第11話 葬儀屋 2

「ユー、若葉わかばを頼んだぞ」

「ちょっと待って! フーくん、葬儀屋は戦うことを望んでいるの?」

「逆葬儀の最中にわざわざ現れたんだから、そのつもりなんだろうぜ」


 トンファーを両手に構え直し、向き直る。


「一応聞くが、手を引く気はないか? そうすりゃ痛い目に合わねえで済むぜ」


 しかし葬儀屋と呼ばれた男は肩を竦め、手の先を楼義ろうぎに向ける。掌を上に向け、クイクイッと指を曲げる。

 徒手空拳で相手をすると言うことか。


 楼義ろうぎは足を半歩後ろに退いて、その場でステップを踏んだ。拳は顔の近くで握り、正中線はやや捻ってずらしている。ボクシングの構え。

 対して葬儀屋は、足を肩幅に開いただけで特別構えているようには見えなかった。通常は隠すはずの正中線を思い切り敵に向けた状態だ。


(素人か? 噂に聞く葬儀屋は相当腕が立つらしいが)


 もしかしたら誘っているのかも知れない。だとしたら向かって行くのは危険である。しかし楼義ろうぎは一向に攻めて来ない葬儀屋に痺れを切らし、向かっていった。

 相手の足蹴りのリーチに到達しようかというところで、トンファーをくるくると回す。短い方で打ち込むのか、或いは長い方で振り払うのか。ギリギリまで悟らせないための技術だ。

 しかし葬儀屋は意に介さないと言ったように、ただそこに立っている。はたから見れば棒立ちしているようにしか見えない。だが——


(打ち込めねえ……!)


 距離を詰めたのも楼義ろうぎ。駆け引きを持ち掛けたのも楼義ろうぎ。しかしこの場で主導権を持っているのは明らかに葬儀屋だった。

 後ろに置いた足で地面を蹴って、前進。左手でジャブを打つモーションから肘を返す。トンファーがくるっと回転してリーチが伸びる。葬儀屋は半歩さがり上半身を退いて躱した。鼻の頭をギリギリ掠めない程度。完全に見切られている。

 楼義ろうぎはさらに地を蹴って間合いを詰めた。

 同じ要領で右手を突き出して肘を返す。葬儀屋は造作もなくそれを避けた。小刻みにステップ。重心を変えてさらにもう一歩詰める。だがその直後、葬儀屋の体勢が変わった。前傾姿勢。楼義ろうぎは詰めかけた間合いを外して防御の体勢を取る。葬儀屋が大きく踏み込んだ——ように見えた。が、その実彼の体は一歩半以上後ろに後退していた。

 フェイント。

 タイミングを外された楼義ろうぎは、よろけて尻餅を搗いてしまった。

 バスケットで言うところのアンクルブレイク。例えれば簡単にできそうだが、楼義ろうぎが戦いの中でそれを食らったのは初めてのことだ。ましてや自分がただのフェイントでこけるなど、思いもよらない。

 無防備になったところへ葬儀屋の前蹴りが飛んでくる。トンファーでガードするも、体勢を崩した状態の楼義ろうぎはそのまま大きく後ろへ弾かれる。

 もんどりうちながらも、体勢を立て直して構え直す。

 向かってくる葬儀屋を迎撃するべくステップ。しかし葬儀屋は直前で止まる。ならば、と楼義ろうぎが半歩前に出ると、葬儀屋は合わせてバックステップ。


(逃がすか!)


 さらに前進を深める楼義ろうぎ。攻撃のモーション。肘が開く。刹那。


 ——ドンッ。


 衝撃が楼義ろうぎの胸に走った。

 そこには葬儀屋の掌があった。先とは逆のフェイントで距離を一気に詰められ、ガードが開いたところに掌底がクリーンヒットしたのだ。そこから流れるように攻撃が紡がれる。

 掌底に使った掌をそのままかち上げ、楼義ろうぎの顎を捉える。同時に肘鉄が鳩尾に入る。その肘鉄を抜かず、体全体を捻って顎へと走らせた。

 顎へと走った攻撃は二回ともクリーンヒットを免れた。ネックゲイターのおかげで正確な顎の位置がわからなかったためだろう。が、掌底と肘鉄を胸に受けた衝撃で、肺の空気がすべて外に出て一時的な呼吸困難に陥った。楼義ろうぎの口から唾液と胃酸が迸る。それらはネックゲイターに染み込んだ。涙で景色が滲む。楼義ろうぎの指先が痺れ握力がなくなったところで、葬儀屋にトンファーを奪い取られた。次の戦法を考えるより早く、葬儀屋はトンファーを用いた攻撃に移る。


(チッ、トンファーも使えるのかよ!)


