第9話 脅しに屈する
「じょ、冗談きついぞ。そうやってわしを脅かそうという魂胆なのだろう?」
なんとか平静を装って言葉を紡ぐがその声は微かに震えており、動揺を隠しきれていない。
それを見たシオは小さくため息をつくと、静かに口を開いた。
「真琴としての記憶が復元された際に一時的に元の記憶が引っ込んでいるだけだな。そのうち思い出すだろ」
「馬鹿な……ではわしはマジで一生このままなの、か?」
絶望的な表情で呟くヴェルキア。
その様子を見たシオは、小さく首を横に振るとヴェルキアに近づき、肩に手を置いた。
そして優しく微笑むと、愉し気に口を開く。
「さっきからそう言ってるだろ?」
「これは、冗談にしては度がすぎるだろう!? こんな、わし、これからどうやって生きていけば……」
絶望に打ちひしがれるヴェルキアの肩を抱き寄せながら耳元で囁くシオ。
その表情はどこか満足げだ。
一方のヴェルキアは、もはや何をする気力もなく、ただうなだれている。
女キャラになっていたどころか、転生しているという驚愕の事実。
そして、忘れてはならない重要なことがもう一つ。
(転生してしまっていては、地球に帰って金の延べ棒を手に入れることができぬではないか……)
「ああ、そうだ。お前さっきみたいに感情を制御できない状態で掴みかかるのはやめておけよ」
ヴェルキアの様子など気にすることもなく、思い出したとばかりに注意を促すシオ。
その言葉に反応して顔を上げるヴェルキア。
「ゲームの強さをそのままに異世界転生させてやると言っただろう?」
その言葉を聞き、はっとなった表情を見せるヴェルキア。
先ほどまでとは違い、表情に生気が戻っている。
「そういえばわし、ディガディダスを一撃で倒しておったわ」
「その程度は朝飯前だろ? それにヴェルキアは
宵闇とは異界の扉よりレーヴレギアオンラインの世界、グラディーナに現れた異界の存在である。
正確には宵闇の本体は異界の扉の向こう側にいるため、グラディーナ側に現れたのは宵闇のごく一部の力を持つ分身でしかない。
しかし、それでもその力は強大であり、宵闇と契約したものは大国の軍隊と単騎で渡り合えるほどの魔力を得る。
「ちなみに今の俺はお前の契約相手の宵闇というわけだ。だから――」
シオは口角を吊り上げると、獰猛な笑みを浮かべる。
それはまさに獲物を前にした獣のような笑みだった。
「俺はお前の魔力をいくらでも操作できる。力任せに掴みかかったら俺相手でなければ相手を殺しかねんから気をつけろよ?」
(今めちゃくちゃ不穏なワードが聞こえたのだが……)
恐怖で冷や汗を流すヴェルキアにシオは哀れな獲物を見るような視線を送る。
その視線を受けたヴェルキアは蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させた。
「その様子だと気づいたか? お前は俺を本気にさせたら絶対に拒むことはできない」
「それは、まさか……」
「俺をその気にさせたらお前はキスや壁ドン程度では済まなくなるということだ」
顔を真っ青にして狼狽するヴェルキアを見て嗜虐的な表情を浮かべるシオ。
そんな様子を見て、さらに血の色を無くすヴェルキア。
「ところで、今回の転生について何かご不満が?」
「あああああーー!!!! すまんすべてはわしの勘違いだ。ヴェルキアに転生できて本当にうれしいぞ!!」
慌てて取り繕うヴェルキアだったが、その様子をみたシオはさらに表情を愉悦の色に染めていく。
それを見てしまったヴェルキアの表情が引きつる。
「そうか。転生できて嬉しいか?」
「ああ、これこそわしの望んだ転生! 感謝の言葉しかないわーー!!」
「涙を流すほど喜んでもらえて何よりだ」
ヴェルキアの言葉に満足げな表情を見せるシオ。
一方、そんなシオとは対照的にヴェルキアはすべてを諦めたように力なくうなだれていた。
(キスや壁ドン以上をされることになるくらいならプライドなど犬に喰わせてやるわ、ちくしょうが!)
