第5話同僚side

 王宮・魔法薬研究所――


 

 

「ん?あれ?ノア、ライアンは一緒じゃないのか?」

 

 暇さえあればノアに引っ付いて離れない男、ライアン・キング。先月の誕生日で二十七歳になったばかりの男はがない限り自分の恋人であるノアの送り迎えは欠かさない。マメ男というよりも束縛系の男である。ノアが一週間の有休を急遽とったのもライアンのワガママのせいだと職場では専らの噂になっている程だった。



「あ……うん」


 妙に歯切れの悪いノアを訝しく思って見ていると、それに気付いたのか困ったように笑うと「いずれ知る事になるから」と周囲を見渡し爆弾発言を落としていった。



「実は僕、ライアンとは別れたんだ」

 

「は?」

 

「い?」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「「「「ええええええぇえー!!!!」」


 あまりの発言に周囲の同僚たちは驚き叫んだ。

 研究所の職員は、ノアとライアンが恋人同士の関係だと知らない者はいない。それほど二人は有名だったのだ。外でも中でも関係なくイチャイチャしていたら宣言しなくとも分かる。というよりもライアンが鬱陶しいほどベタついて周囲を牽制していたから嫌でも理解してしまうというべきか。とにかくライアンはノアのこととなると周りが見えなくなる傾向にあるのは周知の事実。

 その二人が突然、別れると言ったら誰だって驚くだろう。皆、血相を変えてノアの元に駆け寄り、「どうなっているんだ」、「一体何があったのか」などと問いただした。かくいう私もその一人。


「ちょっと、別れたって何があったの?」


 だって一週間前まであんなに仲睦まじく出勤して来ていたのに、何故そんな事になっているのよ!


「ライアンの浮気相手に子供が出来たんだ」

 

「え!」

 

「お?」

 

「は?」

 

「おぉ……」

 

「「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

 今度は別の意味で叫び声が上がった。無理もないと思う。だって、あの男の溺愛ぶりを知っているから。皆は信じられない思いでノアの顔を見ていた。すると彼は眉を下げて苦笑する。それは諦めの表情に似ていた。それだけ今回の件がショックだったと言うことだろうか?


「ノア、それ本当のことなの?子供って?え?嘘でしょ?冗談じゃなくて?」

 

「本当みたいだよ。相手の女性は親子鑑定してもいいって言ってるから間違いなくライアンの子供だと断言できるんだろうね」

 

「そう……」


 この場合なんて言えばいいの?

 慰める言葉がみつからない。

 私だったら半殺し、もしくは三分の二殺しにして別れるけどね。ノアはそういったタイプじゃないから「殴り倒せ」とは言いにくい。

 

 こういう時にかける言葉が見つからない。私は黙り込むしか出来なかった。

 ノアが寂しげに笑う姿を見ていた同僚たちが口をつぐみ静まり返る中、最年少の後輩が意を決したかのように話を切り出した。

 

「それで、これからどうされるんですか?ノア先輩がライアンさんと交際していた事は殆どの人が知っています。裁判を起こして慰謝料を分捕れますよ」

 

「いや、裁判も何も僕とライアンは男同士で結婚もしてないから裁判なんてできないよ」

 

「何言ってるんですか!結婚してなくても『パートナー』だったでしょう!お揃いの指輪をしている時点で既婚者も同然ですよ!先輩にはライアンさんを訴える資格はあります!!」


 熱弁する後輩は、昔、弁護士志望だったと聞いた事があった。確かに訴えても勝てる案件よね。ノアとライアンは同棲していたし、周囲も二人は夫婦同然だという認識だったもの。正式な婚姻をしていなくとも「パートナーシップ」を取っていた場合は「夫婦扱い」とみなされる。そうよ!訴えられるなら慰謝料をふんだくるべきよ!!と心の中で悪態を吐いていると、ノアが小さく呟いた。

 

「それはできないよ」

 

「なんでですか!相手の女は先輩の居場所を奪う泥棒猫で、ライアンさんは先輩の人の好さに隠れて浮気していた最低の男ですよ!両方に慰謝料請求して社会的信用を抹消させてやる位して当然ですよ!」

 

「そうだぜ!ノア!」

 

「あんなヤツさっさと訴えちまえ!!」


 過激な発言が多いけど、誰も非難する者はいない。

 私も皆と同意見だから止めない。

 



 同僚たちから口々に非難の言葉を浴びる中、ノアは首を左右に振ると悲しげに笑いポツリと言った。

 

「相手の女性は子供を産む気だよ。ライアンの父親とも何らかの交渉をして万全の対策を立てて僕の処にきた可能性が高い。それに……これから生まれてくる子供にはなんの罪もないんだ。もし、ライアン達を訴えたりしたら子供の将来に傷がつく」

 

「でも!!」

 

「いいんだよ。もう終わったことだしね」


 ノアは無理矢理笑顔を作ると私たちに視線を向けた。その目は「気にしないで」と物語っていた。そんな目をされちゃ、私達はもう何も言えないわ。でもね、ノア。あなたが良くても、私たちはライアン達を許せない。だってあなたの幸せを奪っていったんだもの。お人好しの同僚。あなたを傷つけた人間を放っておくほど、私達は優しくないの。




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