 葬儀屋はグリップを持たず、柄の長い方の先端を掴み、まるで三日月鎌を扱うように振った。グリップの先端が楼義ろうぎの両肩に刺さる。楼義ろうぎはトンファーに引っ張られるままに寄せられ、膝蹴りを食らう。体重が乗ったそれは両手での防御をあっさり貫通。楼義ろうぎは衝撃を殺しきれず再び吹き飛んでしまう。


「フーくん!」


 潤香うるかは倒れた楼義ろうぎに駆け寄る。


「おい! 若葉わかばから離れんな!」


 その言葉に潤香うるかが反応するより早く、葬儀屋はトンファーを投げ捨て、一気に若葉わかばへと近づいた。左手で自身の右手首を掴み、一瞬力を込めたのち、若葉わかばに触れた。

 触れただけだ。

 瞬間、若葉わかばのすべてが灰に変わった。灰になって散り、風に流れた。まるで初めからそこにはなにもなかったかのように、消え失せた。


 葬儀屋は合掌した。既に灰になり、そこには居ない若葉わかばに対して。

 楼義ろうぎは膝から崩れ落ちる。


「嘘だろ……」


 ——灰化葬はいかそう

 逆葬儀屋の中で知らない者はいない。葬儀屋は生きていない者に触れるだけで一瞬のうちに灰へと変える特殊能力を備えている。過死者かししゃは死に損ないで生き損ない。つまり、死んでもいないが生きてもいない存在だ。生きていないものを灰に変えると言う道理が通るなら、当然灰になる。


「どうして……」


 楼義ろうぎは唇を戦慄かせた。


「どうして過死者かししゃの未来を奪うんだよ! なんなんだテメェは! あいつは……若葉わかばは逆葬儀されたら生き直すって言ってたんだぞ!」


 楼義ろうぎは涙を湛えて喚き散らした。静かに振り向いた葬儀屋のフードの隙間から垂れた髪は赤から白に変色していた。表情は仮面に隠れて見えなかったが、それでも冷ややかな視線が送られたことは、肌で感じられた。


「正しいことをしたまでだ。貴様ら逆葬儀屋がやろうとしていることは、もうすでに死んだ人間に屈辱と恥辱を与えて苦しめるだけの行為だ。自然の摂理に反してまで、どうして死者をいたぶる。死者にしてやれることは、手を合わせることしかない」


 目を見開いた楼義ろうぎは、急速に自分の瞳が乾いていくのを覚えた。


「そりゃ……、確かにあのとき……風梨ふうりは——」


 ぼそぼそとした呟きに、潤香うるか楼義ろうぎを覗き込む。その視線に気付いて首を振る。


 葬儀屋は灰化葬はいかそうを終えて、もう楼義ろうぎたちと争う理由もなくなったためか、間合いを気にすることもなく歩き去ろうとした。その去り際に楼義ろうぎに一瞥をくれる。


「そこの女を責めないことだな。貴様が強ければ良かっただけの話だ。それによしんば逆葬儀が出来ていたとしても、彼女は藻掻き苦しみながらもう一度死を選んだだろう」


 ——『私、逆葬儀してもらったら、きっちり生き直しますね』


 笑みを咲かせた彼女はもうそこにはいない。

 若葉わかばの笑顔と、思い出の中の少女の笑顔が、脳裏の奥で重なって消えた。

 楼義ろうぎの開いていた掌が、握られた。


「うぉぉぉおおおお!」


 思い切り拳を振りかぶりながら近づいていく。

 葬儀屋は楼義ろうぎの攻撃の線上からどかず、半歩退きながら緩やかな円を描くように手を徐々に上げていく。拳が円の間合いに到達した瞬間、楼義ろうぎに引っ張られるような感覚が走った。伸び切った腕の関節を極められ、そのまま円運動に巻き込まれるような形で投げられる。

 仰向けに寝転んだところに、追撃の掌底が振り下ろされ、楼義ろうぎは気絶してしまった。

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