内心毒づくヴェルキアだが、今は下手に抵抗しない方がよいと本能が訴えかけている。
そのため、とりあえずこの場はおとなしく従うことにした。
しかし、それを素直に伝えるのも癪なので、せめてもの反抗としてシオのことを睨みつけておく。
「で……それはそれとして、今のわしの状況の説明をしてほしいのだが」
「おっと、ムラムラしてきたな。目の前の女に手を出したくなりそうだ」
「……シオ様、わしの置かれている状況を説明していただけないでしょうか」
身の危険を感じたヴェルキアは態度を急変させる。
その様子を見たシオは満足そうに頷く。
「ああ。で、何が知りたいんだ?」
「ここは帝国領のようだが、なぜヴェルキアがこんなところにいるのだ?」
本来、ヴェルキアは帝国の北東に位置する連合国家の1つ、アトリア共和国の首都アルディバインにいるはずだ。
帝国は過去連合が誕生する前のアトリア共和国に侵攻したことがある。
帝国は当初アトリア共和国を圧倒していたものの、1人の宵闇の
結果帝国はアトリア共和国に降伏することになり、莫大な賠償金を課せられた。
それ以降、帝国とアトリアの仲は冷え切っており、両国の間には大きな溝が生まれている。
つまり、アトリアにいるヴェルキアはおいそれと帝国領であるアル・マーズへ来ることはできないはずなのだ。
「そのことならお前は養父を探すために家出をしている。家で何か嫌なことでもあったんだろうな」
「家出? アル・マーズと言えばアルディバインから相当離れておるはずだが、本当に家出なのか?」
「本当さ、今頃お前の兄が血眼になってお前のことを探しているだろうよ」
それを聞いて渋い顔をするヴェルキア。
それを見たシオは意地の悪い笑みを浮かべた。
(ヴェルキアの兄と言えば十狂人の1人だったの……あれには確かにわしも会いたくないのう)
「ともかく記憶を失う前のお前はアル・マーズにたどり着いた」
そこまで言うと、意味ありげに言葉を区切るシオ。
ヴェルキアは続きを促すように無言で頷いた。
「そこで宵闇の眷属に襲われているここの当主様に遭遇したのさ」
「宵闇の眷属だと?」
その言葉に驚愕の表情を見せるヴェルキア。
無理もない。宵闇の眷属といえば、宵闇の契約者が力に耐えきれずに人外のものに成り果てたモノだ。
宵闇の契約者でなければ対抗することは難しい。
「のう、今はゲームが始まる前の時間軸ではないのか? なぜこんなところに宵闇の眷属がおる?」
「確かに今は新帝歴984年。帝国が連合に再侵攻するのはこれから2年後だが」
もったいぶった態度で答えるシオ。
その態度を見たヴェルキアは思わず拳を握りしめる。
「すでにお前同様に
「なんだと……というかわし融闇できとるのか?」
「ゲームの中の強さを持ち越すと言っただろう? 今のお前の魔力は融闇することで380万を超える」
その言葉に目を見開くヴェルキア。
シオの提示した魔力の値は、この世界の基準で言えば間違いなく最強の一角と呼べるほどに高い。
レーヴレギアオンラインはMMOであり、ボスとして登場する宵闇の契約者達との戦いは通常4人以上のパーティで挑むのが基本だ。
しかし、レーヴレギアオンラインのレベルデザインは粗く、時間と金があれば魔力を際限なく上げることができた。
そのため無職期間中にひたすらゲームをやり続けることにより、魔力を上げまくって宵闇の契約者達をソロで次々と攻略していったのだ。
断じてコミュ障でパーティが組めないため、ソロでクリアできるまで魔力を上げていたわけではない。
(とはいえ後半の契約者はまだソロでは攻略できておらんかったが、それでも現状は敵なしなのでは?)
だがヴェルキアはそもそも戦闘どころかケンカすらまともにしたことがない日本人である。
昼にはディガディダスを一撃で仕留めることができたが、あれはそれどころではなかったのと、身体が反射的に動いただけである。
正直、現実での戦いなどまっぴらごめんであった。
「だが気を付けなければいけないことがある、あるが……」
シオが珍しく真剣な表情で口を開く。
そのただならぬ雰囲気に、ヴェルキアも思わず姿勢を正した。
よほど重要な話なのだろう。
「ヴェルキア」
「なんだどうした? 腹でも壊したか? 寝る前にアイスなんて食うからだぞ」
「キスや壁ドン以上のことをしたくなってきたんだが」
その言葉を聞いた瞬間、即座に距離を取ろうとして腰を浮かすヴェルキア。
しかしその行動を予測していたかのように、素早く腕をつかまれてしまう。
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