第72話 知ることから

(めっちゃ逃げ出したい)


 キングキメラを討伐した後、欲しかった魔力器官も食べたので帰ろうとした時、何故かまだ逃げていなかったアイリスとその護衛たちが視界に入った。


 そして、何故かアイリスは瞳を潤ませながら今にも駆け出しそうな雰囲気で、それを正気を取り戻した護衛たちが引き留めているという感じだった。


「失礼。助けてもらった事には感謝致しますが、あなたはどこのどなたでしょうか」


 この状況をどうしようかと考えていると、護衛たちのリーダーらしき人が警戒しながら俺の身元について尋ねてくる。


「申し遅れました。俺は冒険者のエイルです。ちょうどキングキメラの討伐依頼を受けておりまして、勝手ながら討伐させていただきました」


 とりあえずルイスとしてではなくエイルとして自己紹介をし、証拠として彼らにギルドカードを見せる。


「Sランク冒険者ですか?!これは失礼いたしました!危ないところを助けていただきありがとうございます!」


「いえ。みなさんご無事で良かったです」


 作り笑いも楽ではないが、ここで態度を悪くして疑われるのも面倒だったので、仕方なく優しく接する。


 護衛たちも俺の身元が分かり安堵したのか、警戒を緩めて魔法使いも掴んでいたアイリスの腕を話した。


 すると、彼女は護衛たちの間を走り抜け、勢いそのままに俺の胸元へと抱きついてくる。


「お、お嬢様?!」


 アイリスの突然の行動に護衛たちは驚いていたが、それは俺自身も同じで、全く予想していなかった行動に避けるのが遅れてしまった。


「ずっと…ずっとお会いしたかったです、ルイス様」


 アイリスとは以前にもエイルとしての俺の姿を見て知っているため、当然のように抱きしめてくるが、俺のことを知らない護衛たちはどうしたら良いものかと戸惑っていた。


「アイリス、とりあえず離れてくれ」


「あっ…。も、申し訳ございません!私としたことがはしたないことを!」


 彼女はそう言うと、薄っすらと頬を赤く染めながら、それでいて少し名残惜しそうに俺から離れる。


「いや、気にしなくていいよ」


「良かったです。あ、それよりお怪我はありませんか?!戦いは速くて見えませんでしたが、最後はルイス様が少しだけ動かなくなってしまい、あの魔物がルイス様を攻撃しようと!


 それに、先ほどは魔物の生物を食べていましたよね!お腹が痛くなったりはしていませんか?あんな物を生で食べてはいけません!

今度は私が調理いたしますので今はぺってしてください!」


「大丈夫。どこも怪我してないから。それともう腹の中に入ってるから無理だ」


 心配しながら俺の体をぺたぺたと触ってくるアイリスは、本当に怪我をしていない事や体調を崩していない事が分かると安堵した表情に変わる。


(何で彼女がこんなに俺のことを心配しているんだ?)


 そんなアイリスに対して、俺は彼女が俺をここまで気にかけてくる理由がわからず、どうしたものかと対応に困る。


「すみません。あなた様は本当にルイス様なのですか?」


 すると、またしても状況が理解できていない様子のリーダーの男性が戸惑いながらも俺に声をかけてくる。


「まぁ、そうですね。今は魔法で姿を変えていますが、俺がルイス・ヴァレンタインです」


「はい。この方が私の旦那様です」


「違います」


 隣にいたアイリスは、とても誇らしげな様子で俺の挨拶にわけのわからない肩書きを追加してくる。


「いいえ。私たちは婚約しているのですから、将来的に言えば間違いではありません」


何だか前にも同じやり取りをした気がするが、やはりどれだけ時間が経ってもこの一言に尽きる。


(めんどくさい)


 俺は面倒だったので特に否定することも肯定することもなく聞き流すと、そろそろ次の場所に移動することに決めた。


「アイリス。俺はそろそろ行くから、またいつか」


「待ってください!行くってどちらにですか?私も連れて行ったくださいませ!」


 アイリスはそう言うと、俺を行かせないように袖を掴んで離さない。


「いや、連れて行くわけないでしょ」


「何故ですか!フィエラさんは連れて行ったのに、どうして婚約者である私はダメなのです!」


 このまま適当にあしらっても良いが、それじゃあ何の解決にもならないと判断し、俺は彼女に現実を突きつける。


「君じゃ俺らの戦いにはついて来られないでしょ。さっきだってキングキメラを前にして恐怖で動けなかったじゃん。

 そんな君を連れて行って何か得がある?フィエラは戦えるからついてくるのを許可したけど、君にはその許可を出すだけの実力がない。婚約者だからとかそういった理由でついて来られるのは邪魔なんだ。分かった?」


