ついてる男

筋肉痛

本編

「ども!悪霊です!」


 玄関のドアを開けると爽やか青年が開口一番、右手を軽やかに挙げてそう宣言した。時間指定の宅配便が届いたと思い込んで、不用心にドアを開けたのが間違いだった。

 青年越し見えるアパート横の桜は8分咲き。すっかり春だった。

 俺は感情のこもっていない笑顔の余韻だけを残して、ドアをそっと閉めた。無駄だと思うが、一応ドアチェーンもかける。リビングに戻ろうと二、三歩を踏み出すと背後から声がかかった。


「まあまあ、話だけでも聞いてくださいよ」


 振り返ると先ほどの青年が三和土まで、上がりこんでいた。許可無く入室するとは常識の無い奴だ。

 まあ、いきなり「悪霊です!」と宣言する奴に常識を期待しても無駄か。


「結構です、どうぞお帰りください」


 常識の通用しない相手は刺激すると厄介だ。落ち着いた口調で冷静に拒否を示す。


「結構ですか、そりゃどうも!では、こんな所では難ですからどうぞ奥へ」


 なるほど。自分の都合の良い解釈しかしない系だ。あと、こんな所ってお前が言うな。

 俺の許可を待たずに青年はスーッと廊下を進んでいく。違和感。動く歩道に乗ったように上下運動がない。

 青年の足元を見るとその理由が判明した。足が無く、浮遊している。典型的幽霊だ。クラシックすぎて恐怖は無い。笑いすら出てきてしまいそうだ。

 悪霊(自称)はそんな俺の様子を見て不思議そうに首を傾げた。


「あれぇ?お兄さん、全然怖がらないっすね!だいたいの人はここで悲鳴をあげるんすけど」


「慣れているからな」


 事実だった。俺は霊的なものを引き寄せる体質らしい。類似の経験がいくつもあるのだ。大きな実害もないので、いちいち怖がっていられない。それこそ、訪問販売に対応するようなものだ。


「あちゃー。こりゃハズレを引いたかな」


 それもお前が言うな。コッチは当たりの存在しないクジを定期的に引かされているのだ。


 リビングのソファーに寝転びながら悪霊(自称)はダルそうに訪問の経緯を説明した。なるほど、確かに(態度が)悪霊だ。

 悪霊が言うには、彼らは人々の恐怖を収集してエネルギーに変えているらしい。なんともSDGsだ。人類は見習った方がいい。

 今は年度末だから、なんとしても年度目標を達成せねばならず、なりふり構わず白昼堂々お宅訪問しているとのことだ。

 お化けには学校も試験も無いと幼い頃から聞いていたが、ノルマはあるらしい。世知辛い。


「で、お兄さん。なんか怖いモノないの?」


 鼻をほじりながら悪霊は聞く。最早、態度については諦観し、霊にも鼻糞があるのかと、どうでも良いことが気になってしまった。


「それを答えてどうなる?お前に用意できるのか?」


「あっお前ってやめてもらえます?お互いリスペクトしましょうよ!」


 変なところで意識が高い悪霊である。俺の会社に入ってきた学歴とプライドだけ高くてろくに使えない新入社員と同じくらい扱いにくい。


「ちなみに大抵の事はできるっす。お兄さんがライオンが怖いって言うなら、ここにライオンを出現させるくらいは」


 檻無しで至近距離にいるライオンが怖くないのは、鬼の背中を持つ地上最強の男ぐらいだろう。俺は一個人で合衆国と平和条約を結べるほど強くないので、絶対にライオンが怖いとは言わないようにしよう。

 しかし、怖いモノか。正直に言えば酷い目に遭うからなぁ……この面倒な状況を打破するために思考を巡らせる。ふと、テーブルの上にある饅頭が目に入った。考え事をすると視線が泳ぐのが俺の癖だ。そのおかげで、今、閃きを得た。


「俺の里では、ある数字が"想像を絶するほどの不運を呼び込む呪われた数字"として忌み嫌われていてな」


「おっそれそれ。いい感じっすね」


「俺もその数字を見るだけで、ガクガクブルブルと冗談みたいに震えてしまうんだ」


「最高!!その数字を早く教えてほしいっす」


 寝転がっていた悪霊は起き上がり、前のめりになる。


「まあ、慌てるな。特にある場所でその数字を見ると恐怖が倍増して、気絶してしまうほどなんだ」


「な、なんですと!?そんなの一発でノルマ達成じゃん!さぁその場所へ行くっすよ。今すぐ!」


 恐怖で顔が引き攣る演技で込み上げる笑いを必死で抑え込みながら、悪霊をパチンコ屋へと連れて行くと、疑う事なくホイホイ憑いてきた。

 案の定、この悪霊に古典落語の教養は無いらしい。


 いつも憑いてるから、ツイてないんだ。

 たまには、良い思いをしたっていいだろ。

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