第37話 兎佳子の逆葬儀 2

 声のした方を二人が向く。そこには潤香うるかが息を切らせて立っていた。


理人りじんくんがここに居るってことは、理人りじんくんが葬儀屋だって言うのはわかったよ。でも、楼義ろうぎくんはわかってない。自分が死のうとしていることを」


 整わない息で、それでも彼女は必死に楼義ろうぎを止めた。

 ギリッと音が鳴るまで歯を食いしばって、楼義ろうぎ潤香うるかを睨む。


兎佳子うかこを諦めろってのか。このまま灰化葬はいかそうさせろって言うのか!」

「そうだよ!」


 潤香うるかは被りを振って断言した。瞳から大粒の涙を飛び散らせながら、ペンダントトップを血が出るほど握り締めながら。


楼義ろうぎ、もうやめよう。紙岸かみぎしさんが正しいよ」

「じゃあ灰化葬はいかそうをやめろ」

「それはできない。僕は友達として、兎佳子うかこさんを助けなければいけない」


 楼義ろうぎ絽眞ろまを地面に横たえて、両の足で立った。理人りじんから視線を切らず、横に流れるように歩き始める。絽眞ろまが巻き添えを食わないようにする配慮だ。


「お前ら、わかってねえ」


 後ろに居る潤香うるかにも伝わるよう、はっきりとした口調で、重みのある声色で発する。


「俺が、どういう風にわかってねえのか、わかってねえ!」


 楼義ろうぎは肩幅に足を開き、一歩足を退いて内股で構える。手は胸の前、拳を掌で包み祈るような形だ。


 ——シラット。


 お得意のボクシングでは無理だ。関節は無理矢理戻したが、外れたときの痛みがまだ引いていない。トンファーもセンターに置いてあるため、所持していない。

 理人りじんは驚いたような顔を見せたが、すぐさま冷ややかな表情へと戻った。楼義ろうぎは視線を切らないままに言葉を放つ。


「葬儀屋は言ってたな。死点戻してんもどしで無理矢理命を与えて、凄惨な過去を目の前に突き付けて、人が自殺するのを見ることを生業している……それが逆葬儀屋だって」

「君が逆葬儀屋だと知っても、その意見を曲げるつもりはないよ」

「あのあと当該過死者かししゃは自殺した」

「知っているよ。僕の言った通りだっただろう」

「そうだな。だけど一点だけ、ただ一点だけ間違っているところがある。それは逆葬儀屋としてではなく、俺が、袋木ふくろぎ楼義ろうぎが親友である芦和良あしわら理人りじんに対して言いたい」


 理人りじんは煙のような捉えどころのない構えのまま、続きを促すために頷いた。


理人りじん。自殺は、するものじゃない。させられるものなんだ。追い詰められて、させられたんだ。他殺だ。だから、相手が勝手に自殺したんじゃなくて、どこかに卑怯な加害者が居て、そいつが自殺させたんだ。俺は、今の今までそんな簡単なことに気付かないで生きてきた。俺は、兎佳子うかこに出会って、兎佳子うかこを生き直させたいと思って、そう言う結論に達した。だから俺は、お前に勝って兎佳子うかこを逆葬儀する。絶対に卑怯な加害者に殺されないように、俺が守る。この命に代えても。これが安い言葉だと笑うなら笑え。そんな嘲笑もまとめて守り通す」


 理人りじんには、明らかになにか迷いのようなものが見て取れた。今まで切らなかった視線が一瞬だけだが切れたのだ。楼義ろうぎはそれを見逃さなかった。理人りじんとて今の理念を貫き通している理由があるだろう。過去になにかがあったからに違いない。今楼義ろうぎはそれを揺るがすような発言をしたに違いなかったのだ。


「なあ理人りじん。俺はさ、昔、愛する人を守れなかった。ずっと後悔してきた。どれだけ後悔しても、ずっと辛いまんまだった。だから代わりに他の奴を逆葬儀して、生き直させればいいんだって、それがあいつを、風梨ふうりを救えなかった罪滅ぼしになるんだって、馬鹿の一つ覚えみたいに逆葬儀してきた。でもさ、でも違ったんだ。俺のそれはただの逃避以外のなにものでもなかったんだよ。だからもっと早くに向き合わなきゃいけなかったんだ。俺はさ、風梨ふうりが親父に自殺させられるのを見て見ぬふりをした、共犯者なんだって。俺は……犯罪者の息子なんかじゃなくてさ! 俺が犯罪者なんだって! だからもう二度と、俺は俺自身が犯罪者にならないために、全員助ける! 俺が逆葬儀したやつらは全員! これで逆葬儀屋をクビになっても、俺は俺の信念を貫き通す。なあ理人りじん。お前もさ。なんかあったんじゃねーのかよ!? そんな悲しそうに笑うなよ……! もしも、なんか俺に出来ることがあったら、言ってくれよ。なにもできねえかも知れねえけど」


 理人りじんは一度静かに目を閉じた。わずか一秒あったかどうか。そのあと首を小さく素早く横に振って。

 半眼になっていた。

 その半分だけの瞳に、憂いは一分もなかった。

 楼義ろうぎはその眼の置き方だけで、この武人が戦う姿勢であることを悟り、もう一度構え直した。

 腕が外れた痛み、本来の武器が手元にないこと、覚えたてのシラット。どこにも勝機はない。それは、誰よりもわかっていた。ことここに到って、潤香うるかが否定できないほどに、わかっていた。

