第39話 兎佳子の逆葬儀 4

 楼義ろうぎ潤香うるかが黄泉津ノよもつのまに入ると、兎佳子うかこは距離を置いた場所に立って、こちらを見ていた。


「緊急回避は俺の能力でなんとかする。“疾走する紫電サンダーランナー”のリーチは?」

「10メートルが限界」


 兎佳子うかことは50メートルは離れている。


「連続使用は?」

「出来ない。多分、体感だけど30秒から50秒くらいはおかないと無理……って、なにも考えずに来たの!?」

「ん? ああ」

楼義ろうぎくんって、いい加減だよね」


 潤香うるかはジト目で楼義ろうぎを見た。


「まあな。でも、俺と潤香うるかなら大丈夫だろ」


 根拠のない自信。

 潤香うるかは肩を落としため息を吐きながらも、しかし瞳は輝いていた。

 楼義ろうぎ潤香うるかに背中を向けて、膝を突いた。


「乗れ」


 潤香うるかが体重を預けると、楼義ろうぎは立ち上がった。


「手ぇ放すけど、足でしがみつけるか」


 いつもの逆葬儀のときとは違う、生足が楼義ろうぎの腰に絡みつく。


「よっ」


 ——”袋を!ラッピング! ラッピング! ラッピング!”。


 フリーになった手を上下に振り切ると、5メートル四方の風呂敷が現れた。


「“疾走する紫電サンダーランナー”で近づいてくれ」

「でも、この距離は届かないよ」

「連続使用してくれ」

「だから——」

「やれるようにしてやる」


 楼義ろうぎ潤香うるかの体が硬直するのを背中越しに感じた。


「俺がどれだけお前のことをわかってるか、見せてやるよ」


 ニヤリと口角を吊り上げる。潤香うるか楼義ろうぎの肩をぎゅっと握って、それから彼の眼前に手を回した。能力発動の構えである。

 楼義ろうぎは彼女をおんぶしたまま走り出す。バチバチと音がして眼前に紫電が集まってくる。彼女はその紫電の中に指を突っ込み、左右に引き裂いた。


 ——“疾走する紫電サンダーランナー”!


 楼義ろうぎは10メートル先に着くと同時に風呂敷を広げて包まり、すぐさま剥がした。


「行け!」


 潤香うるか楼義ろうぎの言葉を信じて手を前に出して合わせる。楼義ろうぎが走り出すと、バチバチっと音がした。


「嘘!?」

「嘘じゃない!」


 うろたえながらも潤香うるかは“疾走する紫電サンダーランナー”を発動する。瞬間で10メートル前進。


 次からは方法を変えた。楼義ろうぎは風呂敷の先端を自分のスニーカーの中に突っ込んで踵で踏み、背中の潤香うるかをすっぽりと包み、左右の端を両手で掴んだ。視野確保のため走っている最中は前が開かれている。まるでムササビのような姿形をしていた。さらに10メートルと進み、進んだ先で前を閉じ、また10メートル進む。そうやって兎佳子うかことの差を詰めて行く。兎佳子うかこもそれに気付いて逃げるが、楼義ろうぎたちは0秒で10メートル進み、0.2秒で風呂敷に包まる。都合100メートルを2秒で駆け抜けるスピードだ。初動から時速180キロで進むムササビ。逃げ切れるはずがない。


 兎佳子うかこは上空に逃げた。凄まじい跳躍力だ。


「いったいどうなってるの?」

「ほんとな、すげージャンプするよな」

「そうじゃなくて、なんで連続発動出来るの?」

「俺の”袋を!ラッピング! ラッピング! ラッピング!”は、包んだものの法則を捻じ曲げる。さっきは包んだものの時間を50秒進めた」

「あー……」


 潤香うるかは納得したはずなのに、腑に落ちないと言った顔で口元を歪めていた。


「さて、ここで問題なんだが、“疾走する紫電サンダーランナー”は上向きにも出来るのか?」

「やったことないよ」

「そうか」

「でも……楼義ろうぎくんがやれるようにしてくれるんでしょ?」


 あのデートのときのように大人びたやわらかいまなざしで、しかし純朴な少女のように頬を赤らめて言葉が紡がれた。


「ああ」

「でも落ちたら死ぬね」


 上空に10メートル。連続発動で兎佳子うかこに迫っていったら、いったいどれほど高くまで上がるかわからない。そんなところから落ちれば、死ぬ。


兎佳子うかこの手を掴めば、出られる」

「掴めなかったら?」

「たとえ落ちても俺が絶対に死なせねえ」

「わたし一人だけ生き残っても嬉しくないよ」

「犠牲になるつもりはねえよ。あと、お前が必ず掴めよ」

「え」

「俺は風呂敷を手放せねえからな」


 今まで二人で黄泉津ノよもつのまに入って過死者かししゃ死点戻してんもどしをしたことはない。だから、同時に掴んだとしても二人ともが黄泉津ノよもつのまから出られるのかわからない。先に触れた方のみが現実に戻り、残った方は入ってきた場所まで自力で戻らないといけない可能性もある。と言うことは、残った方は落下するしかない。


「さあ、行くぜ」


 楼義ろうぎはまた風呂敷で潤香うるかと自分を包み込む。

 潤香うるかは上を目指して手を掲げる。バチバチと音がする。楼義ろうぎは思い切り腰を落としてから高く飛び上がった。

 10メートル先で、楼義ろうぎは2段ジャンプをする。この風呂敷に包まった二人の体重は空気の粒子よりも軽く、まるで水中を泳ぐようにして軽やかに、舞った。

 だんだん高度が増していく。白一色の世界でもそれはわかった。

 空には大きな月が輝いていた。兎佳子うかこが月を作り出したのだ。空中であれに潰されてしまったらひとたまりもない。

 しかしそれを見ても潤香うるかから緊張は伝わってこなかった。


「月、綺麗だね」


 そんな言葉を言う余裕すらあった。

 そして月は落とされた。上昇する二人に向かって落ちてくる。潤香うるかは“疾走する紫電サンダーランナー”を構え、楼義ろうぎは”袋を!ラッピング! ラッピング! ラッピング!”で自分たちを包んだ。

 高速で上昇するムササビ対、落下する直径100メートルの月。それがお互いに一歩も譲らずぶつかり合う。今回は摩擦ゼロで滑っていくのではない。月に大きな穴が開いた。そして月が通り過ぎたあとに、二人を包んだ風呂敷はまだそこに在った。

 楼義ろうぎは袋の中の法則を捻じ曲げた。自分たちを、ダイヤモンドよりも固くゴムよりも摩擦力のある物体に変えたのだ。それが光速を超えたスピードで月にぶつかり、貫通した。


 二人はさらに上昇を続ける。

 距離が一気に詰まり、ついには目の前にまで来ていた。驚愕に目を剥く兎佳子うかこに、潤香うるかがやさしく笑いかける。そしてその手を掴んだ。


 兎佳子うかこ潤香うるかが、消えた白い世界で、楼義ろうぎは緩やかに落下していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る