 俺から言われた現実にアイリスは悔しそうに唇を噛んで俯くが、袖だけは一向に離そうとしてくれない。


 相手をするのが面倒になった俺は、指を鳴らして彼女に魔法をかけると、アイリスは眠るように意識を失った。


 俺は倒れてくる彼女を支えると、見守っていた護衛に預けて距離を取る。


「んじゃ、俺はもう行きます。帰り道の魔物は俺がくる時に倒しておいたので楽に帰れるでしょう。お気をつけて」


「あ、ありがとうございます。ですが、お嬢様の事はよろしいのですか?」


「どういう意味かは分かりませんが、俺は彼女を連れて行くつもりはありません。

 それは彼女と俺の実力差を見たあなたたちが一番よくわかることでは?」


 彼らも護衛として来ているだけあって、実力としては確かな人たちばかりだ。

 そんな彼らが俺らの実力差を分からないはずもなく、また圧倒的に実力が劣るものを連れて行く危険性も十分に理解しているはずだ。


「承知いたしました。差し出がましいことを申してしまい申し訳ありません」


「構いません。それと、このキングキメラの死体はあなたたちに差し上げます。好きに使ってください。では」


 俺はその言葉を最後に、岩場を飛び越えて次の獲物を探しに行く。


 思わぬ再会はあったが、キングキメラの魔力器官を食したことで魔力量もかなり増え、あと少しで時空間魔法が使えるところまできていた。


 その後、俺はアイリスに会ったこともすぐに忘れ、また別の街で高ランクの魔物を倒しながら力をつけて行くのであった。





〜sideアイリス〜


 私は微睡む意識の中、ガタゴトと揺れる感覚によって目を覚まします。


「あ、目覚められましたか?もう少しでお屋敷に着きますので、そのままお休みになられていても大丈夫ですよ?」


「私は…」


 朦朧とする意識の中、私がこれまで何をしていたのか、そして何故馬車に乗っているのか記憶を探っていきます。


「確か、今日は近くの街に魔物討伐に向かって、それで…そうです!ルイス様は!」


 岩石地帯で魔物を討伐し、帰ろうとした時にキングキメラが現れて死を覚悟した瞬間、ルイス様が私を助けてくれたことを思い出します。


 そして、戦いが終わった後に私はルイス様に自分を連れて行って欲しいことをお伝えしましたが、実力不足だと言われ、その後の記憶が無いことに気がつきました。


「先生!ルイス様はどちらにいらっしゃいますか!」


 私は向かい側に座っている魔法の先生に尋ねると、彼女は少し困った顔をしながら答えてくれます。


「ルイス様は、残念ですが既に他のところに行かれました」


「そんな…」


 またもや置いて行かれたことに、私は悲しさと悔しさで胸がいっぱいになりますが、それと同時に現実も理解します。


(やはり、今の私ではお側に立つためのスタートラインにすら立てていないのですね)


 連れて行くとか一緒に戦うとか以前に、私の実力では彼の目に留まることもできず、気にも留められないと言うことなのでしょう。


「それもそのはずですね。ルイス様はあんなにもお強くなられているのですから。それに、戦う時の覚悟も違いました。私はまだまだ甘かったのですね」


 キングキメラと戦っていた時のルイス様は圧倒的で、Sランクの魔物にも怯むことなく戦い、無傷で勝利しました。


 それに、彼には死ぬことに対する恐怖心など微塵も感じられず、戦うことをただただ楽しんでいました。


 私はその戦いをほとんど目で追うことができず、気付けばルイス様がキングキメラを倒して死体を眺めていたのです。


 その姿はとても神秘的で、恐ろしさよりも美しさの方が勝るくらいに素敵でした。


 だからなのか、その姿を見た私の胸はドキドキと鼓動が早くなり、彼と一緒にいたいが故に感情のままに行動してしまったのです。


(あれはダメでしたね。もっと慎重に行動しなければ)


 ルイス様は私に対してほとんど興味がありません。それはとても悲しいことですが、私はこの恋を絶対に諦めるつもりはありませんし、ルイス様と離れるつもりもありません。


「まずはちゃんとお話をしなければなりませんね」


 キングキメラと戦っていた時の彼は本当に楽しそうで、私の前では一度も見せたことのない表情をしておりました。


 私は彼が何を考えており、何か目的があるのならそれが何なのかを知らなければならないと思い、まずは私が彼のことを知ることから始めようと考えます。


「一方的に気持ちを伝えるのはダメですからね。ですがその前に、今度は逃げられないようにしなければなりません」


 話し合おうとしても、今回のように魔法で眠らされて逃げられればずっとお話ができないため、私は領地に戻ったら必要となる魔道具をお店で買うことに決めます。


 相手は神童と呼ばれるルイス様です。生半可な準備ではまた逃げられる事でしょう。


「ふふふ。次は逃しませんよ、ルイス様」


 これからやるべきことと今後の課題を見つけた私は、次にルイス様にあった時のことを想像して笑うのでした。




 なお、この時のアイリスを見ていた女魔法使いは、彼女の笑みに恐怖を感じて身震いをしたそうだ。あれはルイスやキングキメラとは違った意味でやばかったと、酒を飲みながら友人に語ったらしい。






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