第60話 正体、2つの弱点、そして倍になった恩恵



[情報 “ワールドクエスト ボス 弱点”:詳細]



 ……お待たせしやした、あねさん。


 えっ?

 この傷ですかい? 


 ……へへっ、ちょいとばかしヘマしちまっただけでさぁ。

 気にしないでくだせぇ。

 んなこたぁどうでもいいんすよ。

 

 それよりも、ちゃんと調べてきやしたぜ?

 


“奴”の――“八脚やつあし野郎”のことについて。

 

 ・

 ・

 ・



「あぁ、なるほど」



 久代さんが、スマホのメモ帳画面に書き起こしてくれた文書。

 その頭部分を読んで、すぐに納得する。



“八脚”という表現からすぐに“蜘蛛”か“タコ”という生き物が連想される。

 今いる場所の近辺は緑地というか、森に近い自然エリアだ。

 

 クエストの場所は駅向こうの“ショッピングモール”だし、海よりは森の方がありうるだろう。


 だからどちらかというと“蜘蛛”、か。

 多分、この後で更にボスの種類を限定する情報も出てくるんだと思う。




[情報 “ワールドクエスト ボス 弱点”:詳細]

 


“奴”ぁ素早いだけじゃなく、攻撃も体力も尋常じゃないレベルでさぁ。

 そんじょそこらの野良モンスターとは比べ物になんねぇ。



 ……それだけじゃねぇですぜぃ。

“奴”が出す糸に絡めとられたら最後。

 身動き出来ずに成す術なく捕まって終わりだ。


 男は餌に。

 女は……死んだ方がましな目に遭うかもしんねぇですぜぃ。 



「――この“出す糸”って所で、ボスが“蜘蛛”と判断した理由の一つ?」

 


 一度顔を上げると、久代さんと来宮さんがコクリと頷き返してきた。



「うん。八本の脚があって、糸を出すってなったら。“蜘蛛”って考えが出てきて……まあその後も読んでもらえればわかると思う」



 そう言いはしたものの。

 久代さんはなんだか、珍しくソワソワしているように思えた。


 一時的に渡してくれた自分のスマホを、チラチラと気にして見ている。



「……えっ、どうしたの? なんかこのスマホにあるの?」



 すると何を勘違いしたのか、久代さんの顔はカァーっと赤く染まる。



「いやっ、違っ、何もない! 滝深君が想像してるような、そういうエッチなのとか、ないから!」



 へっ?

 ……いや、そんなこと一言も聞いてないですけど!?


 仮に久代さんがスマホで、だ。

 ちょっぴりえっちいマンガや映像を見ていても、別にとがめられることではない。


 成人している女性だし、そもそも女性にだって性欲の一つや二つはあるだろう。



 ただ、久代さんほどの美人がそういうことに興味を持っている、となれば。


 ……まあそりゃぁ? 

 異性としては?


 グッとくるものが、無きにしも非ず的な部分があることは否定できない心もどこかにあるかもしれない。

 


「そ、そうじゃなくて! ――その、だから、私、異性も含めて、自分のスマホ、他人に渡したの、初めてだから。ちょっと不思議な感じがしただけ」 



 それは共感できるところだった。

 普通、スマホを自分以外の誰かに使わせたりしないもんねぇ。



 久代さんとの意外な共通点を見つけて内心驚きながら、再び視線を手元に移した。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□ 



[情報 “ワールドクエスト ボス 弱点”:詳細]

 


 ですが、“奴”も完璧じゃねぇ。


 ちゃんと見つけて来やしたぜ。

“弱点”ってものを、それも“2つ”ね。



― ① ―


“奴”と無策で正面から戦ったら、おそらく相当厳しいと思いやす。

 だが“奴”には、その巣としている場所全体に“子モンスター”がいやしてねぇ。


 これが数は多いわ、拘束糸も放ってくるわで正直相手をするのも面倒になる。

 無視して“親”である“奴自身”だけを狙いたくなるのも仕方がねぇ。


 ……ですが、そこをじっと堪えて。 

“赤い腹をした子モンスター”を探してくだせぇ。

 

 因果関係は不明ですが、そいつを倒せば倒すほど、“奴”は弱るみたいでさぁ。



― ② ―


 それと“奴”は、ある“特殊な水”にも滅法弱いみたいでさぁ。

 それをかけられると、“奴”だけでなく“子モンスター”の方も弱ってくれるようですぜぃ。



 ……その“特殊な水”の特徴ですかぃ?

 

 うーん……。


 あっしも実際に飲んだことはありやせん。 

 ですが、それを口に含むと、何やら不思議な感覚があるらしいです。



 泡が弾けるみたいって表現したり。

 あるいは、目には見えない精霊たちに暴れられてるとか。

 あとは、そうですねぇ……お腹が破裂しそうになったという者もいやしたかねぇ。


 

 聞くだけでとても怖い液体のようでさぁ。

 んなものを飲むなんて、あっしは怖くて怖くて。

“奴”を攻撃するためだけに使った方がいいんじゃないですかぃ?

