1日目

第1話 突然の終わり。そして突然の始まり


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①~【異世界ゲーム】ダウンロード記念~

初回限定10連無料!

★5異世界奴隷(女)1体確定!!

 

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 「本当にソシャゲみたいだな……」


 

 スキルの力で生み出された、宙に浮く半透明の画面。

 そこに表示された説明を見て、思わず呆れとも感銘ともつかない溜息が漏れる。


  

 世界が変わってしまって、これからは自分で自分の身を守っていかなければならない。

 そんな中得た力が外的要因任せ、即ち運だよりの“ガチャ”だったことを、未だ消化しきれずにいるのだ。



「でも……“異世界奴隷”、しかも“(女)”って限定もある」



 それはそれ、これはこれだ。


 WEB小説、しかも異世界ファンタジー系をたしなむ者として。

 異世界の奴隷、しかも女性が出てくるとなると興味は嫌でも湧いてくる。


 

「まっ、物は試しだ。それに無料なんだから、やって損することはないだろう。引いてみるか」 


 

 ガチャを回す理論武装を自らに言い聞かせるようにして口にしていく。

 そうしながらも、今までは空想でしかありえなかったことが、今では現実となってしまった始まりを思い出していた。   

  



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「ねぇ、滝深たきみ君。ちょっと、良いかな?」


 

 ゼミを終えて廊下に出た直後だった。

 話しかけてくれたのは、同じゼミの同期生。


 学部内でも1,2を争うほど人気の、美女というよりは美少女という感じの可愛らしい女性だ。



「えっと、うん、何?」

 

「あの、そのね?」



 その彼女が、珍しく言いよどんでいる。

 この後の言い出しの言葉をどうしようかと悩んでいるように。

 

 そしてその表情は照れや恥じらいを含んだ、青春の1ページをグッと意識させるものだった。

 

 

 授業の終わり。

 異性である俺を呼び止め。

 そして、何か大事なことを告げる前兆のような仕草。


 これは――



「――この後、皆でカラオケに行くんだ。良かったら、滝深君もどうかな?」


「……皆で、カラオケ」



 間を繋ぐように言葉をそのまま繰り返す。


 そして彼女から視線を転じると廊下の端の方。

 そこには、さっきまで同じゼミを受けていた面々が待機していた。


 ……なるほど。



 ですよね~。


 大丈夫、何となくわかってたから。

 うん、期待とか、これっぽっちも、全然、してなかったから。



「そう、カラオケ。一緒に行かないかな?」  



 要するに、一人だけハブって後で何かあったら面倒だから一応誘っとくかって奴だろう。

 この建前を建前として見抜けず、ホイホイついて行ったら痛い目を見るのは俺の方だ。


“えっ? あっ、マジで来るんだ……”というあの微妙な空気……。



 くっ、古傷トラウマがうずきやがるぜ!



「申し訳ない。誘ってもらって悪いんだけど、今日は帰ってやることがあるから」



 そう告げると、彼女は食い下がるといった様子もなく。

 気にしていないという風に笑顔を見せて小さく手を振った。



「あっ、そっか。うん分かった。じゃあまた、今度のゼミでね」



 あっさりした態度だったが、そっちの方が助かる。

 俺も挨拶を済ませてその場を後にした。




「ふわぁ~っ。眠っ」



 あくびを噛み殺しながら、愛車のペダルをゆっくり漕いでいく。

 建前のお誘いだろうと断ったが、やることがあるという理由は嘘ではなかった。



 アパートの部屋に戻ったら、時間を気にせず眠りにつくのだ。

 いや本当、昨日の夜からゼミ前まで、WEB小説ずっと読んでたから眠くて眠くて。



 あれ、はまる奴見つけるともう永遠読んじゃうよね。


 明日は講義もないし、直近の課題も済ませてある。

 寝て起きたら適当に飯食ってエナジー補給して、そしたらWEB小説の続きかゲームでもしよう。

 


「……はぁぁ」



 そう考えていると、思わず自嘲混じりの溜息が漏れた。

 こうして大学で勉強する以外は好きなように生活している。


 それは純粋に楽しいし、サークルや恋愛などに勤しむウェーイ系の学生たちを羨ましいとは思わない。

 

 だが一方で、こんな生活を続けて、自分の将来はどうなるのだろうと思うことが最近よくある。


 

 起きて。

 適当にご飯食べて、適当に時間を消費して。

 学校に行って勉強して、帰ってきたらゲームしたり本やWEB小説読んで寝て。


       

 気づけばこのサイクルをずっと繰り返している。



 いつかは何者かになれるとか、大きなことを成し遂げるとか。

 漠然とした青臭い考えがフワフワッとあったが、このままじゃそれが成し遂げられることはないと薄々自分でもわかってしまっている。 


 

