幕間 大切な物を守る為に

ex 勇者

 父は消防士で母は弁護士。


 そんな二人の背中を見て生きていると。

 そんな二人の魂を見て生きていると。

 気が付けば自身の生き方も誰かを助け護る事に重きを置くような物になっていた。


 目の前の誰かが幸せである事に幸福感を覚えるなんてできた人間ではないけれど、それでもその幸せを護れる人間ではありたいと、前を向き歩み続けるようになっていった。


 その歩んだ道程の先にあったのが、魔王と称された悪魔の少女の恐怖から、世界中の人々を護る為に戦う事に繋がった。


 故にこの件で多くの被害者やその遺族。

 そうした方々の周囲の人間の感情に触れてきている。


 辛く苦しく重くて惨く。

 二度と癒える事が無いであろうその傷に対して彼ら彼女らが少しでも鈍感でいられるように、まだどこかでその悪魔が生きているという事実が耳に届かないようにしたかった。

 届かないようにしなければならないと思った。


 それを見てきた者の責務として、ユーリ・ランベルは史上最悪の殺人鬼の首を持って帰らなければならなかった。


 殺された両親の墓の前でも、それを誓った。


 ……でもそれは駄目だ。

 もう、その終わり方だけは駄目だ。


 一人の被害者にそれを全て押し付けて、ハッピーエンドなんかにしてはいけない。

 この件に関わって苦しんだ全員が、最低限納得のいく形で事を終わらせなければならない。


 ……当然、難しい事だとは思う。


 もし自分が八尋の立場だったら、理想論を語るだけの脳内花畑野郎に対して殺意に近い怒りを抱いただろう。

 抱かれて当然な程に、無責任な話を口にしているのだから当然だ。


 本当に無責任。99パーセント結果は分かり切っている。

 まともな神経をしていればうまく行かない事なんて誰だって分かる。


 本当はもっと可能性のある現実的な策を提示してやるべきだった。

 でも実際問題それは出来ない。

 ユーリ・ランベルにはより良い提案ができるだけの知能もなければ、我を通せるだけの権力も無い。

 この状況に対してあまりに無力な無能でしかない。


 だけどそれができないのなら。


(八尋の行動にもレイアさんの行動にも正当性はある……だけど、今はそこを越えていくぞ!)


 その手に残ったやり方で、全力で戦っていくしかない。


 そして互いに構えを取り、先に動いたのはレイアだった。

 手元に円盤状の結界を展開。

 それをこちら目掛けて投擲してくる。


 直撃すれば接触面が切断されそうな回転を帯びた結界。

 それをユーリは辛うじてサイドステップを踏み回避する。


(……なんて速度だ)


 元よりそれだけの大罪人になれるだけの力を持っていた。

 元より八尋が熱弁していたように烏丸の指南の元、この世界の魔術師として最高峰の領域に到達していた。


 それらが今……記憶を取り戻した事により合わさっている。

 異世界で振るっていた暴力的な力を、この世界で身に付けた技能で底上げしている。

 その結果がこの出力……だが。


(……でも攻撃が直線的すぎる)


 レイアは烏丸信二の弟子だ。

 元の世界で最強と呼ばれるに至った自分が手も足も出なかった最強の魔術師の弟子だ。

 その弟子の攻撃にしては、あまりに拙い。


 そう考えたユーリの視界の端に、結界の表面が写った。

 ……魔方陣が刻み込まれた結界が。


(そう来たか……ッ)


 次の瞬間、飛び道具に刻まれた術式が炸裂。結界から無数の魔術弾が射出される。


「……ッ」


 流星群の如く降り注ぐその魔術弾を辛うじて回避していく。

 半ば不意打ちぎみではあったが八割は回避できる。

 では、残りの二割は。


(……防ぐッ)


 正面に面積を狭め、限界まで強度を高めた結界を必要数展開。

 その全ての攻撃と相殺させる……つもりだった。

 結界は傷一つ付かない。

 その変わりに……魔方陣が刻まれていた。


(しまったこれが狙いか……)


 結界を侵食し、それを触媒として新たな魔術を発動させる。

 もはやどういう理論で行われているのか分からない謎技術。

 次の瞬間、ユーリが張った結界に刻まれた魔方陣が発光。

 何が来るかは分からないが、結界から慌てて距離を取り……そして結界が爆発する。

 両手をクロスさせ、爆風と結界の破片から身を護りながら、レイアへと視線を向ける。


 一連の攻撃を防いでいるあいだに、一気に距離を積めてきていた。

 拳を握り、飛びかかってくる。


 ……迎え撃つ。


 そう考えユーリも拳を握るが……その腕になにかが巻き付いた。

 腕だけではない。両腕両足に鎖が巻き付いている。


(さっき躱した分か……ッ!?)


