episode11「Knights Of The Borderland」

 レクスに連れ出され、ミラル達はヴァレンタイン邸に向かいながらお互いに自己紹介をすませた。レクスは、ミラル達に関しては父親のコーディ・ヴァレンタインの客人、という部分しか聞いておらず、素性や旅の目的までは知らないようだった。


 レクスは町の人間は大体覚えているため、知らない顔でサイラスに今更絡まれる女は間違いなく旅人である、と判断した。それがコーディの客人であるかどうかはどちらでも良かったらしく、当たっていればヴァレンタイン邸に連れて行くし、違うなら違うでそのまま離れた場所まで逃がすつもりだったようだ。


「本当にありがとうございます。正直、あのまま逃げられるかどうかは不安だったので……」

「気にするな。これも俺の仕事の一つだ」

「そうさ。ヴァレンタイン騎士団はレディを絶対に守る」


 そう言って得意げに笑うのは、先程サイラスにぶっ飛ばされたシュエット・エレガンテだ。


 ヴァレンタイン騎士団はこの国境の町、ヘルテュラシティを警備する騎士団で、元々はヴァレンタイン公爵家の私兵だった。しかしその実力を買われ、国王のウィリアムの補助を受けながら町と国を守る騎士団となったのである。


 今でこそアギエナ国とゲルビア帝国は友好的な関係を築けているが、他国のようにゲルビア帝国からの侵略を受けていたこともある。


 しかしヘルテュラシティに攻めてきたゲルビア帝国兵達は、ヴァレンタイン騎士団によって一度撃退された。その時最も武勲を立てたのが現団長であるレクス・ヴァレンタインなのだ。


 その戦いの後、アギエナとゲルビアは同盟を結び、現在の関係に落ち着いたのである。


「あの時の団長はすごかったんだ……団長ならエリクシアンが相手でも負けるわけがない」


 当時の戦いを思い返しながら、シュエットは酔いしれるようにレクスの武勇伝を語る。


 語られるのはレクスの話ばかりで、シュエット自身の話はほとんど出て来ない。大方、先程のサイラスとの戦いのようにすぐにやられてしまったのだろうとミラルは苦笑いしてしまう。


