第9話 イブキくん終了のお知らせ

 一撃でも致命傷になるだろう刺突が三つ。

 ルイからイブキへと降り注ぐ。


 左右から襲いかかる長剣に両手で触れ、一瞬ずらして分離。

 次いで正面から突貫してくる剣に向けて、下から足を振り上げる。


 剣の腹とつま先がぶつかった瞬間に分離を発動し、その勢いのまま蹴り抜い──、


「って、おっもおぉっ!?」


 上向けた足に、とんでもない重量が掛かった。

 かろうじて蹴り抜くも、つま先にじんじんと痛みが走る。


 ゴン、ゴゴンとおよそ剣が落ちたとは思えない音を立てて落下する三本の長剣。

 その音を聞いて、表情を引き攣らせる。


「この剣、何でできてんだよ……」


 普通1.5メートルくらいの剣ならせいぜい2キロちょっとのはずだが、目の前の三振りは比べ物にならないほどに重かった。


 まるで人を蹴ったかのような重量が足にのしかかり……と、脳裏をイヤな想像がはしる。


(もしやこの剣、ルイの体重スレスレの重さに調整されてるんじゃ……)


 ルイ自身の体重以下のものなら自在に操れるという天稟ルクスを最大限に利用した結果だろう。


 こんな重量の剣に打ちかかられたら普通の武器では受け止めることすら困難。

 もっと言えば柄がぶつかっただけで、鉄球で殴られているようなものである。


(だから殺意高いって……)


 イブキは結構怯えた。


「……重くないし」


 宙を舞うルイが、ぼそっと聞き取れないほどの声を零す。


「失礼ね」


 いささか以上の怒りが籠った台詞とともに、彼女は上向けた掌をグッと握りしめた。

 地面に落ちていた剣が一斉に起き上がり急迫。


「うお……っ」


 咄嗟に上体を反らすイブキの鼻先で、三振りがシャリィンと音を立てて交差した。

 次撃の前に、慌てて飛び退る。


「──避けた。全て無効化できるわけではないということね。制限? 条件?」

「…………っ」


 この子、ほんとに15歳かよ……。


「どちらでもいいわ。──これはどう?」


 またしても三本が飛来し、分離と回避でいなした直後。


「ぐ……っ」


 脇腹に激痛が走った。

 見れば、今しがた避けたはずの長剣の柄がめり込んでいる。


(全部避けたはず──いや、一本目・・・か……!)


 最初に避けて、背後に突き刺さっていたままの長剣だ。

 それを死角から叩き込まれたのだろう──などと悠長に分析している暇はない。


「フ──ッ!」


 ルイが右腕を横に薙ぐと、剣を通して巨人に殴られたかのような衝撃が走る。

 一瞬遅れて《分離》するが、剣は止まれどイブキは宙に吹き飛ばされた


「くっ、あ……っ!」


 ゆっくり流れる空間で、遠く離れた相棒とフード越しに目が合う。

 こちらを見たクシナは、何も言わず視線を切った。


 ──それでいい。こっちは気にするな。


 そう思うと同時、イブキの背面に薄氷に叩きつけられたような感触、その薄氷が割れた。

 地面に放り出されて、幾度か転がって停止する。


「っぅ……。ここは……」


 顔を上げて、どうやらガラスをぶち破ったらしい、と気づく。

 それなりに開けた空間。

 見れば、周囲にはイブキが(というよりルイが)吹き飛ばしたデスクが散らばっている。


 どこかのオフィスか、と得心すると同時。

 クシナと分断されたことに強烈に焦りを感じる。


(まずい! 視えなくなったら、分離が……っ!)


 しかし、次の瞬間、その焦燥は払拭される。


「死になさい」


 急襲するは四振りの追尾剣。

 破れた窓から飛び込んできたのは、片翼の天使だった。


「───。なんで……っ?」


 剣撃を捌きつつ、ひとりごちる。

 彼女が一番に狙うべきはイブキではなくクシナのはずだ。


 怒り心頭なのは見ればわかるが、それで判断を間違える相手ではない。

 ルイはこちらの考えを見透かしたように冷たい微笑を浮かべた。


「敵ながら〈刹那セツナ〉に敬意を表して教えてあげるわ。アレは10秒やそこらで仕留められる相手じゃない。なら、今のうちにアナタを倒してしまう方が確実だし、有益でしょう?」


 合理的な判断よ、と笑みを深めながら指揮者は腕を振るった。

 同時に迫り来る致命打に意識を切り替える。


 右の刺突に左の斬撃、取って返して流れるような斬り下ろし。

 ルイが繊手タクトを振るう度、水流のごとき剣舞が演じられる。


 後退、屈んで、分離と脚撃、転がり避けてまた分離。

 怒涛の連撃に対して必死の思いで回避と分離を繰り返し、逃げ惑う。


 合理的という割にはやけに私怨がこもっているような気がしないでもない。

 しかし理由はともかく、こちらを狙ってくれるなら話は早い。


 どうせ自分から推しに攻撃なんてできないのだ。

 できるのは昨日同様、彼女を引き付けておくことくらい。


「…………」


 ──それにしても。


 せせらぐ小川のように流麗な水色の髪。吸い込まれてしまいそうな透き通る橙色の瞳。切長な目つきも、くっきりとした鼻梁も、薄く色付きの良い唇も。

 全てが見るものを魅了する。


 ──なんて魅力的な少女だろう。


 それは本来、これだけ余裕のない戦況では、浮かびえないような余裕ある思考。

 これはルイに「考えさせられている」思考だ。


 普通はこの思考の異常を自覚することすらできない。

 イブキが自覚できるのは、この異常の正体を知っているからだ。


 それを引き起こしているものこそ、眼前の天使──雨剣うつるぎルイの代償アンブラなのだと。


 だが、完全にその効力から逃れることは不可能。

 そして彼女も、その隙を見逃すほど甘くはない。


「──そこ」

「しまっ──っ!?」


 ルイの腕が前に振り出され、長剣がガードをすり抜けて喉元へと迫り来る。

 下方から喉元に向かってくる長剣は、視えない。


 流石のルイも《分離》の視認という条件に気づいたわけではないだろう。

 つまりルイの運が良く、イブキの運が悪かっただけ。


(あ、まじでやばいかも)


 脳裏に諦めが過った瞬間、幸運と不運が同時にイブキを襲った。

 幸運は、周囲にガラスの破片が散らばっていたこと。


 僅かに後ずさったイブキがそれを踏み、足を滑らせた。

 体勢が崩れたおかげで、かろうじて長剣の直撃を免れる。


 次いでイブキを襲ったのは不運。

 回避した長剣の柄が、ローブのフードを掠めてしまう。


 しかしてイブキのフードが──完全に外れた。


「────」


 クシナは『フード越しなら顔が見えても問題ない』と言っていた。

 つまり、完全に脱げてしまったら……。


「…………」


 ぱさ、とフードが背中を叩く感触がして、時間が止まったような静寂が訪れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る