終章 2032年5月

第52話 2032年5月1日(土)晴れ

 気が付いた時、僕は真っ白な部屋のベッドに寝ていた。

 回りに目を向けると相部屋というわけではなく、広々とはしていてもベッドが一つの個室のようだった。


 上半身をお越し自分の体に視線を落とすと、至る所に包帯が巻かれていることに気が付く。


 終わった……んだよな?


 日差しの降り注ぐ窓を向くと、僕の気持ちとは裏腹に雲一つない青空がどこまでも続いている。

 そんな折ドアを開けて入ってきた看護師。

 話しを聞くと終わった直後に意識を失った僕は、そのままこの病院に運ばれてきたと説明を受けた。


 看護師が担当の刑事を呼ぶとのことで部屋を出ていく。

 僕は起き上がり窓を開けた。


 過ごしやすい気温に加えて、吹き込んでくる風が心地よい。

 頬にも包帯が巻かれているため、これがなければもっと気持ちよかっただろう、とそんなことを考えているとドアが音を立てた。

 そこから顔を覗かせたのは、僕の取調べも行った刑事である鶴嘴つるはしさんだった。


「まさか本当に生き残るとは思ってなかったよ。投げ銭は出演者の中で最低額だったにも関わず大したもんだ」


 鶴嘴つるはしさんは個室に備え付けの椅子に腰を下ろしながら、僕に労いの言葉をかける。

 でも、僕はどう反応していいか困惑するばかりで、たどたどしく頷くことしかできなかった。


「――で……だ。本題に入ろう。ゲーム出演者は懲役をチャラにしてクリアした場合、二つの選択ができる」


 鶴嘴つるはしさんはVサインを見せながら、視線を僕に合わせた。


「一つはクリアおめでとう。ってことで釈放だ。元の生活に戻ることができる。なんたってお前の名前は報道で一切出てないからな。まぁこのゲームの体験談は口止めさせてもらうことにはなるが、普通に生活してりゃ支障はないだろう」


 僕は視線を逸らすことなく頷く。

 というか、普通にそれ以外選択なんてないんじゃ?

 僕個人の意見……どころか、それが目的で誰しもが出演しているわけなんだし……


「二つ目だ。プレミアム配信に出演することができる。これは通常配信のゲームとは桁違いの金が動く。まぁその分視聴料も目が飛び出る値段だけどな。刑期がなくなった以上、今度の報酬は金や名誉だな。まぁアバター付きだからゲーム以外で認識されるようなことはないがな」


 実際に見たことはないが、噂は聞いたことがある。

 でも……どれだけ金を積まれてももうあんな体験は1度で十分だ。

 ルネ姉の復讐という動機がなければ、僕はそもそも争い事なんてできるタイプの人間でないことは、今までの人生で痛いほど身に染みているんだから。


「選択になってないですよ……釈放でお願いします。もう……僕は殺し殺されの世界なんかに戻りたくない」


 鶴嘴つるはしさんは胸ポケットから薄型情報端末カードを取り出して僕に表面を見せる。

 警察のマークが入っているため、警察用の薄型情報端末カードということだろうか。


「そうか。それなら苺谷いちごだに 天雄あまお。きみは詩布うたの 香夜かよの遺体発見時の報告義務を怠った2級犯罪の『放置罪』、そして事件現場から薄型情報端末カードを持ち出した2級犯罪の『証拠隠滅罪』の積み上げにより1級犯罪者となっていたが……その罪は不問となり現時点からきみは自由の身だ」


 鶴嘴つるはしさんの言葉に思わず肩から力が抜け、大きく息を吐いた。


「まぁ『無罪』状態じゃなく、罪を犯してから『復讐者アベンジャー』になったのが賢かったのかもな。『復讐者アベンジャー』は無罪の者が大半だしな」


 そこを注意したことはたしかだ。

 でも……白スーツは僕を殺人者マーダーと誤解するくらいだったのだから、無駄にリスクを背負ってしまったとは正直思っていた。


「それと剥奪された人権の復帰申請はお前さん自身で出向く必要がある……が、まぁ気持ちを落ち着けたら最寄りの警察署に行ってくれや」


「はい。分かりました」


 そう言いながら鶴嘴つるはしさんは立ち上がるとドアへ向かっていく。

 そしてノブに手をかけると思い出したように肩越しに僕を見た。


「おっと……伝え忘れる所だった。病院からの帰宅はリムジンが使えるからな。今後お前がどんな人生を歩むかは自由だが……行きとはもう状況が違うんだ。精々楽しんでくれや」


 伝え終えると、鶴嘴つるはしさんは部屋の外へと足を踏み出していく。

 僕は実感の湧かないまま、呆然とその後ろ姿を見送るだけだった。

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