「……昔のことだ」


 むず痒いのか、レクスはシュエットから目をそらしてそう呟く。すると、シュエットの表情が一変する。


「ああ、団長がすごかったのはあの時が最後だ」


 顔をしかめるシュエットに、レクスはため息をつく。

 その反応が納得いかなかったのか、シュエットは声を荒らげ始めた。


「なんという体たらくだ団長! あんな連中に頭を下げるなんて!」

「お前の不始末は、上司の俺が頭を下げるのが筋だ」

「困っているレディを助けることの、どこが不始末だって言うんだ!」


 そこで立ち止まり、シュエットは真っ直ぐにレクスを見つめる。


 その真剣な眼差しを、レクスは直視し続けることが出来なかった。

 どこかでなくした、或いは押し込めたものを見せつけられているような気がして。


 レクスが言葉を失いかけていると、不意に今まで黙っていたチリーが口を開く。


「……自分の実力も弁えずに向かって行きゃ、不始末扱いされても仕方ねえだろ」


 チリーの言葉に、シュエットは何故かキョトンとした顔を見せた。


「……何だ君は。誰だ、いつからいた?」

「ずーーーっといただろーが! 鳥頭かテメエは!」

「おお、思い出した! 少年Aか!」

「お前ほんっとーにぶちのめすぞ」


 ついつい拳を握りしめるチリーを、慌ててミラルがたしなめる。


「それに、あのサイラスって奴、本気で相手されてたら死んでたぞお前」


 ミラルに免じて拳を収めたチリーがそう言うと、シュエットより先にレクスがピクリと反応を示した。


「実力がわかるのか?」

「なんとなくな」


 それなりに場数を踏んできたチリーから見れば、実力のある人間とない人間はすぐに見分けがつく。ラズリルと初めて会った時に警戒したのもそのためだ。


 だが実力以上に、チリーはサイラスの危険性を感覚的に理解している。

 サイラス・ブリッツは、恐らくエリクシアンだ。


「そいつの言う通りだシュエット。サイラスは自分のことをイモータル・セブンの隊長の一人だと言っていた。それが嘘だとしても、奴の実力は俺にもある程度は推察出来る」


 イモータル・セブン。

 ゲルビア帝国で編成された、エリクシアン中心の特殊部隊だ。


 サイラスがエリクシアンだということを加味すれば、隊長だというのも事実かも知れない。

 イモータル・セブンの存在はミラルやラズリルもある程度は知っている。現在のゲルビア帝国の巨大な領土を作ったのは、ほとんどイモータル・セブンだと言っても良いくらいだからだ。


「あの男は、恐らくエリクシアンだ」


 レクスの言葉に、シュエットは一瞬言葉を詰まらせる。


 だが引き下がれないのか、すぐに拳を握りしめて声を上げた。


「そんなことはわかっている! だからと言って、あんな連中を野放しに出来るか!」


 サイラス達は、自分達がゲルビア帝国の軍人だからと言う理由で好き勝手に振る舞っている。

 彼らはこの町に滞在するようになって以来、ずっとそうやって過ごしているのだ。


 シュエットはそれが許せない。

 立場を笠に着て横暴な態度を繰り返し、金も払わずに飲み食いするような連中が野放しになっていることが我慢ならなかった。


 しかしそれでも、強く出られないのが今のアギエナ国だ。明らかな犯罪行為ならまだしも、サイラス達はツケを理由にギリギリのラインで好き勝手にやっている。それに結局のところ、アギエナ国の平和はゲルビア帝国の”温情”だ。反感を買えば、すぐに捻り潰される。


 それがわかっているから、レクスは立場上動くことが出来なかった。


「……まあまあ、シュエットくんのおかげでこうしてラズ達は助かったわけだし、ヴァレンタイン邸にも予定より早く行ける……ここは感謝しようじゃないか」


 重い空気をなんとかなだめようとするラズリルに、ミラルは隣で頷く。


「そうね。本当にありがとう、シュエットさん」


 そう言ってミラルが頭を下げると、シュエットは少しだけ表情を和らげる。


「……いや、気にしないでくれ。レディを助けるのは当然のことだ」

「ラズもレディだよね?」

「勿論だとも」


 シュエットが深く頷いて見せると、ラズリルはにっこりと笑った。そんなラズリルに、チリーは小さく嘆息する。


「お前、けっこー単純な奴だったんだな」

「ふふ、ラズのことを複雑そうに見てくれてありがとう。実はこの通り、単純な女なのさ」


 そんなことをのたまいながら何故か得意げに笑うラズリルに、チリーはもう一度、今度はわざとらしく嘆息した。


「……酔い、覚ましとけよ」

「覚めてる。いつも通りだよ」


 カラッと笑うラズリルに、もうチリーは何も言う気が起きなかった。


***



 シュエットとレクスに案内され、三人は無事にヴァレンタイン邸へと到着した。ヴァレンタイン邸は町外れの森の近くにある大きな屋敷で、一目で領主の邸宅だとわかる。


 屋敷の向こうには森が広がっており、更にその向こうに屋敷と同じくらいのサイズの岩山が鎮座していた。


「どうした?」


 その岩山を見つめて立ち止まるラズリルに、チリーが問う。


「いや、なにかな~って……」

「ただの岩山じゃないの?」


 興味深げに岩山を見つめるラズリルだったが、ミラルにはただの岩山にしか見えない。確かに少し大きい気はするが、それだけだ。


(……なんか不自然な位置にある気がするんだよねぇ……)


