第81話 学園長
「おつかれ」
「ありがとう」
試験を終えて戻ってくると、フィエラが俺のことを真っ先に出迎えてくれる。
「エイル。さすがにあれはやりすぎじゃないかしら?ソニアを見てみなさいよ。驚きすぎて女の子がしちゃいけない顔をしているわ」
シュヴィーナに言われてソニアの方を見てみると、確かに目を見開いて口を半開きという何とも残念な顔をしていた。
「ほら、ソニアも正気に戻りなさい。エイルに見られてるわよ」
「…あ。え?…あ!い、今のは忘れてちょうだい!いい!?絶対に忘れて!!」
シュヴィーナに肩を揺らされてようやく正気に戻ったソニアは、今度は顔を赤らめながら慌てた様子で詰め寄ってくる。
「すまんな、俺は記憶力が良い方なんだ。余程のことがない限り難しいかもな」
「っ〜!!エイルって思ったより意地悪な人なのね!そんな人だと思わなかったわ!」
「くくっ。そうか。思った通りの人じゃなくて残念だったな。それよりフィエラ。番号呼ばれてるぞ?」
「ん。行ってくる」
俺がソニアを揶揄って遊んでいると、フィエラの番号が呼ばれて彼女が指定された位置へと立つ。
すると、今度はシュヴィーナの時とは違う意味で周りがざわめき出し、嘲や嘲笑といった行為が目立ち始める。
「では試験を始めます。魔法を使用しあの的を壊してください。まぁ、獣人ごときには無理でしょうがね。せいぜい頑張ってくださいよ」
そしてそれは試験官も同じであり、的を見据えるフィエラを鼻で笑いながら説明をする。
「質問。魔法はなんでも良い?」
「えぇ。構いませんよ。使えるならですがね」
「わかった。『身体強化』」
フィエラはそう言うと、自身に身体強化をかけて足を引き拳を構える。
「ふっ!」
そして彼女が勢いよく拳を突き出すと、打ち出された拳圧によって空気が玉のようになって飛んでいき、的にぶつかると見事に粉砕してみせた。
「壊した」
すると、先ほどまで馬鹿にしていた他の受験者も試験官も呆然とし、訓練場にしばしの沈黙が流れる。
「…は?い、いや!これは不正だ!魔法で壊したわけではないだろう!お前は不合格だ!」
「ん?何故?言われた通りに壊した」
フィエラは自分が不合格と言われた理由が本当に分からないのか、首を傾げてキョトンとしている。
「くくっ。あはははは!フィエラ!お前最高だな!」
ここまでの流れを一通り見ていた俺は、あまりの面白さに思わず笑ってしまった。
「試験官さん。彼女はあなたに言われた通りに壊しただけですよ?あなたは言いましたよね。『魔法を使用して壊せ』と。そこには魔法を当てて壊せという指示がない。
だから彼女は身体強化という無属性魔法を使用し、その後は拳圧で的を壊した。どこに不正がありますか?」
「くっ…だが!使ったのは無属性魔法だろう!そんなものは魔法ではない!」
「ほう?ですが初代賢者が行った属性分けでは、無属性も歴とした属性魔法に分類されるはずですが?そうですよね?学園長殿」
俺はそう言って何もない壁の方へと目を向けると、そこから突然杖をついたご老人が現れる。
「が、学園長?!」
「ほっほっほ。その通りじゃな。初代賢者様が行われた属性分けでは、確かに無属性魔法も属性魔法に分類されておる。何も間違っておらんよ。そこの獣人のお嬢さんも、試験の規定に従って的を壊した。むろん合格じゃとも」
学園長はそう言うと、長い髭を撫でながらニコニコと笑った。
「で、ですが学園長!あれは獣人です!この栄誉ある魔法学園に入学させるなど言語道断!それにあいつは属性魔法が使えないんですよ!ここに入学したとしても学ぶことなど何もありません!」
しかし、その学園長の言葉に納得できなかった試験官は、今度はフィエラの入学後のことを引き合いに出して阻止しようとしてくる。
「ふーむ、そうじゃのぉ。確かにお主の言っていることも間違ってはいない。お嬢さんや。君はここに入学しても学べることは少ないと思うが、それでも入るかね?」
「入る。私はエルと一緒にいたいだけ。一緒にいられるならそれだけで構わない。それに、魔法の特性を学べれば、今後の戦いでも役に立つ」
「ほっほっ。そうかそうか。なら入学するがよい」
「ありがとうございます」
フィエラは学園長へと頭を下げ、学園長はそれを見たあと俺の方へと目を向けてきた。
