第50話 17時56分 決着

「なっ!! な゛ん゛で――ッ!! お゛……お゛がじい゛だろ……!! じ、時間じがん゛ぎで……」


 喉を抑えながら血と共に疑問を吐き出すサキュバス。

 僕は自分の薄型情報端末カードを取り出し、時刻を表示して見せた。


「今は17時56分。だから……残り時間は4分だ」


「ふ――ッ!! ふざげる゛な゛!! な゛ん゛で時計どげい゛ズレでん゛だよ゛!! ミ゛ズだ!! 運営う゛ん゛え゛い゛のミ゛ズだ!!」


 サキュバスは仰向けとなり、血の海で藻掻きながら風通しの良い喉を震わせている。

 準備をしていたとはいえ、この距離で薄型情報端末カードじゃなくて、フロントの時計で確認してくれたのは運がよかった。


「違う。運営じゃないし、もちろんホテルでもない。あの時計をズラしたのは……僕だから。5分進めてたんだ。あの時計を」


「じゃあ゛……ぼん゛どに゛……あ゛ど4分……?」


 サキュバスは目を見開きながら、僕を見上げる。


「いや……正確には……あと3分になった。でもお前はゆっくりと後悔しながらここで――!! ぐぎっ!! なっ!! ああぁあああぁああ!!!!」


「そ゛れ゛な゛ら゛……お゛前をゴロ゛ず……い゛のご゛れ゛ばグリ゛ア゛じで治療ぢり゛ょう゛でぎる゛……」


 サキュバスが撃たれた拍子にサブマシンガンを手放していたことで、警戒が疎かになっていた。

 痺れながらサキュバスやつの手に視線を向けた時、握っていたのは『テーザー銃』。撃ち出し式のスタンガンだ。

 電極が僕の足に刺さった直後、振り払う隙もなく激痛と共に電気ショックが僕の全身を駆け巡った。

 全身が硬直した反動で仰向けに倒れる。

 最悪なことに倒れた折に銃もソファーの隙間へ滑り込んでいく。


 僕はバカだ――!!

 とっとと殺せばよかったんだ!!


 最後の最後で……

 僕の仕掛けに相手がハマったことで欲が出た。

 あっさりではなく、自分の罪に悶えて死なせたいという欲が――


 サキュバスも自分の生死が賭かっている以上、躊躇することはないだろう。

 痺れて身動きが取れない僕を冷やかに尻目に見た後、おぼつかない足取りで転がっているサブマシンガンの元へ近寄っていく。


 動け――動け――動け――動け――動いてくれぇぇぇぇぇッ!!

 あともう少しなんだよッ!!

 右手だけでもいいから動いてくれ!!


 僕の意志の力など関係なしと言わんばかり。

 震える腕がハンドガンに伸びることはない。


 ペナルティの電気ショックよりも効果時間が長い――


 そしてサブマシンガンを血塗れの手で拾い上げたサキュバスが、肩越しに僕へ視線を送った。


「お゛前……ゴロ゛ぜば……がえ゛れ゛る゛……つ゛ぎは……失敗じっばい゛……じな゛い゛……」


「ふ――ふざけるなッ!! お前のような人殺しに次なんてないんだよッ!!」


 僕の叫びは空しく大気に溶け込むだけだ。

 そしてサキュバスが力無くサブマシンガンを僕に向けた直後――


「……あ゛だ……じゃ――な゛……ゴロ゛じで……」


 静寂のフロアに空しく銃声が鳴り響いた。


 そして……

 サキュバスは膝を付き、自らの作り出した血の池へその身を沈めた。



 サキュバスが倒れたその先。

 肩で息をするガレットが銃を構えている。


「危なかった……私も……上で必死だったから……分からないけど……死闘だったんだね……」


「また命を助けられた。ありがとう……」


 でも……本当は……僕の手でサキュバスを殺したかった。

 あの子ルネ姉の最後の姿が今でも目に焼き付いて離れない。


 それでも……これ以上を望むことはできない。

 もう……終わったのだから……


「時間も過ぎたみたいだけど……やっぱり今回もお知らせなかったね」


「うん……でも、もうお互いを傷付けることだってできない。今まで生きて来た中で一番長い1日だったかな……」


 僕は未だに天を仰いだままそう口にすると、張り詰めていたものが解けていくような……そんな脱力感を感じた。


 ボヤける意識の中、ガレットを見ると僕と同じ気持ちなのか。

 臀部を床に落とし、大きく息を吐きながら床に落としていた目をゆっくりと閉じていた。

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