春 その八

 ゆっくり距離を置いて、ついてゆけば。

 かくっと曲がり、右手の崖側の斜面を下ってゆき。姿を消した。

 野生動物との遭遇は、自然のちょっとしたサプライだ。もちろんそれは人間側の勝手な見方で、すぐ逃げてくれる草食動物に限る。

 右に左に、くねくね曲がる。

 やがては草そのものも少なくなり、むき出しの岩盤があらわになり、その殺風景さが増してゆくが。気分は標高とともに高くなってゆく。

 空は青く、雲は間延びして悠々と泳ぎ。その中に長い飛行機雲も混ざっている。

「明日は雨か……」

 長い飛行機雲は雨のしるし。と、天気予報で聞いたことがある。

 上る、上る、上り坂を、Sレンジでひたすら上る。

 標高も1000メートルを超えたはずだ。

 と思いつつ、ひたすら曲がり、上っていって。

 ぱっと開ける視界。360度のパノラマの高原風景や、波打つ山々の景色や、どこまでも広がる青い空や泳ぐ雲たち。

 峰の頂に来た。標高1506メートル。この地域で一番標高の高い、舗装された区間だ。

 方角にして、この県道自体は南北に走っているが、もちろんくねくね曲がれば東西になる区間もある。この頭頂部の区間だけ道は東西に走っている。そこからくねっと曲がり、峠の北側の区間となる。

 ミライースを待避所に停めて景色を眺める。少し下に小屋が見える。公衆トイレだ。土と木でできた階段があり、その階段をくだり、公衆トイレを使わせてもらい。

 階段を上ってミライースのもとまで戻って、景色を眺める。

 山はさらに盛り上がりを見せ。そこに人影も見える。登山客だ。ここらへんは道も退避スペースも広めで。車も留めやすい。

 ピンクのナンバープレートのカブライダーが愛車にまたがり、北側方面の坂道を下ってゆく。

 と思えば、地元の建設業者とおぼしきクレーン付きトラックがカブと入れ違いに北から来て、南側の坂道を下ってゆく。

 少しして、駐在さんらしきおまわりさんがスクーターで南から北へと走り去ってゆく。

 人里離れた、標高の高い峠だが、生活道でもあり。冬季通行止めが解除されると同時に、地元の人々がこの道をフル活用する。

 オレは車の中で景色をのんびり眺める。ラジオをつけ、パーソナリティーのトークや音楽が流れるに任せる。

 この開けた峠の区間は電波は安定するが、ここに来るまでの間のくねくね道の区間は電波が安定せず。スマホで音楽を聴いている。

 助手席には、あらかじめ買っていた飲み物や食べ物の入った袋があり。筒のポテトチップスを取り出し。ぱりぱり食って、ドリンクホルダーのペットボトルの水でのどを潤し。そこからまた菓子パンを取り出す。

 菓子パンの袋は気圧の関係でぱんぱんだ。それを開いて、もぐもぐ食って。

 菓子パンの袋はポテチの筒に入れ。コンビニの袋にしまう。ポテチの筒は簡易ごみ箱にもなりコンパクトにまとめられるから、ドライブでは必ず買い求める。

 車内で適当に飲み食いしながら、ただ、景色を肴にのんびりする。至福のひと時だ。

 ずっとこのまま、時が止まってもいいと思うんだけど。そうはいかない。旅は帰路も含めて旅だ。

 頃合いを見計らって、スマホの音楽アプリで好きなK-POPを流しながら発進させ。北側の坂道を下る。

 北側の道は南側と違い、けっこう木が生えている。これらの木が電波の邪魔をしてラジオを聴きづらくさせるのだ。これはもう、こういった道の宿命でもある。

 右に左にくねくね曲がりながら下り坂をくだって。

 主要国道に出て。

 高速道路に乗って。

 オレは一路自宅を目指した。


春 おわり

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