第41話 兎佳子の逆葬儀 6

 兎佳子うかこが起きるのを待つ間、楼義ろうぎ理人りじんと話していた。理人りじんは鎖の拘束を解かれ、缶コーヒーを飲んでいた。


「なあ、理人りじん。あれは俺がいけなかったのか?」

楼義ろうぎ、こういう問題はね、どちらが正しいかとかじゃあないんだよ。どこまで誠実であるかなんだよ。紙岸かみぎしさんが君にビンタをしたのは、誠実さゆえだろう?」

「そうか?」

「そうなんだよ。そして君は紙岸かみぎしさんのスカートの中に頭から飛び込んだ。これは誠実ではないだろう?」

「そうだよなあ」

「それがわかっているのなら、君は正しかろうがなんだろうが、謝るべきなんだよ」

「いやだからさー、ずっと謝ってんじゃねえか」

「だからそれは誠実さが足り——」

「もーわかんねーよぉ!」


 取り留めもない話だった。

 潤香うるかはあれからというものずっと泣いたままだった。

 楼義ろうぎはもう一度潤香うるかの前に立ち、何回目かの「ごめん」を告げた。


「あれはわざとじゃあないんだけど、でも俺が悪かった。ほんと、出ることしか考えてなかったから、焦ってたんだよな。いや、全部言い訳になっちまうよな。ごめん。反省してます。すみませんでした」

「違う」

「な、なにが?」


 潤香うるかはたくさんの涙を湛えながら、首を振った。


楼義ろうぎくん、ちゃんと生きてるかわからなくて、そしたら生きてて、だから……」

「あー、えーっと、だからつまり、生きてて良かったーって言う……うれし涙、的な感じか?」


 コクコクと頷く。


「そっか、なら良かったわ。ははっ」

「でもスカートの中に頭突っ込むのはおかしいと思う」

「いやだからさぁ」


 楼義ろうぎがガクッと項垂れると、潤香うるかはクスクスと笑った。その声を聞いて、楼義ろうぎも笑う。


 ごそりっ。


 と、楼義ろうぎの目の端で兎佳子うかこが起き上がった。


「ふぁああぁ」


 大きく伸びをしながら、兎佳子うかこは目を擦った。

 楼義ろうぎは近づいて、恐る恐る声を掛ける。


兎佳子うかこ、大丈夫か?」

「ん? あー、ローギおはよう!」


 いつもと変わらない調子に、最悪の事態は訪れないということを察する。


「ウルカ、ローギ、逆葬儀お疲れ様。ありがとうございました」


 ブンッと元気よく首を振って、お辞儀をした。


「おかげで全部思い出したよ。ローギ、まず先に言っておくと、あたしは死なないよ。安心して」


 楼義ろうぎはそれを聞いて安堵のため息を漏らす。


「でもやらなきゃいけないことがあるの。だからここでお別れしないと」


 兎佳子うかこは真剣な面持ちで言った。


「それは、俺が手伝えないことなのか?」


 彼女は首を振って、それから捻った。


「うーん。ローギが首を突っ込んでも、多分ローギが面倒なことになるだけだよ。あたしが個人的にルエを助けたいってだけだし」

「じゃあそのルエってのを助ける手伝いをさせてくれよ」

「なんでそんなにしてくれるの?」

「なんでって……」


 楼義ろうぎは言葉に詰まった。ここからは兎佳子うかこの個人的な問題への介入になる。兎佳子うかこはもう死に直すことはないとわかった今、楼義ろうぎがこれ以上兎佳子うかこに構ってやる必要はない。逆葬儀屋としても、楼義ろうぎの個人的な信念としても、目的は果たしたのだ。


「友達だから、なんじゃないの?」


 理人りじんが口をはさんだ。


「あ……ああ、そうか」


 楼義ろうぎは間抜けな声を出して、兎佳子うかこに向き直った。


「別に難しく考えることなかったな。俺は兎佳子うかこを助けたい。それでいいじゃねえか」


 楼義ろうぎが頬を掻きながら目を逸らして言うと、彼女は無邪気に笑った。


「じゃあ、代わりにあたしが知ってること、今取り戻した記憶を全部話すよ」


 兎佳子うかこの過去に興味があるのは楼義ろうぎだけではない。全員の神経が、彼女の口元へ寄せられる。


「あたしは、人工過死者じんこうかししゃなんだ」


 耳慣れない言葉だった。


「人工? って、あの人工芝とかの、人工か?」

「そう。過死者かししゃは意図的に造ることが出来る。その試験体があたし」


 あまりに突飛な言葉に、一同困惑を隠せない。


「あたしは二年前に親に売られて、ラボに買い取られたんだ。そこで過死者かししゃにされて、記憶を失った。それからは毎日アーバンシラットの訓練を受け続けた。そしてそこで仲良くなった研究者のルエがあたしをラボから逃がしてくれたの。今のあなたは本物のあなたじゃあないからって。その人には逆葬儀屋に会えって言われた。だから逆葬儀屋を探してたんだ」


 楼義ろうぎは少し気まずそうな顔で、潤香うるかを見た。彼女はその視線に小声で「仕方ないじゃない?」と返した。


「だからあたしはこれからラボに戻って、ルエを助ける。あたしを逃がしたルエは、きっと今酷い目に遭っていると思うから」


 その言葉に、絽眞ろまが反応する。


「と言うことは、彼女が君の穴埋めに人工過死者かししゃにされている可能性があるな」


 兎佳子うかこは息を呑んで口元を押さえた。


「もしも人工過死者じんこうかししゃを製造する機関が在ると言うのならば、大問題だ。国の秩序と倫理を脅かす危険性が極めて高い。それに、人の尊厳を踏みにじるその機関は、私たちの仕事を真っ向から否定していることになる。逆葬儀屋としては、介入せざるを得ないな」


