第十一話・出会い
私は、町の郊外にあるリサイクルショップで働くようになった。持ち込まれた商品の点検などをする裏方の仕事。私は、古本やCD、DVDなどをチェックして陳列できる状態にする担当を任された。
その店のオーナーは、鈴木さんの友人らしい。私がこの町に来た経緯を知った上で雇ってくれた。とはいえ、いつパニック発作が起きるか分からない、体調が不安定な私は、週に二回くらいの数時間勤務だったりする。
フルタイムで働けるようになるまで、私は生活保護を受給する事を選んだ。早く独り立ちできるようにならなきゃと、焦りが強くある。
「おはようございます。新原さん、今日は体調どう? いけそうなら、今日はコミックのセット詰め、教えていくからね」
先輩の田渕さんが、元気よく伝えてきた。
店内内職ともいうらしい私がしている仕事は、たくさん稼げない歩合制でもある。例えば、古本一冊を乾いた布で丁寧に拭いて、中に折れや汚れがないかを全部見る。それを十冊して五円。稼ぎたい人は、作業単価の高いものを選んで数をこなす。そういう人は、副業でこの内職をしているようだった。中には、私のように生活保護の人もいたのかもしれないけど、自分からそれは言わないものだから分からない。
田渕さんの指導のおかげで、コミック以外の作業も覚えられ、月に一万ほどは収入を得られるようになった。その収入を、福祉事務所に申告していく。保護費は申告分から引かれたものが出る。
接客してみようかと言われ、一度、レジに立った事があった。半年経ったくらいの頃だった。
待っているお客さんに責められているような気持ちになった瞬間、レジに並ぶお客さんたちの顔が、全員、春哉に見えた。
「ごめんなさい!」
怒られる、殴られる、突然の恐怖心におそわれ、私は倒れてしまった。
スタッフルームで目をさますと、明後日の会のスタッフさんと、店のオーナーが私を心配そうに見ていた。
「まだ、接客は厳しかったね。ごめんね、つらい事、思い出したんじゃないかな」
オーナーに謝られて、私は恐縮しながら、頭を下げるしかなかった。
その日から居心地は悪くなり、仕事に行こうとすると、お腹や頭が痛くなるようになった。でも、辞めるという選択肢は私にはない。早く、ちゃんと働けるようにならなきゃという焦りがあったから。
十ヶ月くらい経ったある日、仕事に行く途中で、足が思うように動かなくなった。
自転車で通勤していた私は、バランスを崩して自転車ごと倒れてしまって、痛みで座り込む。
足や手の擦り傷だけじゃない。心も駄目になったと、自覚した。
動けなくて途方に暮れた時、私は「助けて」と、車しか往来しない道の端で呟いていた。
「大丈夫ですか?」
原付バイクが私の近くにとまり、ヘルメットを外しながら、話しかけてきた。
私はその人を見上げる。涙でぐちゃぐちゃになった顔を恥ずかしげもなく見せた。
「立てますか? すぐ近くにバイト先の喫茶店あるんです。ここからも看板見えてます、ひらがなで『かふぇこっとん』って」
男の人。私は、身構えてしまっていた。春哉じゃないのに?
医者や福祉事務所の男性は、そこまで怖いと思わない。オーナーも男性だけど、鈴木さんの知り合いだという安心感からか、大丈夫だった。
私の震えを察したのか、その人は店まで走って、女の人を連れてきた。
「谷くん、怖がらせたんじゃないの? 図体でかいんだから」
「あ、あの、すみません、その方は、悪くありません、私が、勝手にこけただけです」
「ね、俺のせいじゃないって。でも、動けなくなってるから、手を貸したいんだけど、俺の肩か腕を掴むとか、大丈夫ですか?」
オロオロする様子をみて、涙がひいてしまっていた。春哉とは違うタイプだと感じたのかもしれない。
私は、カフェから来た女の人と谷くんと呼ばれた男の人に抱えられるようにして、『かふぇこっとん』に向かった。
擦り傷などの手当の前に、怪我をしたから仕事を休むと連絡した。こんな感じでまた次も行けなくなったら? と、不安がよぎる。
手当てをしてもらったあと、コーヒーを注文して、なんとなく流れで自己紹介をした。
「谷 容一、二十一歳、大学生。趣味は音楽で、好きなコーヒーはマンデリン」
「私は、新原実穂子、です」
「え、それだけ? わたしは、中西こずえ、三十歳。バツイチで、フリーター。好きなコーヒーはモカ・マタリ。趣味は、ドライブかな」
「それだけってね、中西さん。初対面で個人情報全部話す人は、いまどきいないよ?」
「そっか、それもそうだよね。うん、ごめん。自転車は店の裏に置いてるから、今日はわたしが、家まで送るよ」
中西さんは、満面の笑みで私を見た。
この出会いで私は変わっていくなんて、その時は知らずにいたのだった。
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