 ヴァレンタイン邸の周囲はほとんどがただの森だ。そこにただ立っている岩山が、ラズリルにはどうにも異物に思えて仕方がない。


「チリーくんはどう思う?」

「わからん」

「だと思ったぜぇ」

「それがわかってんなら聞くな!」


 怒鳴るチリーをなだめつつ、ラズリルは岩山を思考の隅に追いやる。この岩山が何だったとしても、ラズリルにはあまり関係のないことだ。


「チリー、声を荒らげないで。ただでさえこんな時間の訪問で申し訳ないんだから……」

「別に構わねえっつってただろ。気にすんなよ」


 レクスは問題ないと言っていたが、それでも夜遅くの訪問は気持ち的に躊躇われる。やはり野宿にしておこうか、などとミラルが迷っていると、チリーが躊躇なくヴァレンタイン邸のドアをノックしていた。



***



 ヴァレンタイン家の従者はこんな遅い時間の訪問にも関わらず三人を歓迎すると、客室へと通してくれた。既に主人のコーディは休んでおり面会は明日という形になる。


 数日ぶりの清潔な部屋とベッドに、ミラルは思わず涙ぐみそうになる。しばらくぶりに獣や外の物音に怯えずゆっくり眠ることが出来るのかと思うと、一気に身体から力が抜けてしまいそうな程だった。


 というか実際に力が抜けてベッドに倒れ込んでいた。


「柔らかい……いい匂いがするぅ……」

「いやぁ、宿に泊まるよりもずっと良いベッドにありつけたねぇ」


 ミラルとラズリルは同室で、チリーは別の部屋に泊まることになっている。


 ヴァレンタイン邸はヴァレンタイン騎士団によって守られている上、もしもの場合はラズリルが対応出来る。チリーもラズリルの腕をある程度信用しているのか、ミラルをラズリルに任せて自分用の部屋へと入っていった。


「なんか……ようやく色々と落ち着いた気がするわ……。今はラズしかいないし……」

「ふむ? チリーくんがいると何かまずいのかい?」

「……まずい、というか、気が抜けない、というか……」


 一応三十歳くらい年上ということになるらしいが、見た目上は同じ年頃の男女だ。チリーはどうだかわからないが、ミラルにとっては十分意識してしまう”異性”である。それもミラルはペリドット家にいた頃面識のあった男性は非常に少なく、父親以外の男性と四六時中、寝る時まで一緒にいるなんて経験は全くなかったのだ。