「世界、変わんないかなぁ~?」 



 ゼミ前まで読んでいたWEB小説、異世界ファンタジー物の影響だろうか。

 この世界が魔法やファンタジーのある世界に変わればなと、ふと思ってしまう。



「まっ、単位も良好。卒業もちゃんとできるだろう」



 とはいえ、あまりナーバスになりすぎることもない。

 早々に別の考え事に切り替わった。



 ――だが俺はこの時の思考を、この後ずっと忘れることなく、折に触れて思い出すことになる。

 なんでもない、平和でありふれた日常は、もう二度と戻ってはこないのだと……。




「ふぃぃ~。ただいまっと……ん? あれっ、何だこれ」



 3階建てアパートの1階部分、奥から二番目が自分の部屋だ。

 そしてすぐさまベッドに飛び込もうとしたところで、違和感に気づいた。


 いつの間にか視界の端っこに変なゲージというか、バーのようなものがあったのだ。



<0%■■■■■■■■□□100% 【異世界ゲーム】ダウンロード進行率……83%>   



 目をこすっても、一端気にせずスウェットに着替えても。

 その謎の文字は視界から消えなかった。



「……とりあえず寝る前にガチャだけでも回しとくか」



 とりあえず保留にして、いつも遊んでいるソシャゲアプリを起動。

 無料ガチャをスタミナや石が無くなるまで引いていく。



「全然出ねぇ。武器ばっかじゃねぇか。……本当、SSRとか☆5のキャラ出たの、いつくらいだったっけか?」



 まあ無課金勢だし、こんなもんか。

 無料ガチャを回し忘れた日もあるしね。

 



<0%■■■■■■■■□□100% 【異世界ゲーム】ダウンロード進行率……89%>



「…………」




 やっべぇなぁ。

 全然消えてねぇよ。

 とうとう幻覚まで見えるレベルか。

 

 相当の寝不足と判断。


 

「……寝るか」



 起きてスッキリしたら、多分無くなってるだろう。

 


<0%■■■■■■■■■□100% 【異世界ゲーム】ダウンロード進行率……92%>   


  

<0%■■■■■■■■■■100% 【異世界ゲーム】ダウンロード進行率……100%>   



<ありがとうございます。ダウンロードが完了しました>   



 あぁ。

 幻聴まで聞こえてきやがった。


 うわっ、マズい、意識が――


 

 何かの機械的な声を耳にしたのと同時に。

 具体的な形を持たない膨大な情報を、頭にぶち込まれたような感覚があった。


 その負荷に脳が耐えかねたとでもいうように、意識がそこでプツッと途切れたのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□  



「……んっ。んんっ、ん~」



 ふわぁ~。

 良く寝た。


 久しぶりに爆睡した気がする。

 


「今何時だ? えーっと……ん? えっ、12時? にしては明るい気がするけど――」 



 スマホの時計を見て一瞬違和感を覚えた。

 窓際、カーテンから薄っすら漏れる陽の光が、今は夜ではないことを告げている。


 

「あっ! 嘘ッ、“昼”の12時!?」



 昨日ゼミが終わったのは夕方の4時くらいで、そこからアパートの部屋に帰ってきたから……。

 うわっ、大体20時間は寝ていたことになるのか。



「いくら今日は講義がないからって、流石に寝すぎだろ……。どんだけ徹夜が響いてたんだか」



 ってかヤバいよヤバいよ、トイレトイレ。

 眠っていた時間の長さを意識すると、いきなり強い尿意を感じた。



「あれれ~? おかしいぞ~。電気がつかないな~。……まあいいや」



 一人名探偵ごっこをしながらスイッチを二度三度とパチパチ押しても、結果は同じ。

 まあ昼だし、明かりがなくても問題はない。

  

 ただいつもの習慣というか、朝だろうと電気をつけて入っていたので違和感はあった。



「ふぃぃ~。あぁー喉乾いた。スポドリ飲もうっと……」



 歯を磨き、口をゆすいでから冷蔵庫のスポドリを取り出す。



「うーん? あっれー。冷蔵庫も電気付いてない。――おうふっ、温(ぬる)いっ!」



 秋になり暑さもましになってきたとはいえ、これじゃあ食べ物も心配だ。

 


「どうなってんだ。停電か? ――ってか、なんかさっきから凄いうるさくね?」



 アパートは閑静な住宅街の中にある。

 外から聞こえてくる騒ぎ声のようなものに、流石に強い疑問が湧いた。


 

「ったく、何だよ朝っぱらから……あっ、もう昼か」



 いや、昼でもこんなに騒々しくされたら堪ったもんじゃない。

 文句を言うではないが、少し様子を見ようとサンダルを履いて、ドアノブに手をかける。




「何をそんなに騒いで――えっ?」



 外の景色が目に飛び込んできた瞬間、言葉を失った。

 隣の部屋の前、アパートの共用部分の通路。



「KOBOOOOO!」


 

 ――犬の頭をした化物モンスターが、そこにいたのだ。  

 

 

 見たことないはずなのに、なぜか瞬時にそれが“コボルト”だと分かった。

 異世界ファンタジーものに出てくるアイツだ。



「あっ――」



 小さなその手には、なたが握られている。

 しかも赤黒い液体がドッペりと付着しているのだ。


 そしてそのコボルト以外にも道や、町のあちこちから。

 同じような、でも違う凶暴そうな声が続々と届いてくる。


 それから連想されたのは、町のいたるところにモンスターが歩き回っている光景だ。   

 


「KOBO? KOBUKOBU!」



 コボルトが、こちらを見た。

 目が合う。

 口角が上がった。


“獲物を見つけた”。

 そう言っているように、ニィッと。



 すると、いつの間にか視界に半透明の画面が映っていた。

 まるで全ての役者・状況が舞台に揃うのを待っていたとでもいうように。

              

 そしてそれには、今まで忘れてしまっていた、眠る前に見たような文章が記されていたのだった。



<――【異世界ゲーム】をダウンロードいただきありがとうございます。【異世界ゲーム】の世界を、ぜひお楽しみください>



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