第168話

 まさか、清志郎があゆらの身体に傷をつけるなど、自分が不利になるようなことはしないだろうが、もしも気が違っているなら、何をしでかすかわからない。

 そう思った志鬼は力では遥かに上回ることをわかっていながら、人質のあゆらの安全を考え無闇に近づくのは危険だと判断し慎重に動いていた。


「本当にあゆらさんの将来を思うならきみから離れるべきなんじゃないの? まあ、きみは低脳ではないようだから、その辺は考えていそうだけどね」

「お前には関係のないことや」

「それはそれは……」


 清志郎の冷めた声が落ちて来た時、あゆらの薄く開いた目に、あるものが飛び込んで来た。

 頬に添えられた銀色の刃物に、清志郎のいびつな笑みが映ったのだ。

 あゆらが奇妙に感じた瞬間、清志郎に掴まれていた胴が楽になった。

 ——何?

 疑問が脳内で言語に変換される前に、頬を強い力で引き寄せられたあゆらの眼前には清志郎の顔があった。

 突然のことに頭がついていかず、あゆら、そして志鬼の時が一瞬止まった。

 唇に起こる、生温かい感触。

 それが何かを理解した時、あゆらは全身に怖気おぞけが走り、咄嗟に清志郎の胸を押した。


「——やっ……!」


 しかし、突き飛ばされたのはあゆらの方だった。

 清志郎があゆらの制服の背中部分を掴み、勢いのまま放ったのだ。

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