   

 

 

「この二つ目の弱点って、もしかして――」    



 そうして再び顔を上げ、久代さんや来宮さんの表情を見る。

 二人のその目が、同じように確信していることを感じさせた。



「――“炭酸水”か」 



 あるいは“炭酸飲料”といってもいい。



「“たんさんすい”、ですか?」



 ソルアが尋ねるように繰り返して口にする。

 合わせてちょこんっと首をかしげて見せた。


 戦いで凛々しさを見せるソルアとはギャップがあり、その仕草は俺以外にもとても可愛らしく映ったようだ。



「フフッ。“炭酸水たんさんすい”、だよ。ソルアちゃん」



 頬を緩めて解説する来宮さんに合わせて、俺も説明に加わる。



「そう。それか“炭酸飲料たんさんいんりょう”。飲むとシュワシュワする感じの奴な。うーんと……あっ! あれだ、ドラッグストアでソルアが飲んでたの。あれも炭酸飲料だ」

   


 初めましてのはずが、ソルアさんは普通にエナジードリンクをゴクゴク飲んでた。

 あれは流石にビビりましたぜぃ、ソルアのあねさん。 


 あのエナドリは栄養ドリンクとしてのイメージが強いが。

 ちゃんと炭酸としての要素も備えている。



「ああ、あれですか! 確かに、口の中がシュワシュワってして、なんだか凄くこそばゆかったです。まるでご主人様に飴を口に入れてもらった時みたいで――」



 あっ、ソルアさん、それは――



「はい!?」


「えっ!?」


「えぇぇ!?」



 その場にあったソルア以外の視線が、一斉にこちらへと向いた。

“そんなことがあったの!?”という目だ。

 

 いや、うん、あったけどさ……。



「ゴ、ゴホン――へ、へぇぇ。でも意外だなぁ~。炭酸の飲み物をかければ弱体化させられるんだ。こんなの、事前に知ってなきゃ絶対試さないだろうなぁ、ふ~ん」    

 

「……マスター。凄い白々しい態度ね。――あ~なんだか私も飴が舐めたくなってきたかしら。誰かに口へ運んでもらえれば、それに夢中で何も言わなくなるかもしれないなぁ~」



 ……クッ。

 アトリめ。

 

 ここぞとばかりに、そんな俺が恥ずか死ぬような脅しを!

 だが、タダじゃ済まさんぞ。

 

 薄荷ハッカを食わせてヒィヒィ言わせてやるぜ。

 

 そうしていい雰囲気で互いに思った意見を交換し合いながら。

 ワールドクエストへの情報収集はとても順調に進んだのだった。

 


□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□   



「さてっと――」



 休憩もかねた情報取得を終え。

 探偵事務所を後にする。

 


「まずは駅を越えましょう。“ショッピングモール”に直行するにしても、どこかを中継するにしても。そうしないと始まらないですから」


 

 来宮さんの言葉に皆が頷く。

 地元民で、一番この辺の地理に詳しいのだから、反論などない。


  

≪よ~し! 可愛い後輩もできたことだし、頑張るよ~!≫  

 


 出発すると、またファムからもたらされる情報と視界を頼りに進んでいく。

 しかし今度はファムそのもののやる気と安全性が、さっきまでとは全く違っていた。


 

≪さぁ、“フォン”。一緒に頑張ろう! 空だけじゃなくて。ご主人たちの近くにもモンスターがいたら教えてね≫


『GLISYAAA!』



 ファムの耳を通して、グリフォンの声が届く。

 さっき仲間にしたばかりだが、フォンは俺やファムによく懐いていた。


 俺はモンスターの言葉を解せないが、ファムは何となく理解できるようだ。


 なのでファムの言葉を、俺が周りへと通訳するように。

 フォンの凡その意思を、今度はファムが教えてくれるようになった。


 

『GL……GLISYA!』


≪ふむふむ……あっ、本当だ! ――ご主人、気を付けてね。ご主人たちから見て右・東方向かな? モンスターがいるよ≫


「っす、了解。……あっ、本当だな――皆。あそこ、廃ビルの角の奥、ウッドコボルトがいるから、気づかれないように」



 そうして空から地上を見る目が倍に増えて。

 より事前に得られる情報の量・質ともに大きく上がったのだった。



「戦闘も回避できて、スイスイと進んでいきますね」


「ええ。マスター、というか。マスターとファムたちとの連携が凄いのね」



 本当ならイベントに向けてIsekaiを稼ぎたいところだが、今は後回しだ。

 最優先すべきは駅向こう、繁華街・市役所通りへとリスク少なくたどり着くこと。


 そのためにはモンスターとの戦いは極力避けた方が早いからな。



「――ふう。本当、思ったよりも凄く早くに地下通路まで来れたわね」 

  


 駅を越える方法としては駅構内を直に進むか。

 あるいは遠回りになるが車道を使うか、この地下通路を行くかが現実的な手段だった。


 そしてモンスターとの戦闘リスク、進行のスピードなどを総合的に考えて最後を選んだ。



「さっ、ここを行けば後はもう“ショッピングモール”なんてすぐ行ける距離になる」



 だいぶ時間に余裕もできるから、またどこか休める場所を見つけて準備を整えることもできる。

 そうして100m以上ある地下通路を進もうとした時。




「――えっ? あんたたち、誰?」



 中から人の、明らかに年下だとわかる少女の声がしたのだった。


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