「それにしても。お主はとんでもないのぉ。あれだけの魔法をいとも容易く使う技量と魔力。そして儂の
「いえ。魔法師協会の前会長であるあなたと縁が結べるのなら、それだけでここに入る価値はありますよ」
「ほぉ?お主の歳で儂のことを知っているとは。お主、本当に面白いのぉ」
魔法師協会とは、初代賢者の弟子の1人が作った組織であり、主な活動は若い魔法使いの育成と魔法を研究する者たちへの支援だ。
また、協会の会長であり弟子の子孫でもある一族には特別な役割があり、それは現在の賢者と呼ばれる国王や王族が間違った道へと進んだ場合、実力行使で止めるという役割だ。
そんな重要な役割に以前ついていたのが目の前にいる学園長であり、前世でソニアに魔法を教えた師匠でもあった。
「ふむ。お主の技量を見る限り、この学園でお主を指導できそうな者はおらんのぉ。よって、お主は入学後はSクラスとする。また、勉強については自由にするがよい。授業に参加するもよし。図書館で本から学ぶのもよし。好きにするがよい」
「わかりました。ありがとうございます」
「ほっほっ。お主が何をするのか楽しみにしておるぞ。それに、もう1人楽しみな子がおるしのぉ」
学園長はそう言うとチラッとソニアの方に目を向け、楽しそうに笑って帰って行った。
(凄い人だったな。魔力量だけなら俺の方が多いが、体の中に巡らされた魔力が恐ろしいほどに緻密で凪いでいた。あのレベルになるまでどれだけの訓練が必要なんだ)
正直、今あの人と戦ったとしても負けることは無いだろうが、逆に勝てる気もしなかった。
武術戦では技量や洞察力、そして経験が勝敗を分けるが、魔法戦では魔法を使用する早さと魔法に込める魔力量、そして魔力をどれだけ緻密に操作することができるかで決まる。
特に重要となるのが緻密さで、例えば緻密さに欠ける中級魔法と緻密に作られた初級魔法をぶつけた場合、込められた魔力の密度によって相打ち、または初級魔法が勝利する。
(いつか戦ってみたいものだが、今はその時では無いな)
強者と戦うことは好きだが、今はそれよりも番号を呼ばれ、緊張した面持ちで試験を受けに行ったソニアの方が重要なので、そちらへと意識を向ける。
周りはフィエラの時と同じようにソニアを馬鹿にして笑っている者たちが多く、中には野次を投げる連中すらいた。
しかし、これまでのように彼女がそれらに臆した様子は無く、確かな自信のこもった瞳で的を見つめる。
「闇よ、我が敵を刺し貫け!
ソニアが両手を突き出して魔法を唱えると、そこに黒い槍が一本現れ、そのまま的に向かって突き進む。
そして、的に当たってそのまま撃ち抜くと、的は見事に壊れて地面へと倒れた。
「71番、的の破壊を確認!合格!」
「や、やったわ!!」
ソニアはよほど嬉しかったのか、胸元で手のひらを握ると、そのままぴょんぴょん跳ねる。
周りは今まで魔法が使えないと馬鹿にしてきたソニアが魔法を使ったことにより、困惑や動揺といった表情が見てとれた。
その後、ソニアは俺たちの方へと駆け足で戻ってくると、その勢いのままフィエラとシュヴィーナに抱きつく。
「あたし、魔法が使えた!やっと…やっと使えたわ!!」
「ん。よかったね」
「ふふ。見事な魔法だったわよ」
2人もソニアが魔法を使えて嬉しかったのか、自分のことのように嬉しそうにしながら彼女を撫でたり抱きしめ返したりしていた。
(こうしてみると姉妹みたいだな)
「エイル!」
俺がそんな3人の光景を眺めていると、ソニアが2人のもとから離れて俺のもとへとやってくる。
「ありがとう!あなたのおかげで魔法が使えるようになった!しかも、ずっと入りたかった魔法学園にも合格できたわ!」
「あぁ、よかったな」
まだまだ拙い魔法ではあったが、彼女にとっては初めての魔法であり、それが大きな一歩であることは間違いなかった。
そして、彼女が魔法を使えたということは、これから彼女が過去と同じ未来へと向かっていくということでもある。
(まぁ、今回はそうはならないだろうがな)
無事に全員が魔法学園の試験に合格したので、試験を終えた後はソニアにファルメルの街を案内してもらいながら、色々と見て回るのであった。
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