第3話 安心する場所
祖父母は今は引退し、子ども達との思い出の屋敷で静かに暮らしていた。
その屋敷の離れをフラウラーゼの居住用として与えてくれ、フラウラーゼは好意に甘え、母が亡くなってからはそこで暮らしていた。
フラウラーゼを大事に思ってくれているのは祖父母だけだ。
祖母も母もフラウラーゼと同じ燃えるような赤い髪をしているが、皆共通して草花が好きで、温室を大事にしていた。
温室であれば誰の目も気にする事無く過ごすことも出来るし、のんびりと花を愛でることが出来る。静かに過ごすにはうってつけの場所だ。
「植物は好きよ。手をかけた分、応えてくれるもの」
母はそう言って植物の世話をしながら魔力を与えていた。フラウラーゼもそれを真似ていたが、それが草花に宿る精霊の力になっていたとは、話を聞くまでは知らなかった。
「母はもしかしてその事を知っていたのかしら?」
聞く機会もなくこの世を去ってしまった母の事を思い出しながら 帰りの馬車の中でブローチに触れる。
出入りの業者に見てもらったところ、とても精巧な作りで、見た事のない細工が施されているらしい。
売って欲しいと高額の料金を提示されたが、売る気はないと言えば食い下がられた。友人が作ったものですのでといえば、その友人に会いたいとどこの誰なのか、出身はどこなのかまで追及された。
ブローチの宝石も含め、とても珍しい代物でぜひ教えて欲しいとせがまれたが、何も答えられず、困ってしまった事まで思い出す。
(名前も知らないから呼び出せないけれど、本当に来てくれるのかしら)
あれから数日経つが、あの美しく神秘的な精霊とまたお話出来るだろうか。温室で会えたのだから、呼びかけてみれば或いは、と期待に胸を膨らます。
予期せず時間も出来たし。
「話と言えばお父様達に挨拶もせず出て来てしまったわ」
何故か朝になっても帰ってきておらず、屋敷内はバタバタしていたが、まぁ会ってもきっと文句を言われるだろうしと、そのまま静かに帰ってきたのである。
婚約破棄されたとしても、支払いはこの婚約を決めた父の責任だ。家督として頑張ってもらおう。
元々フラウラーゼは乗り気ではなかったし、あちらもそうだ。
強引に決めた父のせいで自分に責任はないとフラウラーゼは開き直る。
◇◇◇
「早い帰りだね」
祖父母はフラウラーゼが帰ってきたのに驚いた。
パーティはシーズン中数回行われるので、それ故数日は戻らないと思っていたのだが。
「実は会場で婚約破棄を言い渡されたのです。それ故もう王都に居る事は出来なくなってしまいましたの」
言いづらそうに話すフラウラーゼを、二人は抱きしめる。
「なんて可哀想に……こんなに優しい子がそんな目に合うなんて」
人前で名誉を傷つけられる事をされたのだ、祖父母はフラウラーゼの今後を憂いた。
「例え結婚出来なくてもずっとここに居ればいい。フィオーレの為にも幸せにならないとな」
フィオーレとはフラウラーゼの母の事だ。
子どもを残して亡くなってしまった娘の為にと祖父母はフラウラーゼだけは幸せにしないとと意気込んでいる。
フラウラーゼとしては元々結婚する気もないので、祖父母からそう言われると有り難い。
でも何もせずに居るだけなんて嫌なので、何か役に立つことはないかと聞いてみた。
「そうだな、何か考えておくよ」
泣くこともせず気丈に振る舞う孫娘の気遣いが嬉しい。祖父母は安心させるように笑みを浮かべた。
結婚まで滞在する、という当初の約束はなくなったし、焦らずに出来る事を探すと良いと言われる。
「まずは疲れただろうからゆっくり休みなさい。その内に仕事をお願いするよ」
頭を撫でられフラウラーゼも微笑んだ。
父や元婚約者などとは違い、温かい雰囲気に家族の有難みを感じる。
荷物を私室へと置くと、早速温室へと足を運ぶ。
あの日以来ブローチは肌身離さずつけていたが、話しかけるのは初めてだ。
「あの、精霊さん? 話がしたいのだけど」
周囲に人はいないけれど、念の為こそっと話しかけると、何と温室の花々から大量の精霊が出てきた。
これはさすがに想定してなくて、フラウラーゼは驚く。
「待って下さい、こんなにここに居たのですか?」
今まで見えた事なんてなかったのにと、思わず後ずさる。
『ずっといました、でも普通の人間には見えないから、気づかなかったでしょう』
ふわふわと宙に浮かんだ精霊が答えてくれる。
『それで、ご要件は何でしょう?』
「ごめんなさい、取り乱してしまって。わたくしが声を掛けたから皆さんは姿を見せてくれたのに」
慌てて精霊に謝り、フラウラーゼは咳払いをする。
「実はこのブローチ、あなた方よりも大きな精霊さんに頂いたの。それでこのブローチを下さった方にお会いしたいのだけれど、どうすれば会えるかしら?」
『? フラウラーゼ様が呼び掛ければすぐにいらっしゃいますよ。私達には畏れ多い事なので呼ぶことは出来ません』
(わたくしの名前も事情も全て知っているのね)
ずっとここにいたのは本当みたい。
そして彼はここにいる精霊達よりも格が上な人らしい。
フラウラーゼを別な所に移動させられる力を持つ者だったし、精霊でも上位とかあるのだろう。
「実はわたくしはその方の名前を知らなくて、呼べないのです。教えてもらってもいいかしら?」
精霊達は驚いたが、そっとフラウラーゼの耳に囁く。
他言はしないようにお願いします、そう前置きされてから彼の者の名前を教えてもらえた。
名を聞いたフラウラーゼは一度深呼吸をする。
「デイズファイ様、お話をしたいのです。来て頂けますか?」
そうブローチに触れながら声を掛けると、淡い光を放ちながらあの時の精霊が姿を現した。
「呼ばれるのを心待ちにしていた、我が妻よ」
驚きも束の間、フラウラーゼはその場で抱きしめられてしまった。
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