ex 被害者二名

「……考えられる限り、最悪な状況だなクソ」


 適当に転移してきた埃塗れの建物の中で、壁に寄りかかりながらユーリはそう呟く。


 辛うじて別時空を利用し移動する転移魔術を使ってあの場から逃走を図れたが、全身にはあまりに強固な拘束魔術が張り巡らされている。


 これを掛けた男はおそらく八尋が言っていたこの世界最強の魔術師である烏丸信二なのだろうが、その強さは想像の遥か上を行っていた。


 自身の居た世界で最強の称号を手に入れてもまるで届かない。

 生き物としての格の違いを見せつけられた。


 そんな男が掛けた拘束魔術は完全に解き切るまでに数日は要するだろう。

 そしてこの魔術を辿って烏丸は此処へ辿り着くだろう。然程距離は稼げていない。


(……とにかく、手を打たねえと)


 先々も山程問題があるとは思うが、取り急ぎ目先の問題をどうにかしなければならない。

 引き金を引いたのは自分だ。

 それでも……だからこそ。


 今回の一件の被害者二名は、責任を持って助けなければならない。


 そう、考えていた時だった。出入口の扉が蹴り破られたのは。


「やあ、元気かい?」


「……見ての通りだ。凄いな、アンタの魔術は」


 正面から、この世界……否、あらゆる世界含めて最強の魔術師が歩み寄ってくる。

 歪な魂を持った男が……その表情に確かな怒りと殺意を宿して。


「二年前、僕はレイアちゃんを半殺しにした犯人を辿ろうとした。失敗したんだけどね……何しろ僕にはこの世界の外という座標を観測できない。さっき逃げられたのもそれだろう、異世界人君……ようやく見付けた」


 そうしてユーリの前で立ち止まった烏丸は、ユーリにゴミを見るような目を向けながら言う。


「さあ、キミの目的を聞こうか。何の目的があってレイアちゃんを狙っている」


「……」


 言う訳にはいかなかった。

 いかないから逃げたのだ。

 烏丸信二という男がユーリの抱える情報をどう受け止めるかが分からない以上、絶対に話す訳にはいかない。


「……黙秘、ね。なるほど……さて、この場合は拷問でもして無理矢理情報を吐かせるのが一般的なんだろうけど生憎僕は最強でね。もうちょっとスマートに行こう」


 そう言って烏丸はユーリの頭部を掴んで、何かしらの術式を発動させる。


(……ま、マズイ!)


 おそらく烏丸はその魔術を使って、こちらの情報を脳から無理矢理引き出そうとしている。

 そしてどんな状態であれ、このレベルの魔術師からのその手の攻撃を防ぐ術はない。


 故に最早祈るしかない。

 烏丸信二がユーリに取って。

 志条八尋とレイアにとって、都合の良い選択を取ってくれる事を祈るしかない。


 何しろあの二人は今回の件の被害者なのだから。


 何よりレイアという少女は……自分が殺した女の最大の被害者なのだから。


「……」


 烏丸は何も言わない。

 その代わりに……ユーリに掛けられていた拘束魔術が解かれた。

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