第90話

「あの、あゆらさん、俺の話聞いてました?」

「失礼ね、ちゃんと聞いていたわよ」

「ならなんで『私も行く』とか言うねん、売春クラブやで? そんな危ない場所に連れて行けるわけないやろ、俺一人で行く」

「わかった上で言ったのよ」


 ここまで言っても引き下がらないあゆらに、志鬼は思わず声を荒げた。


「なんもわかってないやろ!? あゆらが見たらトラウマになるような場面もあるやろうし、第一身元バレたらやばいやろ!」

「それは志鬼だって同じでしょ!?」

「同じやないわ! 俺は失うもの何もないからええけど、あゆらはそういうわけにいかんやろうが!」

「私が美鈴のためにしていることなのに、高みの見物は嫌なのよ! 志鬼にばかり危ないことをさせて、自分だけお綺麗なままなんて、納得できないわ!」


 負けじと意思をぶつけてくるあゆらに、志鬼は渋い顔をしながら困り果てた。


「……使われてる俺がそれでええ言うてるのに、なんちゅう聞き分けのないお嬢様や」

「そうね、わがままで聞かん坊で面倒だわ、でもこれが本当の私よ」


 岩をも突き通すような気の強い瞳に、志鬼は深い息を吐くと、やれやれ、といった風に細い眉を下げて笑った。


「降参や……そこまで言われたら聞くしかない」


 志鬼の答えに、あゆらは厳しい表情を緩め満足げに微笑んだ。

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