第48話 17時52分 仕掛け

 テーブルの天板が音を立てて削れていく。

 明らかにサキュバスに焦りの色が見えたこのタイミングを逃してはいけない。


「そんなに焦るくらいならもっと初めから動いてればいいのに……どれだけ貢いでもらっても使う側がこれじゃ投げた人も報われないよね」


「ごちゃごちゃうるっせーな!! 隠れてばかりいねーで撃ってこいよ!!」


 この挑発に乗ったような返事がどこまで本心なのか、僕には判断することができない。

 まさに先ほどそれに騙されてふくらはぎに撃ち込まれたばかり。

 踏ん張ることはできることはできる……が、この足で駆け回ることはすでに不可能だろう。


 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け――


 この状態で撃ちあったところでジリ貧だ。

 だからサキュバスやつが僕のに気が付いてくれることを祈るしかない――


 僕は特殊部隊に使ったハンドガンを、テーブル端から銃口が見えるように床に置いた。

 そして、一歩ずつ……テーブルの影から僕の姿がはみ出さないよう、慎重に後退りしていく。

 乱雑にテーブルへ牙を剥く銃弾の嵐はその間も絶え間なく止む気配を見せることはなかった。


 だが、この下がった位置はロビーの壁であり、身を隠せる場所ではない。

 気が付かれサブマシンガンの掃射を食らえば一溜まりもない。

 僕は残弾の少ないハンドガンを握りしめ、銃弾を断続的に受けるテーブルを俯瞰的に見る


 そこでエントランスに響き渡っていた銃声が止んだ。


 弾切れか……それとも……


 僕は息を一度吐き切り、続けて勢いよく吸い込むと息を止め、銃口を正面に向けた。


 そこへ――


「置いてる銃が丸見えなんだよッ!! 時間稼ぎばか――はぁ!?」


「僕はこっちだよ!!」


 僕が銃を置いた天板の真裏からサブマシンガンを構えたサキュバスが姿を現す。

 だが、そこに僕はいない。

 曝け出したサキュバスに銃口を向け僕がトリガーを引いた。


 僕のありったけの気持ちを込めた銃弾はとても軽い音を奏で、サキュバスに着弾した。


「いぃぃぃぃぃっ!! いっだぁああいいい!!」


 命中したのは肩だ。

 だが、サキュバスは撃たれた直後に天板の裏へ身を隠し追撃をすることはできなかった。

 頭を狙えるほど、僕の腕が良いとは思っていなかった以上、気落ちする必要はない。

 ここで一気に……!!


「痛い痛い……痛い!! でも~……あはっ……あははははははははっ!!!」


「何痛みで気が狂ったの? でもすぐに何も考える必要はなくなる!!」


 僕は銃を構えながらスリ足で天板へ近寄ると、


「あはっ!! あははは!!! 間抜けがイキがるなよ!! この終盤で時計の確認もロクにしないほど焦ってたんだろ!? 私はもう撃つ気なんてなかったんだよ!! 言ってる意味がわかるか!?」


 サキュバスが歓喜の雄叫びと共に叫ぶ。


「見えるか? 今は18時00分!! もう終了時刻は過ぎてるってことだよ!! アハッ!! あはははははははは!!」


 サキュバスは立ち上がりフロント背面のアナログ時計を指差すと、極上に歪ませた顔を僕に向けながら天を仰ぐように笑い続けた。


くれてよかった――」


 指をかけっぱなしだった引き金を再度引くと、エントランスに乾いた音が響き渡っていった。

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