第186話 色気

「勝った」


「勝ったわね」


「勝ちましたね」


 ソニアの試合が終わると、フィエラ、シュヴィーナ、セフィリアの順に彼女が勝ったことに少し驚きを滲ませた声で呟いた。


「面白いね、彼女。シャルエナ殿下も決して弱い訳じゃないし、寧ろこの学園では一番強いとすら言える。そんな彼女をあんな魔法で倒すなんて……さぞかし面白かったんじゃない?ねぇ、ルイス君?」


「く…ふふ…あぁ、本当に面白い…」


 ソニアがまさかあんな魔法を使って、しかも俺を模倣してシャルエナに勝つなど想像できただろうか。


 いいや、全くの想定外だ。


「面白くて面白くて……今すぐにでも殺し合いたいな…」


 俺が俺と戦ったらどうなるのか。両方とも死ぬのか?それとも戦い方次第でどちらかが死ぬのか?分からない。だから試してみたい。例え俺が殺されてもいいから、自分自身と戦ってみたい。


 そんな感情が溢れてしまい、俺は思わず笑ってしまう。


「うわー、やばいね」


「エル。その顔はなんかダメ」


「色気が凄いわね」


「結界魔法を張った方がよろしいでしょうか」


 フィエラたちが何かを言っているようだが、そんな事は気にもならず、俺は先ほどソニアが俺を模倣して戦っていた時のことだけを考える。


(今の俺をソニアに模倣させて、さらに俺の力を抑える魔道具を使えば楽しめるだろうか。あぁ、いいなぁ。やってみようかなぁ。ソニアに頼んだらやってくれるかな。あいつが死んだらセフィリアに生き返らせれば済む話だし、俺が死んだらそれで終わりだ。俺が俺に負けたってだけの話だから気にしなくていい。やりたいなぁ)


「エル。いい加減目を覚まして」


「ん…?」


 俺がどうしたらソニアに今の俺を模倣させられか考えていると、横から顔目掛けて拳が迫ってくるのを感じたので、僅かに後ろに体を反らせて避ける。


「顔を狙うなと言ってるだろ」


「目が覚めた?」


「目?なんのことだ」


「無自覚なんて相当ね」


「君、今すごい顔してたんだよ?」


「すごい顔?」


「とても人様にお見せして良いお顔ではありませんでした。その証拠に、周りをご覧ください」


 セフィリアに言われて周りを見てみれば、何故か女子生徒たちが顔を赤らめてこちらを見ており、視線が合った男子生徒ですら気まずそうに顔を逸らした。


「なんだあの反応」


「みんなエルの色気にやられた」


「は?」


「もうあんな顔しちゃダメ。私以外に見せないで」


「意味がわからん」


「とにかく約束して」


 フィエラが何を言っているのかは全く分からないが、シュヴィーナとセフィリアも頷いていたので、とりあえず適当に話を合わせておく。


「よくわからんが、面倒だから従っておくよ」


「ん。そうして」


 俺がフィエラの意見に従うことを伝えると、彼女は嬉しそうに尻尾を振り、未だこちらをみている女子生徒たちを軽く睨みつける。


 それだけで女子生徒たちは視線を舞台の方へと向けると、フィエラはまた尻尾を揺らして腕に抱きついてきた。


「それで?さっきは何を考えていたのかしら?」


 シュヴィーナはそんなフィエラをいつものことだと言わんばかりに無視すると、何を考えていたのかと尋ねてくる。


「ソニアに今の俺をあの魔法で模倣させて戦ったらどっちが勝つのか試したくなったんだ。けど、よく考えたら今のあいつじゃ俺が勝つことになるからやめた」


「そうなのですか?」


「あぁ。あの魔法は確かに俺の動きを模倣していたが、動きが単純すぎる。多分だが、ソニアの考えたことに合わせて、彼女の知っている俺だけを模倣しているんだろう。トレースとは言っていたが、おそらく思考と指示自体はソニアが出しているんだと思う」


 俺も闇魔法に相手を模倣する魔法がある事は知っていたが、実際に使った事はなかったため効果の詳細までは分からなかった。


 しかし、ソニアが実際に使っているのを見て、あの魔法がどういうものなのかを理解する。


 闇の追跡者は、確かに記憶の中にある人物の動きを模倣することができるようだが、思考や経験、そして戦術までは模倣することができないようだ。


 簡単に言ってしまえば、ソニアがあの魔法を使って俺をトレースした場合、確かにソニアが知っている通りに俺の動きを模倣することができるようだが、結局はソニアが知っている範囲に留まってしまう。


 しかも、思考や戦術はソニアの経験に基づいて行われ、それに俺の動きを落とし込んでトレースしている訳なので、結局は俺の動きが真似できるだけのソニアということになってしまうのだ。


「つまり、あれはあくまでもソニアの知っている範囲で俺の動きを真似しているだけで、俺の経験に基づいた思考や戦い方は真似できないってことだ」


「なるほどね。だからルイスの動きが真似できているようで、戦い方や攻め方がソニアらしかったのね」


「そういうことだ」


 俺の記憶や経験すらトレースできれば、それこそ俺の完璧な模倣とも言えるが、残念ながらそこまでのトレースはできないようだ。


 俺の思考や戦い方は、現在だけでなく過去の俺の経験も踏まえて最適化されている。


 であれば、過去の俺を知らないソニアが完璧に今の俺を模倣できるはずもなく、必然的に彼女が今の俺を模倣しただけでは勝負にすらならない。


(いや。俺の記憶を全てソニアに移せばあるいは……ダメだな。その前に廃人になりそうだ)


