第12話 誰もが呪いに(二)
再びのニーサの指摘に、ペピータが怒り出す気配はない。
それは恐らく、ペピータのことだけではなく――
「かつては、メラニー様、カティア様。それにナッシュ様と親しく
ライアンについて思うところがあったからなのか。ニーサの苦言はむしろライアンに向けられていることにペピータは気付いたようだ。
「そこに『呪い』が降りかかったことで、状況が一変してしまった。この変化に一番戸惑われたのはライアン様であることは間違いない。何より奥様のこだわりにライアン様は接しておられる。そして今は、そのこだわりにすがっておられます」
ニーサの冷徹な指摘。その表情にもはや笑みはなかった。
そして改めてペピータへと声を掛ける。
「これが私の考える間違っている部分です。奥様のこだわりは、大事なものでしょう。しかしそれによってご子息を追い詰めるようなことがあってはいけない、と私は考えます」
「
「はい全て奥様が悪いわけではない。むしろ、より悪いのは……」
ニーサの眼差しが、今度はセルールに向けられた。
「セルール様。前回の解呪の折、この場におられたご婦人方はどういった立場の方々なんですか?」
そして、
セルールはそれに対して反論さえ出来ず黙り込んでしまう。
「私はセルール様がどういった理由で、このダルシアに居を移されたのかはわかりかねます。ですが、この地でのロメロ家の評判、さらにはパスコリ家の献身から考えるに、商売に携わる方としては十分な、あるいは他を圧倒する素晴らしい才覚の持ち主であられるのでは? と想像は出来ます」
その言葉が意外だったのか、ペピータが己の夫の姿をまじまじと見つめた。そしてそれはメラニーも同じだったようだ。驚きの表情でセルールを見ていた。
「そういった才覚があることをセルール様は自覚なさっておられたのでしょう。ですが、本家からは追い出された。それに対してセルール様が残念に思われることも、また自然だと思います」
ニーサは様々に変化する周囲の表情に構わず、ドンドン説明を続ける。
「ですが、そういう屈折した思いで新たにご家族になられた奥様に接するのはどうかと思いますし、さらに『本家が厄介者を押しつけた』などと思い込んで奥様を無下に扱われるのは、言うまでもなく最悪です」
今度こそニーサは正面からセルールを見据えた。
「奥様に向き直ることもせず、嫌がらせのように愛人を作る。そこまではあるいは奥方様も許しておられたかも知れません。アエーズの方々の間では、それほど珍しくはない夫婦の在り方です。しかし、ライアン様に対しては……」
そこでニーサはわざとらしく言葉を濁した。
セルールはそれによって、さらに追い詰められたのだろう。恰幅の良い身体を縮めて、小さくなっている。
「ダルシアのロメロ家であっても、それはやはりアエーズとは違う。ここはやはり
「うう……」
セルールが呻き声を上げた。
「それは違うでしょう。何しろライアン様の『呪い』が解ける、その瞬間にご婦人をあれほどお招きするとは」
「い、いや……それはだな……」
「とにかく、ロメロ家ではそういう状態であったと言うことですね。私はこれも一種の『呪い』のようなものだと思います」
その言葉に、一番に反応したのはペピータだった。
「まさかお主の言う、難しい『呪い』とは……?」
「そうです。皆様を縛り付けている思い込み、誤解、生まれ育った環境の違いから生まれる理解の難しさ。それが『呪い』です。何しろその『呪い』は連鎖して、ライアン様を追い詰めている。そうでなければならないという『呪い』に囚われている。その点に関しては、お二方とも同じであると思われますが」
ニーサにそう言われて、顔を見合わせるセルールとペピータ。
恐らくは、この夫婦をして初めての経験であったのかも知れない。
「さて、ライアン様。ご両親の事情、ある程度はご理解されていた事と思いますが、奥様に関しては理解の及ばぬ部分も面もあることと私は考えています。奥様は、何よりもアエーズであることに誇りを持っておられる方。であるなら、『呪い』を受けたライアン様を見限らねばならない――そう思い込んでおられるのです」
「え?」
ライアンが呆けたような表情のまま、俯いていた顔を上げた。ニーサはライアンに語りかける様にしながら、次第にそれは改めてペピータへと移ってゆく。
「厳しく接しなければならない。そう思い込んでおられる――奥方様。そんな決まりはないのです。ライアン様に優しくされても良いのです。『呪い』を受けてよく頑張ったと褒めて下さっても良いのです」
今度はペピータの表情が崩れていった。ニーサはさらに続ける。
「さ、左様である……のか……」
「はい。私は仕事柄、アエーズの方々と接することがままあるのですが、ご身内の『呪い』が解けた瞬間、大いに泣き崩れますし、
そのニーサの言葉もまた、解呪としての役割があったのだろう。
ペピータとライアン。この母子もまた、初めて本心から向き合っていた。
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