第128話
なんの脈絡もなく、杏奈に苦しげに訴えるような目でそんなことを言われたあゆらは、眉を潜めた。
「……お母様ったら、突然どうなさったの? 意味がわからないわ」
「あゆら」
不意に、脳髄に響くような低く厳格な声が聞こえ、あゆらは身体を強張らせた。
恐る恐る振り向いた左側の廊下には、頭をオールバックにした中肉中背の年配男性がスーツ姿で立っていた。あゆらは間違いなく母親似である。
「お父様……いらっしゃったので」
「今日はパーティーがある。今すぐ支度をするんだ」
「え?」
あゆらの父、岸本幸蔵は娘の声に被せるように無慈悲な台詞を発した。
「あ、あの、お父様、今日は私、予定がありまして」
「不良じみた金髪の小僧との、か?」
あゆらの背筋が凍った。
杏奈は悲壮な面持ちで、俯いている。
幸蔵は汚いものでも見るような侮蔑の目を、あゆらに向けていた。
——バレていたのだ。
あゆらが志鬼と二人きりで会っていたことが。
顔の広い政治家である幸蔵。その娘が街を出歩けば誰かの目に留まり、噂になることなど想像するに易かったのに、あゆらは志鬼との恋に夢中で、そこまで気が回らなかった。
「あ、あの、志鬼はお父様が思っているような人では」
「ほう、呼び捨てとはずいぶん親しい仲のようだな。遊ばれて傷物になるのが目に見えている」
「なっ……!? し、志鬼はそんなことはしません!」
「……お前はいつから私に意見できるほど偉くなったんだ」
幸蔵のギョロリと濁った目があゆらを捕らえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます