第3話
着いたのは、どこかの森だった。
地名は分からない。
下車した駅でアナウンスが流れていたけど忘れてしまった。
森の緑は深かった。太い枝に生えた葉たちが太陽を遮り、まだ昼前なのに薄暗い。地面は落ち葉と石がいっぱいで歩きにくかった。ジュンはサンダルだけど大丈夫かな?
「誰もいないね」
前を歩くジュンが言う。森の中に入ってから初めて喋った。
「うん。いない」
返事をすると、
「俺とマイコの2人だけだ」
彼は楽しそうな声を出した。
(あぁ、幸せだな)
と、思った。
私はジュンが笑うと嬉しい。
ジュン以外の人が笑っているのを見ると、『何でこの人はこんなに楽しそうに生きているんだろう?』とか、『何でこの人は抗うつ剤を飲んでいないのに正気を保つことが出来るんだろう?』とか考えるのに。
「ねぇマイコ」
「何?」
「俺のどこが好き?」
え、急に?
「うーん、そうだな……」
そんなのたくさんあるよ。だけど1番は……。
「私の話を聞いてくれるところ」
ちゃんと伝えたくて、ゆっくりと、しっかりと話した。
「ジュンってさ、私がどんだけ愚痴っても、毒を吐いても、〝辛いのはみんな一緒だよ〟とか〝みんな苦しいけど我慢してるんだよ〟って言わないじゃん? そこがすごく好き」
「はは。マイコはそれ言われるの嫌いだもんねー」
「うん。大嫌い。だってさ、私は〝私が〟辛くて苦しいから、話を聞いてほしいんだよ。なのにどうして他人のことを持ち出してくるの?」
「みんな頑張ってる。みんな一生懸命に生きている。……そんなの言われなくても分かってるしねー」
「そう! だいたいそんなこと言われても惨めになるだけなの。みんなが我慢出来ることが、自分には出来ないんだって思い知らされて。いや、そもそもみんなが我慢してるからって、何で私も我慢しなきゃならないんだよ。てゆうか〝みんな〟って誰のことだよ? どこのどいつだよ。そいつら連れてこいよ」
〝辛いのはみんな一緒〟?
〝だからがんばれ〟?
やめてよ。
ありきたりな言葉並べてんじゃねーよ。聞き飽きたわ。
何がガンバレだよ。根性や気合いでどうにかなるわけねーだろ。
精神論で解決するんなら精神科なんて要らねぇんだよ。
あなた達には分からない。
学校で友達作って、青春して、卒業して、就職して結婚して出産して育児してマイホーム買って働いて働いて働いて。
この世界の醜さと理不尽さに、常に耐えて、時に抗って。
助け合って傷つけあって愛し合って誰かに生かされて誰かを生かしていく。
そんなにすごいことを平然とやっていける奴らに、私の気持ちが分かるわけがないんだ。
あなた達はすごい。
あなた達は強い。
生きていく上で必要な、基本的な強さを持っている。
だから〝死にたい〟と言う人間に、〝死ぬな〟とか〝生きていれば良いことあるよ〟なんて言えるんだ。
(クソだな)
脳裏にいろんな人の顔が浮かんだ。私を叱って励ましてくれた人たちだ。
吐き気がした。
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