派遣ギルドに所属する詐欺師は本日もお金を巻き上げる

倉本 実佳

第1話 派遣ギルド

 とろけるような金色の瞳に映る両手いっぱいの光輝く金貨。


 リズミカルな鼻歌に合わせた軽やかなステップでクルクルと回り、銀色の髪が舞う。誰にも見られることのない隠れ家で、彼女はまるで金貨と踊っているようだ。


「生きてるってこういうときのためにあるのよね~」


 彼女は金貨を掲げ、ダンスのフィナーレを迎えた。

 詐欺師である彼女は、カモから金を巻き上げた達成感に満足げだ。


「ふふ、今度はもっと連れてくるわね」


 彼女は宝箱に今宵のパートナーをつとめた金貨をそっとしまう。


「明日はギルドの客と初合わせだったわね。依頼人は貴族らしいし、絶対に契約を結んでやるわよ~」


 ガッポリ稼ぐ自分の姿を想像してニヤニヤと笑う口元に手を当てる。

 ベッドに飛び込み転がってはニンマリと口角を上げ、ときには足をバタつかせる様子は、明日が楽しみで眠れない子どものよう。


 まあ、テンションが上がりすぎた彼女はすぐに寝落ちすることとなったのだが……。




 翌日、彼女はヴァシリウス王国の王都にある派遣ギルド本部に向かった。


 派遣ギルドは様々な特技を持つ人材を派遣する民間組織であり、彼女は詐欺師だということを内緒にしながら所属している。


 青い窓枠に白い壁、一見するとカフェのようなお洒落な外観。看板には派遣ギルドの文字と人のシルエットを活かしたデザインのマークが描かれている。


 開いたままの扉を潜り抜け、彼女は受付カウンターまで足を進めた。


「こんにちは」


 ライトグレーのスーツに細いフレームの眼鏡、茶色の長い髪を襟足で束ねた装い。秘書のようなイメージに似合う、落ち着いた優しい声色で彼女は挨拶をした。


「……リリアですね」


 礼儀正しい文官のような雰囲気をした受付の男性は、じっくりと顔を見てから彼女をリリアだと断定した。


 変装が得意なリリアがギルドに顔を出すときの定番は金色の髪に緑の瞳をした明るく活発そうな看板娘のような子だ。今の大人びた秘書スタイルとは、だいぶかけ離れているため彼が一瞬困惑するのも当然だろう。


「本日のご依頼は貴族の案件だと伺っておりますので、このような姿で来たのですが……セラファスには通じなくなっているようですね。残念です」


「えぇ、リリアのおかげです」


 黒い微笑みを浮かべるセラファスには、一度見た顔は忘れないという特技がある。それを知ったリリアは変装しては彼のところに何度も遊びに行っていた。


 リリアの変装を見抜くことができるようになってきたが、セラファスにとって迷惑だったことに変わりない。


「お役に立てて嬉しいわ」


「……こちらからお願いしたわけではないですけどね」


 嫌味を言う者、それを無視する者、互いに仄暗い笑みを浮かべ微笑みあう。


「じゃれ合ってる暇があるなら仕事しろよ~」


 間延びした男らしい低くて太い声に目を向ければ、赤髪の大男がコーヒーを片手に寛いでいた。


「あら、カルバートさん。私はわざわざ出向いて仕事に来ておりますわ。でも彼が……私とどうしても一緒にいたいみたいなの。ああ、私はどうすれば良いのでしょう」


 リリアはわざとらしい演技で困ったと頬に手を当てた。脳内には小さなリリアの分身たちが現れ、その中には秘書の衣装を見にまとった分身が一人、ポーズの真似をする。それを本来のリリアと同じ銀色の髪と金色の瞳をしたチビリリアたちが見てくすくすと笑う。


 演技を切り替えるための工夫で小さな分身たちを想像していたリリアだったが、いつしか分身たちが勝手に動き出しているような感覚になっていた。


「悪いな。おじさん、遊びに付き合う体力がないわ~。もう十分セラファスで遊んだだろ。ほれ、今日リリアが行く場所だ」


 自らをおじさんと称する覇気のない男こそ、この派遣ギルドのマスターだ。リリアはカルバートから差し出された封筒を受け取る。


「っち、好き勝手に言いやがって俺が一番仕事しとるわ。……二人とも、お仕事頑張ってください」


 本音をボソッと呟き、冷静さを取り戻したセラファスは誤魔化すように二人に向けて微笑した。


 仕事上、丁寧な敬語を話す優男を気取っても下町で揉まれた荒くれ者の質は変わらない。愚痴を言って心の平穏を保つのが彼なりの処世術なのだろう。


「あなた、いってきますわ」


 ハートの語尾がついたようなリリアの甘い声に、セラファスの口元がピクっと反応して眉間に少しだけ皺が寄る。


 詐欺師として磨いた人間観察でセラファスを見るとこうした粗が目立ち、それに気づいたチビリリアたちは心の中で爆笑している。


「いや~、若いっていいね~」


「ギルマス、茶化さないで仕事してくださいね。書類は出来上がっているんですよね?」


 イラついたセラファスは小姑のようにカルバートに小言を言う。


「いや~俺は現場監督みたいな~。あ、このマカロン美味いな」


「ああー。それ接待用のお菓子ですよぉ~。食べちゃってどうするんですか」


 通りかかった受付嬢に文句を言われるカルバートに呆れ、セラファスはそっぽを向いて業務を再開させた。

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