第24話 旅立ち
「道弥、起きなさい。夏休みだからといって、いつまでも寝ていては駄目よ」
母の声で目を覚ます。俺は眠い体を起こし、洗面所に向かう。
俺は六月の誕生日で、十五歳を迎えた。鏡に映るのは中学三年生になった自分の顔だ。
顔自体は整っているが、どこかけだるげな表情が映っている。目つきが悪いのは人を信じられない心故か。
「道弥は顔全体は私に似ているけど、目つきだけ悪くなったわねえ」
と母が後ろから言う。
放っておいてくれ。
居間へ向かうと、父が既に朝食を食べている。
「おはよう、道弥」
「おはよう、父さん」
「道弥、今日出るのか?」
父が真面目な顔で尋ねてきた。
「今日発つよ」
「私もやっぱりついていった方がいいんじゃないか? 一人で妖怪探しなんて。強くてもお前はまだ子供だ」
父が心配そうに言う。
「心配しなくても大丈夫だって。無理はしないから」
「……そうか。何を式神にするか、これは陰陽師として最も大事なことの一つだ。後悔しないようにしなさい」
父は何かを察したように、それ以上口を出さなかった。
父は、既に陰陽師としての実力は俺の方が高いことを察している。
俺は来きたる一か月後の陰陽師試験に備えて、式神を探す旅に出ることにしたのだ。
ようやくだ。長かった。陰陽師試験を受けられるのは十五歳以上。それまで、陰陽師にはなれない。
未だに俺には式神が居なかった。それは俺が求める式神のレベルに、俺自身が今まで達していなかったことが大きい。
十五になることでようやく前世の霊力が全盛期の三割程度戻った。
新しい体の霊力が二割、合計でようやく全盛期の半分ほどだ。
今の俺ならある程度の数、前世で調伏していた妖怪達を再び調伏できるだろう。
テレビの方に目を向けると、いつものように陰陽師TVが流れている。
「皆さん、一か月後の八月二十日、遂に年に一度の陰陽師試験が開催されます! 陰陽師を目指す者達は今、必死で特訓でしているでしょう」
陰陽師服である狩衣を来た男性が陰陽師試験について話している。
「毎年、試験の合格率は一パーセント程という狭き門らしいですが、どれくらい難しいのでしょうか? 陰陽師は高収入であることや、上位の陰陽師の方の人気から、毎年多くの方が受けると聞いています」
アナウンサーの女性が陰陽師の男に尋ねる。
「そうですねえ。毎年二万人以上が受けるんですが、受かるのは二百人程度しかいません。合格率一パーセントは様々な試験の中でも最も高い試験の一つでしょう。勿論、受験資格が緩いですから一概一番難しいとも言えませんが。やはり高収入なのが、受験生を呼んでいるのかもしれません。平均年収一千万円を超えますから」
と陰陽師の男が笑って言う。
俺は、父がぼそりと、俺は一千万もないけどね、と呟いたのを聞き逃さなかった。
スルーしよう。
「凄いですねえ。いまや上位の陰陽師は国を代表する存在なこともあり、アイドル並の人気があることも一因かもしれません。学歴などが必要ないのも大きいんでしょうか」
「必要なのは才能です。霊力の有無は本人の素質によるものが大きいですから。それに、陰陽師は命の危険が伴います。これだけの収入は危険を考えると当然とも言えるかもしれません」
「なるほど。厳しい世界ですが、それだけにリターンも大きいということなんですね。試験結果は公開されることもあり、今年も盛り上がりそうです。今年は、陰陽師家で最も有名な御三家からも多くの人が受験されるようです。宝華院家本家からは、
そう言って、二人の映像が流れる。
優等生そうな兄渚と、ヤンチャそうな弟陸が映っている。二人は結界を張っている様子が撮られていた。
こいつらが今年の受験生か。
まあ、誰が相手でも関係ないか。
「道弥、お弁当取りに来てー」
「はいはい。父さん、少し行ってくるよ」
「ああ」
俺は母に呼ばれて、台所へ向かった。
道弥が台所に向かった後、することもない悠善はテレビを見ていた。
「今年は安倍家本家からも出るようです。安倍夜月あべやつきさんと言って、綺麗な銀髪が目を引く少女ですね。霊力も高く、将来も期待されています。なによりこのキュートなルックス。大人気になりそうです」
アナウンサーがアイドルを紹介するように話した後、テレビ画面に映ったのは夜月。綺麗な銀髪を靡かせ中学校から帰っている夜月の姿が映っていた。
「夜月……ちゃん……? 安倍家の者だったのか!」
それを見ていた悠善は驚愕の表情を浮かべる。
息子と仲の良い夜月が安倍家の者であることを知らなかったからだ。
「このことを道弥は知っているのか?」
悠善は台所を見る。
少し悩んだ末、悠善は尋ねることを辞めた。
(子供の交友関係に口を出すのもな。それに私が口を出さなくても、世間は……)
安倍家と芦屋家の仲の悪さは陰陽師業界で知らない者は居ない。とはいっても力の差がありすぎて、いじめのようになっているが。
結局、悠善はこのことを道弥に話すことをせず、道弥はそのまま埼玉県を目指して家を発った。
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