第25話 2032年4月30日(金)晴れ

 部屋のチャイムの音で勢いよく跳ね起きる。


 時計を見ると5時。

 違う。これは武器の支給だ。

 汗で張り付いた寝間着を着たままドアへ向かう。

 覗き穴から見るとそこに居たのは黒直里かしすさんだ。

 大きく安堵の息を吐き出しながら、ドアを開く。


「おはようございます。こちら購入された武器となります」


「はい……ありがとうございます」


 すっかり普段の表情と落ち着きを取り戻しているようで、折った腰を戻すと僕に布巾がかけられた大きめのバスケットを手渡した。


「それでは失礼いたします」


 黒直里かしすさんは僕が受け取ったことを確認すると、あっさりその場を立ち去った。

 僕は扉を閉めるとテーブルの上にバスケットを置き、布巾を捲った。

 頼んだ通りのスリングショットと収納ポーチに入れられた鉛玉。

 収納ポーチはタバコケースのような革のポーチで、玉の取り出し口がボタンで止まるようになっていた。

 そしてフライパンだ。


 それと……これは傷薬と包帯……?

 それにこれはなんだ……ベルトと紐? 腰に巻くような長さじゃない精々腕や足に巻ける程度の長さだ。


 無言の好意に無言の感謝を返しながら僕は足の傷の治療を始めた。



 傷の治療を終えたのは7時過ぎ。

 包帯でぎちぎちに巻くだけでもかなり動きやすくなった。


 包帯の上からラバースーツを着るとさらにベルトを左腕に巻き付け、そこに収納ポーチを引っかける。

 さらにベルトに差し込むように備え付けの薄型情報端末カードを差し込む。


 紐はフライパンの取っ手のフック部分に通し、手を滑らせても紐で引っ張れるように工夫した。

 これは恐らく購入対象の範囲外であり、黒直里かしすさんができるぎりぎりの援助なのだ。


 ありがたく使わせてもらおう。


 準備を終えた僕は朝食兼昼食をとると、部屋を後にした。


 鎮まり返った客室通路を通り非常階段から2階へ降りていく。

 警戒はしていたが、他の犯罪者プレイヤーと鉢合わせとなることは避けられたようだ。


 2階はフィットネスジムがあり、僕も利用していたため、配置は覚えている。

 更衣室に向かい連なるロッカールームの影に身を潜め開始時刻を待った。


 時刻は11時過ぎ。

 物音一つ聞こえない空間で息を潜めていた時、別の部屋で誰かが叫んだ。


「おい! アマオ! 待てよ!」


 僕は凍り付いた百足が背筋を這っていく感覚に陥った。


 僕に向けてじゃない……同名の人間がいたのか?

 でもまだ時間じゃない以上、姿が見えたとしても何もできやしない。

 最初の声以降は控えめになったのか、内容など聞き取れず暫くしてまた静寂を取り戻すことになった。


 さらに時間は過ぎ時刻は11時59分。

 僕はゆっくりと立ち上がり、更衣室からジム内を覗き込んだ。

 誰もいない。

 さらに耳を澄ませる。

 音も聞こえない。


 僕が確認を終えた時、左腕に巻いた薄型情報端末カードから見える時刻が12時を示していた。

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