第21話とある編集長side
坊ちゃんの「イロ」の家族から新聞社に抗議があったのは記事が掲載されて直ぐの事だった。抗議しに来ても弁護士がきただけだ。
あの時は、社員たちの殆どが笑っちまったぜ。
今考えると笑える状況じゃなかったんだがな。
一応、紙面のすみっこに謝罪文を載せた。
そしたら、弁護士が再度やってきた。
『到底、受け入れられない謝罪文です。依頼人はあなた方に誠意をもって欲しいとのことです。それが出来ない場合はこちらもそれないの対応をさせていただくと申しております』
爆笑した。
だってそうだろ?
弁護士がきたって事はどの道、訴訟だのなんだの言ってくることは分かってたんだ。それに、こちとら新聞社だ。訴訟なんて珍しくもなんともなかった。大体の場合は示談で終わる。今回もそこそこの金で片が付くと高を括っていた。
ベテラン記者なんか「またいい記事が書けそうだ。いいネタになる」と息巻いて嫌がった。「素人は何も分かってない」と嗤う連中までいた。
訴訟を起こされてもこちらは痛くもかゆくもない。
寧ろ、訴訟を起こされたということで売り上げが上がる事すら多々ある。
俺達の浅はかさが破滅をよんだんだろうぜ。
「イロ」の家族がした対応はそんなもんじゃなかった。
弁護士が宣言した僅か一週間後に六割の給料を一方的に止められちまった。それだけじゃねぇ。新聞販売所の販売価格の値上げだ。今まで三割引の値段で売って貰っていたものを定価での買い取りだと!? ふざけんな!! こっちにゃあ、生活もかかってるんだぞ。
更に追い打ちをかけたのが新しくできた新聞社の記事だ。
シンデレラストーリーと持て囃されて、悲劇のヒロインとも化している男爵家の嬢ちゃんの真実が書かれた記事。
あれのせいで嬢ちゃんは世間様から手のひらを返されて転落しちまった。坊ちゃんの時よりも苛烈なしっぺ返しを食らって姿くらましちまったぜ。噂じゃ、どっかの研究所が囲ってるんじゃねぇか、って話だ。何でも胎の子共々いい実験材料らしいぜ。それ聞いた時はひでぇ話がと思っちまったが、ワザワザ教えて来てくれた医学界の重鎮の言葉には震えちまったぜ。
『彼女
この時になって漸く俺達は誰を怒らせたのかを知った。
まさか「イロ」がタナベル商会のボンボンだなんて誰が思うかよ。
弁護士は名前で分かるだろ、と言っていやがったが、分かるかそんなもん。苗字が同じだと普通は思うもんだ。
遅すぎるが直に謝罪したいと社長が申し込んだが梨の礫だ。
一ヶ月後には八割の収入源を失った。
この一件以来、新聞社への信頼は完全に失われた。俺も辞めたいと思ったが辞められなかった。次の就職先がないからだ。うちを辞めると何処も雇ってくれねぇ。特に、俺は一番の古株だからな。新人共も俺の後について来てくれていたしよ。俺一人抜けただけでも会社としてやっていけなくなる可能性がある。俺がいなきゃ、この会社は直ぐにでも潰れちまう。
だからといっていつまでも居座れる場所じゃないのは確かだ。
もう、潮時かもしれねぇな。
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