 一瞬、俺の記憶を全てソニアに移すことができれば可能かとも思ったが、その前にソニアが廃人になる可能性が高いため、断念するしかなかった。


 いつかは自分自身とも殺し合ってみたいなと思いながら、ライムが決勝と三位決定戦の前に休憩を一度挟むことを宣言したのを聞くと、俺たちは闘技場の外へと出るのであった。





 一時間の休憩を終えて闘技場へと戻ってくると、しばらくしてからライムが舞台の上へと出てくる。


「さぁ!五日間の武術大会も残すところあとに試合!!今年はなんと、大会が始まって以来初となる、一年生同士の決勝戦だよ!すごいねぇ。今年の一年生は優秀だぁ!!あ、ちなみに、二人とも私が担当しているSクラス生なんだ!担任が優秀だからかもしれないね!だ・か・ら!お給料あげてほしいなぁ〜なんて言ってみたりして」


 ライムがそう言うと、観客たちからは笑い声が上がり、学園長のメジーナは苦笑し、上司のセマリは僅かに怒りで震える。


「な、なんか背筋がゾワっとしたからこれ以上はやめておくね!さて!そんな期待の一年生の決勝戦を行う前に、まずは三位決定戦を行うよ!選手入場〜!!」


 ライムの合図と共に、右側からはシャルエナ、左側からはアイリスが相手をした三年生Sクラスの男子生徒が舞台へと上がる。


 どうやらシャルエナは、魔力回復薬でソニアに吸収された魔力を回復したのか、今はなんともないようだった。


 それからライムによる選手紹介が行われると、審判役の教師が舞台へと上がり、試合開始の合図をする。


 最初に攻めたのは対戦相手の男子生徒で、手に持った巨大な斧を容赦なく振り下ろすと、重そうな一撃がシャルエナへと迫る。


 しかし、彼女は冷静に武器の間合いと軌道を読んでギリギリのところで躱すと、下がるのではなく逆に踏み込み、男子生徒の懐へと入り込む。


 間合いに入ったシャルエナは刀に魔力を流し込むと、そのまま氷居神刀を放とうとするが、あろうことか男子生徒は地面に叩きつけた斧を手放すと、シャルエナと同じく距離を詰めて身体強化を纏わせた拳を振るう。


 予想外の対応に驚いたシャルエナは、避けることができずに男子生徒の攻撃を右脇腹に食らうと、勢いよく闘技場の端まで飛ばされた。


 シャルエナはなんとか受け身を取って衝撃を殺すが、防御が間に合っていなかったのか咳き込みながら脇腹を抑える。


 その間に斧を回収した男子生徒は、未だ立ち上がれていないシャルエナに迫りもう一度斧を振り下ろすと、彼女は慌てた様子で地面を転がりそれを避ける。


 転がった勢いを利用して立ち上がったシャルエナは、刀を構えて逆に攻めるが、男子生徒は臆した様子もなく距離を詰めると、蹴りや体当たりでシャルエナに刀を抜かさないよう立ち回る。


「うまいね。シャルエナ殿下との戦い方をよく理解してる」


「あぁ。さすが三年生といったところだな」


 カマエルの言う通り、男子生徒の戦い方はシャルエナ相手に非常に上手く立ち回っており、彼女は男子生徒に対してほとんど反撃ができていない。


 シャルエナが使う居合は、刀を鞘から引き抜く関係上、極端に間合いを詰められると刀を抜くことができなくなる。


 男子生徒はそれを理解しているらしく、シャルエナに刀を抜かさないよう立ち回ることで、彼女に反撃をさせないつもりのようだ。


 何度か同じ光景が続き、シャルエナが一方的にダメージを負っていると、彼女は真剣な表情でもう一度男子生徒へと近づく。


 男子生徒はこれまでと同じように自身からも距離を詰めるが、それを見たシャルエナは刀の柄から手を離すと、男子生徒の放った拳打を躱し、その腕を掴んで男子生徒を背中に担ぎ上げる。


 そして、そのまま男子生徒を思い切り地面に叩きつけると、彼はあまりの衝撃にすぐに立ち上がることができなくなる。


 シャルエナはその間に魔力解放をして氷魔法を発動すると、男子生徒の下半身を氷で凍結させて動けないよう拘束した。


 そして、刀を突きつけられた男子生徒は諦めたように両手を上げると、降参したと口にする。


「いい戦いだった」


「そうね。最初はどうなるかと思ったけれど、同じことをあえて繰り返すことで、相手を油断させたみたいね。さすがだわ」


 シュヴィーナの言う通り、終わってみればシャルエナはそれほどダメージを負った様子もなく、その様子から、最後の流れまでが彼女の作戦であったことが窺える。


 こうして、多少苦戦した感じはあったが三位決定戦はシャルエナの勝利で終わり、次はいよいよ決勝戦が始まるのであった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021






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