13 勝利条件の達成
その後、レイアの身に起きた事の考察などを三人で進めていった。とはいえそう簡単に手掛かりなど何も見えてくる筈もなく、そうして建設的な事が何もないまま。
(やっべ寝てた!)
いつの間にか眠っていた八尋が慌てて体を起こそうとするも、激痛でそれは阻まれる。
それでも視線を動かすと再び魔術の教本を読むレイアの姿があって、時計の時刻は朝8時。
無事である。しっかりそこで生きてくれている。
「あ、起きたな八尋」
「お、おはよう……悪い、寝てた」
「仕方が無いだろう。大怪我負ってたし、疲れ切ってただろうからな」
「いや、それはそうだけど……レイアはずっと起きていたのか?」
「ああ。最初は篠原さんと交代で眠るかって話になったのだが、交代時間になっても全然眠くならないどころか凄く元気だし、後は……篠原さんは私達と戦う前から疲れ切っていただろう」
そう言って視線を横の対面のソファに向ける……もの凄く爆睡している。
「緊張の糸が切れたのか眠るとなったらストンと眠りに落ちてあの通り爆睡だ。なんだか起こすのも悪い気がしてな」
「……まあお前がそれで良いなら良いけどよ。結果的に何も起きなかった訳だし」
「ああ。何も起きなかったよ。本当に何も起きなくて良かった」
言いながらレイアは小さく拳を握る。
「もし何かあった場合、果たして私と篠原さんで対処できたかどうか分からないからな……多分記憶が消える前の私が負けている訳だから」
「……そうだな」
だから拍子抜けではあるけれど、何も無くて本当に良かった。
後は烏丸が帰ってきて、その辺の解決を任せればうまく事が片付くだろう。
時間帯的にもそろそろ帰ってきてもおかしくない訳で、ようやくレイアの無事が確定しそうだ。
「ところで今度は何読んでるんだ?」
「ああ。治癒魔術が載っている奴だ。ほら、これを速攻で覚えれば八尋の治療ができるだろ?……まあちっともうまくいかんが」
「それが普通なんだよ」
「すまんな。できれば目が覚めたら全部治ってる! って感じにしたかったんだが……」
「……気持ちだけ受け取っとくよ」
ありがたいと思う反面、もう少し時間が有ったらそれも出来たんじゃないかって思ってしまい、レイアの才能が少し怖くなってくる。頼もしいけど。
「……ああそうだ。さっき烏丸さんから電話があってな、そろそろ戻って来るそうだ」
「マジで!? 良かったぁ」
本人からそういう連絡があったのなら、より一層安堵できる。
「だったらとりあえずその人起こしとけ。烏丸さん戻ってきて爆睡してたら立場ねえだろ」
「た、確かに……あの、篠原さん。篠原さん。そろそろ起きた方が良いぞ」
「……え、今からでも入れる保険があるんですか?」
「なんかおもしれえ寝言言うなこの人」
「確かに面白いが起きて貰わないと大変な事になるし、そうなってから入れる保険は無いぞ」
「今の時点でも入れる保険はねえだろ」
「ほら、もう烏丸さんが──」
「……ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間声にならない声が上がり、勢いよく体が起こされる。
「起きたな」
「よっぽど昨日の電話が怖かったんだろう。可哀想に」
そして目覚めた篠原は慌てて周囲を見渡し、時計で時間を確認してから二人に言う。
「あの……私が朝まで爆睡していた事、黙っててくれませんか?」
「だ、大丈夫。疲れてそうだからあえて起こさなかっただけだから、私的には寝て貰ってて全然良かった訳だし……大丈夫言わない。な、八尋」
レイアが八尋に話を振ると、起き上がった篠原は八尋の方に向き深々と頭を下げる。
「お、お願いします。言わないでください! なんでもしますから!」
「だ、大丈夫……俺も言うつもり無いから」
元々そんな事を密告するつもりは無かったが、あったとしてもその気は失せそう。
(……こんな調子で色々背負ってたんだ。マジで追い込まれてたんだろうな)
一夜明けてより冷静に物事を見られるようになった今、篠原への敵意のような物はほぼ消えて無くなっている。今となっては元敵でしか無くて、徐々に気の滅茶苦茶弱い味方のお姉さんという風に捉えるようにはなってきた。
抱えていた事の大きさも理解できるし……結果的にレイアも無事だったから。
……もしレイアがあの場で殺されていたら、その後に篠原が抱えていた事を理解しても絶対に敵意の様な物は消えなかったと思うから、そういう意味でもレイアが無事でよかったと思う。
今となってはこの人をかつての魔術結社の連中と同じカテゴリには入れたくないと思うから。
「本当にお二人は優しいですね……私はそういう人達に牙を向いた」
そして一拍空けてから言葉を続ける。
「あと少しして烏丸さんが帰ってきたら、多分レイアさんの抱えている事は綺麗さっぱり解決するのでしょうし、その後も何かあれば烏丸さんに頼れます。ですが……もし今後何か困った事があったら、遠慮なく連絡してください。その時はあなた達の為に尽力します」
「そんな気を使わなくても……」
「良いんです。元々私は困っている人を助けたくて魔術師になったんですから……まだポンコツでよわっちいですけど」
そのよわっちいポンコツにボコボコにされたんだけどという自虐は、ちょっといい感じの空気を壊してしまいそうだから言わなかった。その代わりに。
「そっか……その感じだと、アンタは同業者か」
「そうなりますね。元々私も行方不明になった人を探す過程であの組織に潜入しましたから」
「……じゃあ頼れる事あったら頼むわ。俺は烏丸さん以外に全く同業者の事を知らねえからさ」
基本頼るとなったら烏丸にとなるだろうけど、今回みたいな事もある。
今後、いつになるかは分からないけれどある程度自立して活動できるようになった時の為に、同業者のパイプは有った方が良いだろうから、作り方が歪だったとはいえこういう縁は大事にしていきたいと思う。
「そうだな。そういう訳でよろしく頼む。先輩として学ぶ事も色々あるだろうし」
「ん? お前はそれどういう立場で言ってんの?」
「ああ。これも許しがでたらなんだがな……記憶が戻るまでの間かそれ以降もかは分からないが、私も烏丸さんの所で働かせては貰えないかと思ってな」
「え、どうして──」
八尋が言いかけたその時だった。
「八尋君! 無事かい! 今戻った!」
玄関先から烏丸の声が聞こえてきた。
「悪い、俺動けないからどっちか出てくれないか?」
「では私が行こうか……篠原さんガチガチだし」
「お、お願いできますか?」
「うむ。じゃあ行ってくる」
そう言ってレイアが部屋から出ていく。
(……しかしレイアがこの仕事したいと来たか。まあ……滅茶苦茶向いてると思ったけどさ)
だけどどうして急にそんな事を思ったのだろうか?
それは今すぐには分からないけれど……とにかく。
烏丸信二が帰ってきて、これでレイアの無事は確定したのだった。
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