 躱した八割。その一部。


(このトリッキーさ……くそ、戦い方がもう別人だ! 別人レベルに強くなってる!)


 それだけの努力を、きっとこの二年間で積み重ねてきた。

 きっとこんな事以外に使う為に。


(……とにかく抜けねえと……!)


 魔術で風を操り鎖を切断。

 後は覚悟を決めた。

 次の瞬間、鳩尾に激痛が走る。

 あまりにも綺麗なフォームの右ストレート。

 大型重機に殴られるような破壊力を秘めたその拳は、ユーリの肉体に激しい衝撃を与え、その体を弾き跳ばす。


 無事、弾き跳ばされた。

 おそらくあの鎖を切断していなければ、あのままサンドバックにされていただろう。


 だがあの場でサンドバックにされなくても、まだレイアのターンは終っていない。

 次の瞬間には追撃に動いている。

 地面に着弾していた八割の魔術弾の内、鎖の魔術に使われなかった物から光の粒子が発生し、レイアの手元に集まり光の球体が生成される。


 そして次の瞬間、それが射出された。


(……躱せる。最低限の動きでかわして前に踏み込み反撃を──)


 地面を転がりながら瞬時に体制を建て直したユーリはそう考えるが、直感がそれは駄目だと訴えてくる。

 訴えられたからユーリは全力で横に跳び、大きく距離を取った。

 直後、ユーリの居た地点で光の球体が炸裂。


 文字通り空間を抉り取る。

 そうとしか言えない一撃。


 大きく回避しなければ、今の一撃で確実に終っていた。

 だけど終わらなかった。

 此処からも終わらせない。


(……大丈夫だ、どうにかなる)


 現状、有効打は右ストレート一発のみ。

 拘束されての直接攻撃と不意打ち染みた鎖以外は全て躱している。

 此処からは魔術弾から別の術式展開される事を想定して動きをアップデートしていく。


 そしてそれには成功した。


 そこからの攻撃は全てある程度余裕を持って全て躱していく。

 烏丸のように別次元の実力を持つ相手には多分何をしたってどうにもならない。

 だけどおそらく実力で僅かに上回れている相手になら、時間の経過事に余裕を持って動きを最適化できる。

 故に、一分後には攻撃を全て軽々と躱しつつ攻勢に出られた。


「……ッ」


 何も無い空間から薙ぎ払うように出現した斬撃を体勢を低くして躱し、同時にユーリも魔術を発動させながら何も無い空間へと裏拳を放つ。

 それに対し、何か感付いたのか頭部を守るようにレイアは咄嗟に結界と腕を構えた。


 次の瞬間破砕音。

 その直後何も無い空間から何かに殴られたようにレイアの腕が圧し折れる。

 そしてその一撃で体勢が崩れたレイアとの距離を詰める。


(ここだ……一気に決める!)


 ようやく喰らわした一撃。

 その一撃で片腕も潰し、大きく体勢も崩させた。

 ……一気に攻めるなら此処だ。

 そう考えるユーリに対してレイアは……一気に体制を切り返した。


(……釣られた!?)


 腕一本を犠牲にしてわざと大きく体勢を崩し、こちらを自分の距離に誘い込んだ。

 そう、自分の距離。

 まだ喰らったのは一撃だけ。

 だがとても鮮やかな右ストレートだった。

 つまり大きく戦い方が変わっていても、接近戦が得意なのは主人格と同じ。

 遠距離での攻撃が通用しないとみるや誘ってきたのだ、接近戦を。


 だが……日中市街地でレイアに接近して攻撃したように。

 八尋に対して咄嗟に足が出たように。

 その距離はユーリの距離でもある。

 つまりお互いそこまで得意では無い距離で探り合い躱しあうのはもう終わり。


 ……此処からは第二ラウンドだ。


 世界最高峰の泥仕合が始まる。

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