第47話 ラボ 06

 瑠絵るえが案内する間に、一通り自己紹介を済ませた。楼義ろうぎが自分の名前を言ったとき、彼女の顔つきが変わったのが気になった。驚いたような、それでいて困ったような。

 元過死者かししゃの戦闘集団を引き連れながら、楼義ろうぎ瑠絵るえの横を歩いていると彼女が呟きを零した。


「因果なものね」


 楼義ろうぎ瑠絵るえに顔を向ける。


「まさか、兎佳子うかこちゃんが初めて会った逆葬儀屋が、風梨ふうりちゃんのお兄さんだなんて」

「な……!」


 ここで妹の名前を聞くとは思わなかった楼義ろうぎは、驚きを隠せない。


「なんであんたが風梨ふうりを知ってるんだ」

「あなたには、さっき自己紹介をされて名前を聞いたときに話さなければいけないと思っていたんだけど……」


 瑠絵るえ一度兎佳子うかこを見てから、楼義ろうぎに向き直る。


兎佳子うかこちゃん……だけじゃなくて私も含めた人工過死者じんこうかししゃは、みんな風梨ふうりちゃんに似ているでしょう?」

「ああ」

人工過死者じんこうかししゃの研究には、過死者かししゃが必要だった。それで風梨ふうりちゃんの遺伝子が使われたの」

「でも、風梨ふうりは逆葬儀されたあと、生身の人間として死んだんだ。いつラボの連中が過死状態オーバーデッド風梨ふうりに触れたんだ」

風梨ふうりちゃんが過死状態オーバーデッドのときには接触していないわ」


 楼義ろうぎは首を傾けた。


「彼女のお腹には子供が居たわよね」


 楼義ろうぎは俯いた。


「彼女が過死状態オーバーデッドになったとき、お腹の中の子も過死者かししゃになっていたの」

「そんなことが」

「でも逆葬儀出来たのは、風梨ふうりちゃんだけ。お腹の中の子は過死者かししゃのままだった。彼女は逆葬儀されたあと、しばらくして産夫人科を訪れたの。そしたら中の子供がまったく成長していないことがわかった。過死状態オーバーデッドであると当たりを付けた医者は、家族に相談して逆葬儀センターに連絡するよう促したそうよ。そしてその情報を知ったラボが介入した。レアケースの過死者かししゃのことを調べることで、未知の発見があるかも知れない。全面的にラボが対応することになった」


 瑠絵るえは震える声で、絞り出すように続ける。


風梨ふうりちゃんは、お腹の中の子を無理矢理摘出された上で、殺されたの」


 楼義ろうぎの足が止まる。


「は……?」


 瑠絵るえは涙を湛えて、首を垂れた。


「彼女は生き直そうとしていた。自分が自殺しようとした現実と、お腹の子供が過死者かししゃであることを受け入れて、それでもなお、理不尽で不条理なこの世界で生きようとしていた。それをラボが奪った。彼女の権利を、覚悟を、未来を……! 彼女の遺伝子——正しくは彼女のお腹に宿った子の遺伝子を研究するために。謝って許される問題じゃあない。その機関に属している私も同罪よ」


 楼義ろうぎはなにも言わずに立ち尽くした。

 兎佳子うかこは目の端で捉えた楼義ろうぎを心配そうに見ながら、瑠絵るえを見上げて腕を引っ張る。


「でも、ルエが殺したわけじゃあないでしょ? 本当の悪いやつが居るんでしょ?」


 瑠絵るえは答えない。言い訳はしたくないと言うことなのだろう。


「私も同感だな」


 後ろから追いついてきた絽眞ろまが口を挟んだ。


「高校生の私が言うのも変な話だが、あなたはまだ若い。袋木ふくろぎの妹が亡くなったのが4年前と言うことを考えると、当時あなたはまだ高校生くらいだったんじゃあないか?」

「それでも、そんな機関に属してしまった」

「それは楼義ろうぎくんに失礼ですよ!」


 話を聞いていた潤香うるか瑠絵るえに食って掛かる。


「その、こんなことを言っては失礼かもしれませんけど、瑠絵るえさんはただ謝りたいだけなんじゃあないですか? 自分がこの組織に属して命令を聞いてしまったという罪悪感と、最終的に逃がしてあげたとはいえ兎佳子うかこちゃんを利用しようとしていた罪悪感の両方を、なんとかして取り払いたいから」


 瑠絵るえは言われるまま、言葉を返せずにいた。潤香うるか瑠絵るえに詰め寄る。


楼義ろうぎくんはそんなものを当て付けられるために、風梨ふうりちゃんの死と向き合ってきたんじゃあないんです!」


 潤香うるか瑠絵るえの襟首を掴んで、叫んだ。瑠絵るえは目をみはって潤香うるかの言葉を受ける。


楼義ろうぎくんはやさしいから、あなたが謝ればきっと許してくれるでしょうけれど、それじゃあなんの解決にもなってない。瑠絵るえさんの都合で楼義ろうぎくんを困らせているだけなんです。楼義ろうぎくんに本当に謝らなければいけないのは、風梨ふうりちゃんを殺した人たちとそれを命令した人たちでしょう!? なんの関係もないあなたが突然しゃしゃり出てきて、犯罪者代表みたいな顔して謝って、いたずらに楼義ろうぎくんの心を乱さないでください!」


 潤香うるかは息を荒くしながら、吐き散らした。瑠絵るえの表情は凍り付いていた。潤香うるかの言う通り、彼女の謝罪や後悔は楼義ろうぎを救わない。その当たり前の事実に、高校生に指摘されるまで気付かなかったのだから、無理もなかった。


 楼義ろうぎ潤香うるかの背中をポンポンとやさしく叩く。


「ありがとよ」


 表情を読み取られないように、潤香うるかの顔は見ずに言った。


瑠絵るえ、それで今までの事件の首謀者はこの中にいるんだな?」


 楼義ろうぎが扉を指すと、瑠絵るえはこくりと頷いた。

 瑠絵るえは一歩前に出て、認証カードを扉の横の機械にかざした。

 セキュリティロックが解除され、扉が開かれた。

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