「なるほどなるほど……なるほど……へぇ~~~、ふ~~ん?」

「な、なによ……」


 ニヤニヤとした顔でミラルの顔を様々な角度から覗き込むラズリルから、ミラルは顔を背ける。


「頑張りたまえよミラルくん、奴は手強いぜぇ」

「どーゆー意味よ!」


 頬を赤らめるミラルを眺めつつ、ラズリルはやたらと愉しげに腕を組んで数度頷いた。


「鈍いだけならまだしも、一物抱えて後ろを見ていやがるからね、彼は」

「……そう、ね」


 結局ティアナについては、チリーから直接聞き出すことはしていない。ミラルが知っているのは、あくまでチリーと青蘭の会話の中から汲み取れる情報だけだ。


「……なるべくそばにいてあげるといいよ。あの手の男は意外とうさぎさんだぜ」

「うさぎって……」

「毛並みも近いし」


 ラズリルがそんなことを言い始めたせいで、ミラルの脳裏でチリーの頭に兎耳が生えてくる。

 仏頂面でボサボサの銀髪の上でぴょこんと立つ兎耳が異様にシュールで、ミラルは思わず吹き出してしまった。


「そうね、チリーってうさぎさんよね――――」


 そんなことを口にした途端、突如部屋のドアが勢いよく開く。


「……誰がうさぎだッ!」


 しかめっ面のうさぎさんに怒鳴り散らされ、ミラルはひとまずベッドの中に逃げた。



***



「ていうか、急に入ってこないでよ!」

「そーだそーだ!」

「うるせえな、お前らに話があるからわざわざ来たンだろーが」


 ミラルとラズリルに非難されたが、チリーはぶっきらぼうにそう答えつつ嘆息する。


「乙女の部屋には勝手に入るものじゃないぜうさぎくん」

「ほーお? ピエロの控室はサーカスじゃ乙女の部屋っつ―のか?」

「言うともさ。我が一座始まって以来の習わしでね」


 口の減らないチリーとラズリルは放っておけばいつまで言い合いをしているかわかったものではない。すぐにミラルは、話を本題に戻すために割って入っていく。


「それでチリー、話って?」

「ああ。サイラス達についてだ」


 チリーがそう言った瞬間、ミラルもラズリルも真剣に耳を傾けた。


「あのレクスって奴の見立て通り、サイラスはエリクシアンだ。横の二人もな」

「……全員エリクシアンか」


 呟いて、ラズリルは顔をしかめる。


 イモータル・セブンはほとんどがエリクシアンのみで編成された少数精鋭の部隊だ。彼らがイモータル・セブンだと仮定すれば、むしろ全員エリクシアンである方が自然だろう。


「しかしチリーくん、君はエリクシアンを判別出来るようだけど、他のエリクシアンはどうなんだい?」

「さあな。他のやつのことまでは知らねえよ。ただまあ……俺の方が魔力……エリクサーや賢者の石の力には敏感みてえだな」


 曖昧な言い方だったが、チリー自身もこのことについてはよくわかっていない。通常、エリクシアンはエリクサーを接種することで人間からエリクシアンへと変化する。しかし三十年前に賢者の石に直接触れたチリーと青蘭は、他のエリクシアンとは違う経緯で今の身体になっている。


「それって、賢者の石に直接触れたチリーは特別ってこと?」


 ミラルは、チリーとエトラが戦った時のことを思い出す。

 あの時、チリーはエトラを一目でエリクシアンだと見抜いた。しかしエトラの方は、チリーが魔力を使うまではチリーの正体に気づいていない様子だった。


「確証はねえがな」

「もしサイラスという男がチリーくんの正体に気づけるなら、何もしてこないのは不自然だしね」

「気づいてねえのか、或いは既に動向を探られているのか……。どっちにしろ、つけられてはねえハズだ。俺やお前、それにレクスの奴も三人そろって尾行に気づけねえってことはねえだろ」

「まあ、用心するに越したことはないだろうけどね」


 ラズリルの言葉に、チリーは短く頷く。


「それにしてもなんだってイモータル・セブンがこんな場所に滞在してるんだか……。これ以上関わりになる前に出発した方が良さそうだよ」

「……そうね」


 サイラス達がミラルのことや聖杯について気づけば必ず狙われる。戦闘になれば、エリクシアン三人を同時に相手取ることになるだろう。

 今はただ、何も起こらないことを祈ることしか出来なかった。


***



 翌朝、コーディ・ヴァレンタインは快く一行を応接室に通した。


 クリフは詳しい事情は伏せていたようで、コーディはあくまでミラルが故郷のテイテスに里帰りをする、程度にしか伝えられていないようだった。


 コーディの後ろには二人の従者が控えている。テーブルの上には香りの良い紅茶が人数分置かれており、ミラルは紅茶の味に思わず舌鼓を打った。


「君達は殿下の恩人だと聞いている。ランドルフ殿下の謀略を暴き、クリフ殿下の暗殺を防いだんだとか……」


 そこまではしていない。していないのだが口裏を合わせる必要があるため、ミラルは曖昧に笑って頷いた。予めボロを出さないよう言いつけておいたおかげか、チリーはとりあえず黙って聞いていてくれている。


(私からすれば、クリフ殿下の方こそ私達の恩人なんだけど……)


 王宮からの脱出を見逃してくれた上に、こうして旅の補助までしてくれているのだ。クリフが助かったのは結果でしかなく、ミラル達はクリフのために何かをしたわけではない。あくまでラウラの救出――自分達の目的のために動いていただけなのだ。


 そう考えるとやや気まずい気持ちになるミラルだったが、今の自分達だけでは旅を続ける力はない。受けられる補助はなるべく受ける必要がある。ここは、クリフとコーディの厚意に甘えさせてもらうしかない。


