第27話 逆葬儀屋VS葬儀屋 4

 三人がそこから離れて歩き始めたとき、ごそりと動く音がした。起きたのだろうか。楼義ろうぎが振り返ると、コノ実は起き上がっていた。そして一瞥、悲し気で虚ろな瞳で楼義ろうぎを射抜くと、視線を切って真っすぐ走り出した。先ほど払いのけたナイフに向かって。

 楼義ろうぎも同時に走り出した。コノ実の方へ向かって。

 コノ実は楼義ろうぎよりも早くナイフに辿り着くと、それを首元に向けた。


「やめろ!」

「それはこっちのセリフよ逆葬儀屋!」


 切っ先が薄く皮膚を破いて首元に赤い線を引いた。


「せっかく楽になれたと思ったのに、人間に戻されて、嫌なこと全部思い出させられて……あんたは人の人生に入り込んでなにがしたいのよ!」

「なにがしたいって、そりゃ」

「生き直して欲しいとかって言うんでしょうね人の気も知らないでバカみたいにエゴと正義を振りかざして神にでもなったみたいな顔して生きてりゃいいこと有るとか死んだら終わりだとか負けるなとか諦めるなとかいつか報われるとかいつか幸せになれるとかいつかいつかいつかって一生来ないいつかに縋りつかせて糞の役にも立たないたわごとを自動生産機みたいにだらだらだらだら垂れ流すんでしょう!」


 彼女の眼は血走っていた。


「自殺するってことは、そりゃとんでもなく不幸なことがあったんだろうって思うさ。だけど話してくれなきゃわかんねえから」

「そうやって! 不幸! って! 括るな! 一言で! お前も不幸だっただろうけど俺も不幸だったんだぜ! みたいな! そういうわかってます! みたいな感じを! まずやめろ! あんたなんか! 自殺したこともないくせに!」


 楼義ろうぎは泣きそうになって「ごめん」と小さく謝って、震えながら頷いた。脳裏に在るのは風梨ふうり。今、目の前のコノ実に重なっていく。

 コノ実は荒い息を吐きながら、口元に笑みを浮かべる。


「私になにがあったかって? 同級生に無視されて虐められて家に帰ったら両親二人に暴力振るわれて飯もまともに食わせてもらえなくて勇気を出して児童相談所に駆け込んだらその受付のおっさんにレイプされたんだよ! それでも頑張って生きなさいってか!? セカンドレイプしておいて偉そうに良く言えるな! お前はどうせなにもわかってないくせにわかろうとすることが正義みたいに考えているからそうやって臆面もなく勝手に生き返すなんて言葉が吐けるんだよクソッタレが!」


 コノ実は血走った目でしっかりと楼義ろうぎの双眸を睨みつけながら、口角を吊り上げた。そのまま躊躇いなく自分の首を掻っ切った。

 おびただしい量の血が楼義ろうぎに吹きすさぶ。彼女は仰向けに倒れながら笑い続ける。


「あはは——」——ごぼぼぼぼぼぼぼっ!


 うがいのような音の濁流が楼義ろうぎの鼓膜にへばりついた。


 倒れた彼女に向かって懺悔するように、楼義ろうぎは膝を突いた。すぐさま救急車を呼べばと思ったが、彼女のガラス玉は粉々に砕けていた。地面に散らばっていた。赤黒い血がそのガラス玉を飲み込んで、確かに生きていたことさえも塗りつぶしていった。


「うああああああああああああああああああああああ!」


 楼義ろうぎは地面を何度も何度も何度も何度も叩いた。もうこんな拳にはなんの意味もない。


 後ろから抱きしめられた。潤香うるかだ、瞬間的に暴れたが、「楼義ろうぎくん、楼義ろうぎくん」と何度も名前を耳元で囁かれて、次第に落ち着きを取り戻していった。


 日はまだ天高く在って、空気の読めない麗らかさを保っていた。太陽はまるで、なんでこんな日に死んでしまったのと嘲笑うように照り付けていた。


 楼義ろうぎの視界の外れで、絽眞ろまは電話をしているようだった。過死者かししゃが逆葬儀されたあとで死んだことを報告しているのだろう。逆葬儀屋としてはこのまま放っておかなければいけないが、報告なしでは事件性を疑われてしまうからだ。


 通話を終えた絽眞ろまが、楼義ろうぎの肩にそっと手を置いた。


「ちょっといいか?」


 楼義ろうぎはなにも返答できないまま、絽眞ろまを見るともなしに見ていた。

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