 兎佳子うかこは、ゆっくりと首を振る。


「でもルエは、ラボは国の機関だって言ってた。逆葬儀屋は、国から命令されて過死者かししゃを逆葬儀してるんでしょ? だったら仲間同士の戦いになっちゃう」

「その、ラボについて、もっと知っていることを教えてくれないか?」


 絽眞ろまは言いながら理人りじんを見た。


「先ほど芦和良あしわらと話していたとき、どうにも話の辻褄が合わなかった。そして私の知らないラボと言う存在が出てきた。それを葬儀屋の芦和良あしわらの方はなぜか知っていたのだ。逆葬儀屋が知っていてはまずいことを、国が隠しているのか、それとも国の機関と偽って別の組織が私たちを作為的に貶めているのか、確かめる必要がある」

「ラボは、あたしみたいに過死者かししゃを造って、アーバンシラットとか実戦的な武術を教えて、兵隊が必要な国へ送ってお金にしているみたい。過死者かししゃは死なないから、防弾チョッキを着る必要もないし、武術さえ覚えておけば、武器を使う必要もない」

「なるほど、死を気にする必要のない兵隊の肉弾戦ほど驚異的なものはないわけか。過死者かししゃにして兵器として育てるため、兎佳子うかこのように親に捨てられた子供を集めているのか」


 絽眞ろまは顎を撫ぜながら、じっと地面を見た。それから何かを思いついたように、不意に理人りじんに視線を向ける。


「もしも過死者かししゃの兵隊が出来たとして、その過死者かししゃの最大の敵は……?」


 問いかけながらも、絽眞ろまはある程度予想が出来ているようだった。理人りじんは唾を飲み込んだ。


「僕か」


 せっかく作った無敵の兵隊も、葬儀屋の灰化葬はいかそうの前では無力だ。

 理人りじんは今まで、公安調査庁からではなく、ラボからの命令を受けてきた。そのラボが、理人りじんのことを邪魔に思っていて、コントロールするために命令してきたのだとすれば、合点がいくことが多い。


「これは、私の予想でしかないが、冬馬とうまの件のときの行き違いやここ最近のバッティングは、私たち逆葬儀屋と葬儀屋を敵対関係にして動きづらくすることが目的だったのではないだろうか? もともと理念の違う我々は、きっかけ一つで憎しみ合う公算が非常に高い。そこに目を付ければ、あとは狡猾に芦和良あしわらを指し向けて潰し合いを促すだけだ。ラボの存在は極力表に出てこないし、自分たちの手は汚さないで済む」


 これならば今までの意見の食い違いも納得が出来た。

 楼義ろうぎにも理解は及んでいた。


「じゃあもしかして、理人りじん兎佳子うかこのことを過死者かししゃだって知ったのは、そのラボの人間が教えてきたからってことか?」

「正しくは、楼義ろうぎの親戚の子という情報だけだったよ。一緒に居るはずだとも言われたけれどね」

「ってことは、ラボは兎佳子うかこにこの情報をばらされるのを嫌って、理人りじんを使って抹消しようとしたってわけかよ。胸糞悪い連中だぜ」


 パシンッ! と自分の掌と拳を叩き合わせて怒りをあらわにする。


今兎佳子うかこさんから話を聞いて、ラボの言っていたことが全部嘘だったってわかったよ。僕は彼女の凄惨な過去を教えられていた。親に売られたという話も充分辛いけど、僕が聞いたのは、それこそここで口に出すのがはばかられるくらいのことが起きて自殺したという話だった。でも実際兎佳子うかこさんは、造られた過死者かししゃだった」


 理人りじんは忌々しげに自分の右手を見つめた。もしも灰に変えてしまっていたのなら、事件は闇の中に葬り去られていただろう。


「あの……もしかして、理人りじんくんが依頼を受けたのって、今日の放課後くらい?」

「そうだよ。どうしてわかったの?」


 潤香うるかは唇を戦慄かせていた。


「わたし、もしかしたらラボの人に兎佳子うかこちゃんのことを……。多分そうだ。だとしたら、わたし……!」


 おろおろとうろたえだした潤香うるかの肩を、楼義ろうぎがポンと叩いた。


「落ち付け。もしもお前から情報が洩れちまったんだとしても、それはお前のせいじゃあない。悪いのは俺らじゃなくて、裏でネチネチわけわかんねえことやってるラボの連中だ。俺らに出来ることは、そいつらぶっ叩くことだ。な?」


 楼義ろうぎ理人りじんを見ると、いつもの笑顔で頷いていた。

 兎佳子うかこは周りをぐるりと見まわす。それぞれの顔を見ているようだ。


「えっと、つまり、ローギもウルカもリジンもロマも、みんな手伝ってくれるの?」


 楼義ろうぎは口角を吊り上げる。


「最初はそのつもりだった。でも、今は違うぜ、兎佳子うかこ

「え」


 ようやく仕事を終えた太陽が、兎佳子うかこの背後でぷつりと千切れると、夜が恭しく公園を取り囲んだ。


「俺らにはもうそいつらをぶっ叩く理由が出来た。お前は俺らの戦いに、付いてくればいい。そんで、ルエを助け出せばいい」


 楼義ろうぎが言い終えるとともに、街灯が灯った。兎佳子うかこはその光に照らされて、太陽よりも無邪気に笑った。公園の中心にクレーターのない月が現れた瞬間だった。

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