「テイテスまでの馬車は私が手配するよ。他ならぬクリフ殿下からの頼みだからね」


 いつか何かの形で返せないだろうか。そんなことを頭の隅に置きつつ、ミラルはコーディに頭を下げる。


「しかし申し訳ないんだが……今日は来客の予定があってね。少し時間がほしい。その間に観光でもどうだろう?」

「お、それは良いですねぇ!」


 手を叩いて喜んだのはラズリルだ。


 下手に外を歩けばサイラス達と出くわすことになりかねないが、ラズリルは、コーディが暗に”席を外していてほしい”と言っていると判断した。

 コーディから旅の援助をしてもらう以上、彼の意にそぐわないことだけはするべきじゃない。


 ラズリル同様、それはミラルも感じ取ってはいたのだが、サイラス達に関する不安は拭えなかった。


「昨晩のことは聞いているよ。君達には護衛をつけよう」


 ミラルの不安は表情に出ていたらしく、コーディはミラルの顔を見て柔和な笑みを見せる。


 コーディが後ろの従者に合図すると、従者は部屋を出て一人の男を部屋の中に連れてきた。見覚えのあるその男に、真っ先に笑みを浮かべたのは意外にもチリーだ。


「殿下のご友人を護衛するなら、うちの倅をつけるのが一番良い。面識もあるようだしね」


 言ってから一息ついて、コーディは誇らしげに言葉を続ける。


「息子のレクス・ヴァレンタインだ。ヘルテュラが誇るヴァレンタイン騎士団の団長なのでね、実力は申し分ない」


 父の得意げな言葉に、レクスは誇ることも謙遜することもしなかった。

 ただ父の隣に立ち、護衛対象である三人を見つめている。


「……確かにアンタなら申し分ねえな」


 満足げなチリーの言葉に、レクスは小さく笑みを見せる。


「お前のような奴がいるなら、護衛は必要なさそうなモンだがな」


 そんなことを言い合いながら、チリーとレクスは互いに顔を見合わせてニッと口元だけで笑い合う。

 いつの間にか妙に意気投合している二人を見やりつつ、ミラルとラズリルは顔を見合わせた。


「もしかして似た者同士?」

「団長の方が大人だろうけどね」

「……聞こえてんぞ」


 わずかに顔をしかめるチリーに、ラズリルはわざとらしく舌を出して誤魔化した。



***



 国境の町、ヘルテュラシティはフェキタスシティに次いで交易が盛んな町だ。フェキタスシティに負けず劣らず活気のある街並みが広がっており、様々な国籍の人間が町を歩いている。


 その位置の都合上、ゲルビア帝国の領土であるルクリア国を通じてゲルビア帝国軍に攻め込まれて戦場になったこともあったが、現在は以前よりも活気があるようだ。


 ルクリア国やゲルビア帝国の文化が多く流れ込んできており、特に国力が豊富で優秀な技術者の多いゲルビア帝国から流れてきた加工技術はヘルテュラシティでも重宝されている。


「俺の剣もゲルビアの技術で作られたものでな……。かなりの業物だ」


 町の観光の最中、そんな話をしながらレクスは背負っている大剣を一行に見せる。ミラルにはよくわからなかったが、日頃刃物を扱うラズリルと、レクス自身に興味があるチリーはまじまじと大剣を見つめた。


