混在の魔王
山外大河
一章 オリジン
1 正義の味方の弟子と血塗れの少女の出会い
『で、うまくやれば数日中には終わらせる事が出来そうなんだけどさ、八尋君は何かお土産のリクエストとかはあるかい? 折角大阪まで来てる訳だしあったら探してくるけど』
「お土産とか別に考えなくていいんで、烏丸さんは目先の一件に集中してくださいよ。しくじればお土産とか言っていられる状況じゃなくなるんですから」
二〇二一年、八月一日。バイト先の事務所にて、遠く離れた大阪まで出張に出ている雇い主の男からの電話に高校生、志条八尋は軽くため息を吐いた。
現在電話の先の雇い主は、世界を救う為に大阪へと出向いている。
文字通り世界を救うために。それは比喩でも何でもなく、一語一句嘘偽りの無い事実だ。
世界最強の魔術師で、頼まれれば悪事以外は何でもする便利屋。
正義の味方。
そんな冗談の塊のような男が挑んでいる冗談なような事件は確かに現実なのだ。
『ま、確かにしくじれば少なく見積もって国家転覆。最悪の場合一魔術結社による世界征服の実現だ。キミの言いたい事は良く分かっているつもりだけれど……ほら、それだけ強力な連中と一戦交えるんだ。スマホの一つや二つ位壊れるだろう。そうなったらお土産何買うかの話ができなくなるんだよね。で、どうする?』
「……じゃあそれっぽいもの選んできてください。あの、ほんと後でいいですからね?」
『真面目だなぁキミは……まあ分かったよ、了解。じゃあ事が終わったらまた連絡する』
「あ、はい。じゃあお気を付けて」
そんなやり取りを交わし、雇い主との通話は終わる。
「……本当に、数日中に終わらせてくるんだろうな、烏丸さんは」
半ば確信めいた事を呟きながら再び視線を落としたのは事務所自席のPCだ。
事務作業。これが今の自分の仕事。
これまでも……下手すればこれからも。才能の無い人間に務まるのはこの程度の仕事だけだ。
その事実にどこか安堵しながら、八尋は手に付けていた仕事に再び向き合い始めた。
※
この業界に足を踏み入れた日の事を、二年経った今でも鮮明に覚えている。
魔術を始めとする非日常とは一切無縁だった当時、八尋は魔術結社絡みの事件に中心人物として巻き込まれ、魔術という存在やそれを取り巻く非日常的な世界を知り、そして。
「大丈夫かい? 少年」
絶対絶命のピンチの最中最強の魔術師、烏丸信二と出会った。
ジャージにTシャツビーチサンダルというラフな格好で現れた二十代半ば程の男は、八尋を中心に広がっていた事件に首を突っ込み、魔術結社を壊滅させるという形で解決に至らせる。
その一部始終は目に焼き付いていて、誰かを助けられる強さと姿勢に憧れを抱いた。
だから足を踏み入れた。
何度も頭を下げて。
何度も頭を下げて。
何度も頭を下げて。
ようやく弟子にして貰えた。
貰えたのにこの様だ。
「……駄目だ。全くうまくいかねえ」
構築していた術式が発動前に破損し崩壊する。
破損し崩壊する。
破損し崩壊する。
その繰り返し。
あれから二年が経過した。
まだ使える魔術は簡易的な肉体強化一種のみ。
自他共に認める最強の魔術師に教えを乞いながら、何もできない無能でしかない。
……だから烏丸が世界を救っている間、事務所で留守番に甘んじている。
一人でなんの成果も得られない、非生産的な時間を浪費している。
「……帰るか」
事務作業も終え、事務所地下の訓練室で無駄な時間も長々と過ごした。
もう日も暮れた事だし帰るとしようと、そう考えて八尋は事務所を後にする。
その足取りは疲労で重く、よくもまあ全く身にならない特訓にそれだけの時間と体力を費やせるものだと自分でも不思議に思うけど、それができる理由は明確に理解している。
烏丸信二に憧れているから……ではない。
烏丸と出会った時に抱いたそんな感情がまやかしであった事は弟子入りしてすぐに気付いていて、実際の所は強く不純な動機による物である事は自覚している。
自覚したくは無かったけれど、それが現実だ。
だからこそ自分はこんな低い次元で燻っているのだろうなと思う。
燻っている事に安堵している自分が居るのだろうなと、不快ながらもそう思う。
※
鬱屈した心持ちのまま、事務所近くのスーパーで夕飯の買い物をして帰宅する。
件の事件があったあの日から八尋には家族がいない。
事件当時中学二年だった八尋はそれ以降、烏丸の事務所の空部屋に厄介になり、高校進学と同時に独り暮らしを始めた。
故に買い物袋には一人分の食材だけが詰められている。
魔術は全く上達しないのに、家事スキルだけは順当に成長した。
それは志条八尋という人間がどういう事に比重を置いて生きているかを反映している様で、正直順当な結果なのではないかと最近思うようになってきた。
そして自転車を十分程こぎ帰宅。1LDKのアパートの玄関扉の鍵を空けて扉を開いた。
……そう、玄関の戸締まりはしっかりとしていた。各部屋の窓も同様な筈だ。
「……え?」
家の中に人がいた。
自分と同い年位の女の子だった。
長い茶髪に整った顔立ち。
そして猛暑日にも関わらず防寒のコートを身に纏っている。
だけど家の中に知らない誰かがいる事も。
そんな気が狂ったような服装も。
目の前の状況に対して。
惨状に比べれば些細な事だ。
血の海。
床にうつ伏せで倒れる少女を中心に、血の海が広がっていた。
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