えていく。


 それだけ聞けば、相当に重い代償アンブラだ。

 しかし、彼女の天稟・・・・・を考えれば、軽いとすら言えた。


 少なくとも、天稟代償を秤に掛けたなら、間違いなく明るい方へと傾くことだろう。

 それほどにクシナの天稟ルクスは優れているのだ。


 だが、たとえ誰もが「軽い」と思ったとしても、俺はそうは思えない。

 思っちゃいけない。


 【救世の契りネガ・メサイア】に加わったあの日、この子の力になると誓った、俺だけは。


 ……だというのに、今の俺には攻撃手段の一つもない。

 守るどころか足を引っ張っていたようにすら思える。


「大丈夫よ。今日は貴方のおかげで随分と回数を減らせたわ」


 隣に座る幼馴染が、穏やかな顔で笑う。


「そもそも、あたし一人じゃ護送車に近づくのにも一苦労だったしね」

「……別に気にしてませんが」

「ほんとかなあ?」


 はやく武器を作らなきゃとか考えてそうな顔だよ?と優しく笑う幼馴染に、昔の面影を見る。

 ふと肩の力が抜けて、笑った。


「そういったあらぬ疑いはやめていただきたい」

「疑ってなんかないわ。──だって確信してるもの」

「ちくしょう、逃げられないのか……」


 いつの間にか居心地の悪さは消え、店内にはコーヒーの香りだけが静かに漂っていた。




「────あ」


 静けさの中、俺はヤバい情報を伝え忘れていたことを思い出した。

 だらっだらと冷や汗が流れ始める。


「……いまの、明らかに『何かヤバい案件を伝え忘れていた』って感じの声は、なに?」

「…………」


 先ほどまで優しい表情だった幼馴染の表情が徐々に曇っていく。

 こういう時は大抵、結構まずい案件だと完全にバレている。


「えーっと、ですねぇ……」


 クシナの寄越すジト目に、俺は誤魔化すのを諦めた。


「──ぼく、顔、見られちゃいました。……てへ」


 グッバイ、コーヒーの香り漂う静かな店内。


「は……? ──はああああああっ!?!?」


 まじでどうしようね…………。





 ──あとがき──

 どうしようねぇ……。

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