「……普通の金属とは違うのかい?」

「エリクシアンの魔力にある程度耐性を持つ金属、アダマンタイトで作られている」


 アダマンタイト。ゲルビア帝国で作られている特殊な金属だ。詳しい製法はほとんど伝わっていないが、加工済みのアダマンタイト自体は高価だが市場にいくつか出回っている。

 レクスの大剣はそのアダマンタイトで打たれたもので、エリクシアンの魔力による攻撃に対して通常の金属以上の耐性を持つ。


 アダマンタイトが魔力に対して耐性を持つことは知られており、噂ではアダマンタイトは金属の加工にエリクサーを用いているのではないかと囁かれていた。

 エリクサーの実態を知るミラルにとってそれはゾッとするような話だったが、あえてそこには触れずに黙っていた。


「そんな心配そうな顔をする必要はありませんよミラルさん。このシュエット・エレガンテがついています。どうぞごゆるりと観光をお楽しみください」

「は、はあ……」


 やや見当外れのことを言い出すシュエットに、ミラルは少し困った調子でぎこちなく微笑む。


「……ついてきてしまってすまん」


 真顔で謝罪するレクスに、ミラルはお気になさらず、と微笑んだ。


 このシュエット・エレガンテと言う男。誰も呼んでいないのに突如一行の前に現れ、レクスが護衛の任務を受けていると知るやいなや強引に同行し始めたのである。


「俺はいずれ団長の後を継ぐ男だ。団長の仕事は全て学ばせてもらう」

「今のところ継がせる気はないがな……」


 呆れ顔でレクスが呟いたが、シュエットの方はどこ吹く風と言った調子である。


「レクスさんのこと、すごく尊敬してるんですね」

「それはそうさ。団長はこの国で一番強い。いや、世界の誰が相手だって簡単に負けやしないさ」


 ミラルに対してシュエットが語り始めると、レクスはまた始まったと言わんばかりに嘆息する。


「持ち上げ過ぎだ」

「持ち上げ過ぎなものか。団長はアギエナ最強の騎士団、ヴァレンタイン騎士団最強の男なんだ」


 シュエットの瞳は、まっすぐにレクスへ向けられた。

 妙に透き通った水のように純粋な瞳を、レクスは正面からは受け止めなかった。わずかに視線をそらし、バツが悪そうに再び嘆息してみせる。


「エリクシアンの一人や二人、団長の手にかかればイチコロだ」

「……エリクシアンと言えば、サイラス達は何故この町にいるんだい?」


 そこで、ラズリルがふと思い出して問う。


「イモータル・セブンはゲルビアの主戦力だ。まさか常にここに配置されてるわけじゃないだろう?」


 アギエナ国に駐屯地があるとしても、そのレベルの部隊が常に配備されているとは考えにくい。いくらゲルビア帝国がエリクサーを生成出来るとは言え、エリクシアンになれる人間の数は限られている。イモータル・セブンに所属する程のエリクシアンを、他国の駐屯地に常駐させているとしたら何かしらの理由があるハズだ。


 レクスもシュエットも、すぐにはラズリルに答えなかった。


 そこからやや間があって、レクスが小さく息をつく。


「……場所を移すぞ。町中で出来る話じゃない」


 静かに、レクスは神妙な面持ちでそう言った。



***



 その頃、ヴァレンタイン邸には三人の客が訪れていた。


 ミラル達と同じように応接室に通され、三人はどっかりと椅子に座ってコーディと対面していた。

 コーディの後ろには従者だけでなく、ヴァレンタイン騎士団の団員が数人控えている。その中には、副団長であるジェイン・ウェストサイドも含まれている。


 ジェイン・ウェストサイドは四十代半ばの男性で、黒い短髪に無精ひげの、騎士というよりは傭兵に近い容姿の筋肉質な人物だ。以前は団長だったが、レクスの実力を認め、次の世代を育てるために団長の任を退いた男で、レクスを推薦した張本人でもある。


 ジェインは、三人の客人に対する不快感を作り上げた無表情の中に抑え込む。


 ヴァレンタイン邸の客人とは……ゲルビアのイモータル・セブンに所属するサイラス、リッキー、ザップの三人だった。


「俺達も別に暇なわけじゃねえんだ」


 紅茶をぞんざいに飲み干しつつ、サイラスは吐き捨てるように言う。


「そろそろ渡してもらおうか……。魔法遺産オーパーツ殲滅巨兵モルス”を」


 サイラスの要求を即座に断ることが出来ない立場に、コーディは歯噛みした。

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