第150話

「なんなん、あゆら、実は俺のことめっちゃ好きなん……でも俺やで、そんなことあり得る……なんのミラクルや」


 嫌われてはいないと思ってはいたが、どちらかといえば姫と従者のような関係に近いのかと勘違いしていた志鬼は、先ほどのあゆらの愛のメッセージに完全にノックアウトされていた。


 普段は飄々ひょうひょうとして目的のためには嘘をつくことも厭わない老獪ろうかいなこの男は、あゆらの前ではあまりに素直な“普通”の少年だった。

 周りの汚れた水に染まることなく、利用する狡猾こうかつさを持ちながら芯の部分は澄んでいる。あゆらが惚れ込んだ野間口志鬼という人間は、そういう男だった。

 なんと愛おしいのだろう。

 彼のことだけ考えて生きられたなら、どれほど幸せかとあゆらは思った。


「……この私が初めて慕った人なのだから、自信を持ちなさいよ」


 そう告げると、あゆらは勇気を出して志鬼の胸に抱きついた。

 初めてあゆらから触れられた志鬼は、自分でもおかしいと思うほどさらに顔を赤らめ動揺してしまった。


「何よ今更、志鬼からはもっとベタベタくっついてくるくせに」

「いやっ、自分から行くのは別に……あゆらから来られると、なんか、あかんな……」

「へえ、大きな身体をして可愛いところがあるじゃない」

「こんななりして純情とかイタすぎるやろ」

「そんなことないわ、可愛いわよ」

「か、勘弁してくれえ……!」

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