 勝負は一瞬だ。長くなるほど分が悪くなる。賭けのようなもの。だが、楼義ろうぎが賭けた一点を掴んで放しさえしなければ、勝つ。

 理人りじんが動き出した。間合いを詰めてくる。一瞬で詰まる。だが楼義ろうぎは退きも進みもしない。アンクルブレイクが怖いわけではない。ただそこに覚悟があったから、楼義ろうぎはそこで立ち尽くせた。命のやり取りの場で、ただ立ち尽くせた。

 理人りじんは左手でブラフを入れながら、右手で掌底を打ってきた。楼義ろうぎは顔面で受け止めた。


「な!?」


 声が出るほどに理人りじんは戸惑ったようだったが、すぐさま指先が曲がる。切り替えが早い。楼義ろうぎの眼球を抉る気だ。楼義ろうぎは顔を離さず、両手でその右手をがっちりと握り締めた。右目に理人りじんの人差し指が入ってきて、電気が流れたと錯覚するほどの激痛が走ったが、構わず握り締めた。何度も食らえば失明する。しかし、ただの一度指が入ったくらいでは、失明まではない。激痛に耐えられさえすれば、右手を封じることが出来る。

 理人りじんは空いた左手を楼義ろうぎの股間へと伸ばした。先のことがある。ファウルカップを想定して、蹴るのではなく、ずらして握りつぶす気だ。

 楼義ろうぎは怒号を発する。


兎佳子うかこ! 理人りじんをぶっ飛ばせ!」


 その言葉に反応した兎佳子うかこが、茂みから飛んできて、横から理人りじんにエルボーを叩き込んだ。

 理人りじんは吹き飛ばされそうになったが、楼義ろうぎが右手をがっしりと掴まえていて倒れることはなかった。否、倒れることが出来なかった。兎佳子うかこはふらつく理人りじんとの距離を詰め、顎へアッパーカットや肘鉄を何度も連続して浴びせた。連打、連打、連打。やがて理人りじんが白目を剥くまで、それは行われた。


 楼義ろうぎがやめろと言うと、兎佳子うかこはピタッと止まった。すぐに倒れそうな理人りじんを受け止める。だが受け切れず、バランスを崩して一緒に倒れてしまった。


「ああああ! リジンーー! どうしてローギ!」

「わりぃな。これしか思い浮かばなかった」


 詰め寄る兎佳子うかこに謝り、楼義ろうぎ理人りじんを横たえた。

 近づいてきた潤香うるかが、大きなため息を吐いた。


「確かに、わたしはわかってなかったかも知れない。まさか1対1の勝負に見せかけて兎佳子うかこちゃんを使うなんて」

「人聞きわりぃなあ。共闘だろう?」

「呆れた……。でも、なんで理人りじんくんは灰化葬はいかそうしなかったんだろう?」

「あいつは灰化葬はいかそうするときに右手に力を籠める。だから右手さえ封じておけば、兎佳子うかこ灰化葬はいかそうされる心配はない。で、この状況で一番強いのは兎佳子うかこだ。死なない体だからな。いくら武の達人でも、片手を封じられた状態で不死のシラット使いを相手取ることは無理だろうぜ」


 そこまで言い終わって潤香うるかを見たら、彼女は口元を押さえて心配そうに楼義ろうぎを見ていた。


楼義ろうぎくん、目から血が」

「目潰し食らったからな」

「大丈夫なの!?」

「いやー、知らん。今のところはあんまり見えてない。景色が真っ赤だぜ。でも、まあその内治るんじゃね?」

「なんて無茶な戦い方するのよ!」

理人りじんは強いからな。右手一つ取るだけでも、いろいろと犠牲にしなきゃならなかった。勝つつもりで勝とうとしたら絶対勝てなかったろうぜ。なにもかも犠牲にしてプライドもかなぐり捨てて、ようやく右手を封じられる相手なんだからな。まったく劣等感パねぇわ」

「今すぐ病院へ」

絽眞ろまさんが起きたら行こう」

「いや」


 楼義ろうぎの言葉に答えたのは、絽眞ろまだった。


「大丈夫っすか?」

「さあな。骨が折れてはいるが」

「じゃあ病院へ」

「先に彼女の逆葬儀をしよう。スクランブルまで発令したんだ。彼女の逆葬儀をあと回しにして、俺たちが入院している間に葬儀屋に灰化葬はいかそうされたのでは、屋長やちょうの名折れだ」

「でも、楼義ろうぎくんも目が」

「私が葬儀屋を鎖で縛りあげて、さらに影も開く。二人で彼女の逆葬儀を行え。黄泉津ノよもつのまへ行ったら現世での怪我の進行は止まるし、黄泉津ノよもつのまに居る間は視力も回復する」


 今ここで兎佳子うかこの逆葬儀をすることが決定した。


 兎佳子うかこが首を傾げていると、楼義ろうぎがその頭を撫ぜた。


「心配いらねえよ。必ずお前を殺させない。守ってやる。だからもし、お前が目を覚ましたとき、死にたくなったら俺の名を呼べ。わかったな」

「うん!」

「じゃあ、ちょっとお前の中に行ってくるわ」

「ローギ、ウルカ、いってらっしゃい!」


 絽眞ろまが伸ばした影に、二人は入っていった。

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