第108話

 もうやめてくれと、耳を塞ぎたくなるような下劣げれつな言葉が舞う。

 志鬼はそれに対しても相変わらずうまく話を合わせていたが、徐々にあゆらの中で不安が膨らんでいく。

 ミヤの言う通りになどするはずがないが、もしも志鬼が女の子と……。

 そんな想像をしてしまったあゆらは、自分でも驚くほどショックを受けた。

 

「じゃあ俺はそろそろ上に戻るから。帰る時はこれでコールしてくれたら鍵開けるし」

「了解」


 ミヤはそう言って出入り口付近の壁に設置された電話を指差すと、軽い足取りで階段を上って行った。


 ミヤの足音が遠のき、姿が見えなくなっても、あゆらは固まったままだった。

 ——が、ふと、背中を指先でつつかれる感覚に、ハッと顔を上げた。

 

「大丈夫? トイレ行くか?」


 志鬼は高い背を屈め、あゆらの顔を覗き込みながら囁き声で言った。

 気遣うような言動に、いつもの優しい志鬼を見たあゆらはこの上なく安心した。

 

「……ん、平気」

「ほな、話聞けそうな女の子探すか」


 その言葉を最後に、前を向いた志鬼の顔が引き締まる。

 そうして歩き始め、辺りを見回そうとした時だった。


 突如、勢いよく志鬼にぶつかって来た一人の女性がいた。

 いや、女の子と呼ぶべきか。化粧はしているがあどけなさが残る彼女はあゆらよりも背が低く、懸命に志鬼を見上げていた。

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