急接近する二人の仲

 唇が目の前に。

 ドキドキしていると、関さんは小悪魔のように笑った。


「え……」

「キスされちゃうと思った?」


「……そ、それは……」

「なんてね。冗談だよ」


 な、なんだ冗談か……。それにしては、ギリギリの距離だったような。惜しいことをしたかな。


 少し後悔しながらも、俺はガチガチになっていた。もう何を考えていいか分からん。


 でも。

 でも、この湧き上がるような気持ちはなんだろう。


 はじめて感じる陽射しのような熱。

 俺はどうなってしまったんだ……?


 困惑していると、関さんは手招きした。

 ソファに座れということらしい。


 指示に従い、俺は少し距離を取ってソファに腰掛けた。


「……関さん、俺が許嫁でいいのかい?」

「わたしもね、よく分かんない。でも、少しずつ有馬くんことを理解しているし、もっと知りたいって思ってる。だからね、もっと仲良くなろうね」


 手を握ってくれる関さん。

 意外で大胆な行動に俺は、ただただ顔を真っ赤にするしかなかった。


「…………っ」

「有馬くんって照れ屋さん? 可愛いね」


「し、仕方ないさ。俺は女の子に触れられたことすらないんだから」


「そっかそっか。じゃあ、わたしで慣れていくしかないよね」


 ぎゅっと手を握ってくれる。

 細い指が絡みつく。

 なんて繊細な。


 少し力を加えたら折れちゃいそうな、そんな指だ。でも、綺麗で魅力的だ。


「これからどうしようか」

「一緒に学校生活を楽しめばいいんだよ。許嫁なんだし」

「なるほど……って、マジか」

「うん、マジ。だって、将来を約束されているんだよ? 夫婦ってことだよね」


 照れくさそうに言う関さん。……うわ、今の可愛い。


「夫婦かぁ。実感ないけど、そういうことになるんだ」

「そうだよ。だから、支え合っていかなくちゃ」


 支え合う……。そう言われると本当に夫婦みたいだ。俺、いつか関さんと結婚するのか。



「分かった。関さんに好きになってもらえるよう頑張るよ」

「わたしも有馬くんに好きになってもらえるよう、努力するね」



 となれば、あとは親父にどうして関家と“許嫁”なんて約束をしたのか問い合わせなきゃならん。


 その為にも――。



「関さん、俺は一度家へ戻るよ」

「そっか。じゃあ、また明日からだね」

「せっかくなのに、ごめんね」


「いいのいいの。これから、ゆっくりとお互いのことを知ろう」


 天使のような微笑みを向けてくれる関さん。俺にはもったいないほど可愛い。


 この場所にいたいという気持ちを抑え、俺はソファを立つ。


 関さんも最後まで見送ってくれた。


 俺は手を振って関さんの家を後にした。



 外はすっかり日が沈んでいた。

 もうこんな時間か。



 ……あ、そうだ。連絡先を交換しておけば良かったかな。俺としたことが……また明日にしよう。



 夜道を歩き、自宅まで戻った。



 * * *



「――ただいまっと」

「帰ってきたか、純」



 玄関の扉を開けると、そこには親父が仁王立ちしていた。厳つい顔で俺を睨む。


「な、なんだよ、怖い顔して。それより、許嫁ってなんだよ」

「……やはり知ってしまったか」


「やはり?」


「うむ。さきほど友人から連絡があったんだ。それでお前が関家を訪れたと聞いてな」



 ああ、関さんのお父さん……親父に連絡したんだ。



「先に教えてくれ。なんで許嫁なんて約束したんだよ」

「気になるか、純」

「当たり前だ。あんな美少女と許嫁とか……向こうだって困るだろうが。俺だって困惑した」


「だが、嬉しいだろう?」


「そ、それは……当たり前だ。あんな可愛い子とお近づきになれるだけで幸せなことだよ。って、そういう問題じゃない!」


「理由か。それを話すとなると、とても長くなる」

「いいから話せ」



 親父は真剣な眼差しで俺を見つめる。

 重い空気に俺は思わず息を呑んだ。


 ……そんな言いにくいようなことなのか!?


「いいか、純。心してよく聞くのだ。実は……」

「実は……?」


「教えるわけないだろ!! すまんが、答えは自分で探せええええええええ!!」



 背を向け逃げ出す親父。

 突然のことに、俺は呆然と立ち尽くした。


 おい……おおおおおい!!



 親父のアホ!!!

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