第190話 心配になるな

 特級レベルの妖怪は全国を探しても殆どいない。

 この再生力と血の万能性はきっと役に立つ。


「なんで儂が人間の僕にならぬといけないのじゃ! 嫌じゃ!」


 と封印されているのに駄々をこねる。


「こんな馬鹿、要りませんでしょう? 今すぐ骨まで燃やしましょうか?」


 莉世が冷たい目でプリシラを見る。


「……この! 封印されているからと調子に乗りおって! お前なんて儂が万全の状態ならバラバラじゃぞ!」


「この女は、御頭も足りないようですわね」


確かに少し頭が悪い気もするが……まあいいだろう。


「プリシラ、俺の式神になれば活躍次第で俺の血をやろう。どうだ? このまま再び千年封印されるよりいいと思うが」


「なぬ! 血をくれるのか! 本当か⁉ うーん……なら良いぞ! いっぱいくれるのじゃな?」


 やっぱり馬鹿かも知れない。

 本当にこんな交渉で上手くいくなんて……逆に心配だ。


「活躍次第だ……優秀ならいっぱいもらえるぞ。本名を言え」


「分かったぞ! レイン・ブラッドシーク・プリシラじゃ!」


 やはり馬鹿だ……式神にするのは早まったかもしれない。

 いや、プリシラを信じよう。

 俺は契約の呪を唱える。


「臨兵闘者皆陣列前行。我が名は芦屋道弥。芦屋家にその名を連ねる陰陽師也。我が名において、命ずる。レイン・ブラッドシーク・プリシラよ、我と契約を結び、我が式神と成れ。急急如律令!」


 呪に応じて、霊気がプリシラを包み始める。


「良いぞ!」


 プリシラの元気のよい返事と共に、その全身から光が放たれる。

 そして光が消えるとプリシラとの繋がりを確かに感じる。


「ううむ……確かにお主と繋がりを感じるのう。不思議なものじゃ。まあ良い。お主をしばらくは主と仰ごうぞ! 主よ、早速血をくれ!」


 と笑顔で言う。


「プリシラ、そんなことよりお前縮んでないか?」


 会った頃は二十歳くらいの見た目であったが、今はせいぜい中学生くらいになっている。


「これは血が足りないからじゃな。考えてもみよ、主よ。あれだけ刀で斬られて焼かれたのじゃ、血をどれだけ消費したと思っておるのじゃ。いわゆる省エネモードじゃ。血を貰えれば、元に戻るぞ!」


 血が足りないと小さくなるのか……止めを刺す時に子供なの嫌だな。


「そうか。だが、プリシラ。俺は最初に伝えたはずだ。活躍に応じてとな。まだ何もしてないのに上げるのはおかしいだろ」


 俺の言葉を聞いたプリシラの顔が大きく歪む。

 ショックで真っ青になっている。

 なぜもらえると思ったんだ。


「一口でも良い……欲しいのじゃ。主の血はおそらく素晴らしいのじゃ。儂が保証する」


 そんな保証要らんわ。

 だが、一口くらい上げた方が、今後頑張るかもしれんな。


「仕方ないな。だが、一口だけだぞ。決してそれ以上吸わないように」


 指でも切って、血を垂らせばいいだろう。


「本当か! ありがとうなのじゃ!」 


 言うや否や、プリシラは俺の首にかぶりつく。

 そして、俺の血が抜かれた感覚を覚える。そして、一口以上吸っている。


「おい、馬鹿。吸い過ぎだ」


 俺がプリシラを弾き飛ばすと、その顔は恍惚の表情を浮かべている。

 口からはよだれが垂れており目線も全く定まっておらず、最初の美しい姿は見る影もない。


「ああ……儂はこのために生まれてきたのじゃな……! これほどの血、今まで飲んだことはない! 主よ! お主の血は最高じゃ! どんな素晴らしい血も、お主の血には適うまい! もう一口、もう一口だけくれなのじゃ!」


 と中毒者のゾンビのようなことを口にするプリシラ。

 手を伸ばすプリシラを止めたのは莉世。


「この変態が……! お前如きに道弥様の血は千年早いです! 私も殆ど飲んだことがないのに、不届き者!」


 とプリシラに蹴りを入れる。


「なんじゃお前こそ! 主の血は国宝物じゃ! 世界中の吸血鬼がよだれを垂らして欲しがるぞ! 儂には飲む権利がある」


「あんたなんてトマトジュースで十分です! とっとと失せなさい!」


 と激しいバトルが勃発した。

 血も上げたし、もういいな。

 アドルフが死んでいないかだけ確認して帰るか。


 アドルフの元へ向かうと、体のあちこちが曲がってはいけない方向に曲がっているが、息はしている。

 後で病院に放り込んでおくか。

 そう言えば、陰陽師協会に終わったら連絡すると言っておいたな。

 俺はすぐに電話をかける。


「もしもし、芦屋三級陰陽師です」


「はい、陰陽師協会の杉並です。芦屋さんですね。話していた妖怪について、どうなりましたか」


「無事終わりましたので連絡をと思いまして」


「ご連絡ありがとうございます。無事終わったんですね、良かったです。三級陰陽師が複数名犠牲になったと聞いて、対策について話していたんですよ」


「もうこちらに関して対策は不要です。そう言えば、夜杉町奪還に関して、どうなりましたか?」


 桜庭先輩が心配で状況を尋ねる。


「それなんですが……結論から申し上げると、奪還作戦は失敗です。派遣した陰陽師達はほぼ壊滅です」


「壊……滅?」


 俺はただオウム返しのように言葉を返すことしかできなかった。

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