第60話 白鯨
〜sideヴィオラ〜
ヴィオラたちがエイルたちと別れて大きな扉の中へ入ると、中にはこれまた大きな部屋が広がっていた。
「みんな警戒態勢を。ボスがどこからくるか分からないぞ。セーラはみんなにバフかけておいてくれ」
ヴィオラの一声で、後衛のアイシラとセーラ、そしてイリアが後ろへと下り、ヴィオラとサティが前へと出る。
セーラはすぐに呪文を唱えると、攻撃力や気配感知、それと魔力増加や防御力強化のバフをかけていく。
その後、警戒を始めてから3分ほど経つと、突然部屋の中が霧で満たされていき、あっという間に周りが見えなくなる。
「ヴィオラ。どうする?」
「まだ動かないで周囲を警戒。この霧の中で下手に動くのは良くない」
ヴィオラはなおも警戒の指示を出して周囲に気を配ると、突如、霧流れが僅かに動く気配がした。
そして、ヴィオラたちが目にしたのは…
「目玉…?」
霧の向こうにチラッと見えたのは、ヴィオラたちの方をじっと見てくる赤くて大きな目玉だった。
「きゃぁぁぁあ!」
「セーラ!」
その目玉がぎょろっと動いて消えた瞬間、先ほどまで後ろにいたはずのセーラの姿も消えていた。
「一体何がどうなって」
「うわぁぁあ!!!」
「サティ!」
ヴィオラが後ろを見ている間に、今度は隣にいたはずのサティが声だけを残してセーラ同様に姿が見えなくなった。
その後もアイシラとイリスも気がつけばいなくなっており、残っているのはヴィオラだけとなった。
「どういうこと。何がこの霧の中にいるっていうだ」
濃い霧の中、1人になってしまったヴィオラは最早どこを警戒すればいいのか分からず、剣を構えながらも恐怖で震える。
「あ…」
気がつけば、ヴィオラの目の前には先ほど見た大きな目玉があり、彼女のことをまたじっと見た後、何かで吹き飛ばされたような衝撃が全身を襲う。
「がはっ!」
ヴィオラは何度も地面を転がり、背中を強く壁に打ちつけてようやく止まった場所には、腕が折れて瀕死の状態になっているセーラがいた。
防御力強化のバフのおかげで何とか生きているようだが、急いで手当てをしないと危ない状態であった。
ヴィオラはそんな彼女を見てどうするべきか考えていると、またあの大きな目玉が彼女たちのことをじっと見てくる。
「どうしたらいいんだ…」
ヴィオラがどうすることもできず、無理に攻略を進めたせいでみんなを死なせてしまうかもしれない事に後悔し始めた時、閉ざされていたはずの扉が開く音が部屋の中へと響き渡った。
〜sideルイス〜
部屋の中に入ると、そこには異様な空間が広がっていた。
部屋の中は濃い霧に覆われており、1m先ですらまともに見えないほど視界が悪かった。
「これはどうなってるんだ」
この霧が魔物によるものなのか、それともダンジョンコアによる仕様なのかは分からないが、感知系の魔法を阻害する効果があるようだった。
「なるほど。ここまでのルートが、この部屋への布石だったわけか」
20階層のボスから始まった魔力阻害や魔力を乱す効果。その全てが魔法頼りでは勝てないこいつへの布石だったようだ。
「フィエラ。お前はどうだ?」
「問題ない。位置も気配で何となくわかる」
「そうか。ならまずは…」
この霧をどうにかしないとな。そう言おうとした時、突如俺らの目の前に巨大な目玉が現れる。
「こいつか」
俺たちが敵を認識した瞬間、何故か後ろから大きな何かが迫ってくる気配がして、すぐにその場を離れる。
すると、先ほどまで俺たちが立っていた場所を大きく平たいものが風を巻き込みながら通過して行くのが僅かだが見えた。
「あれはヒレか?」
この部屋にいるのが何なのかはまだ分からないが、一先ずはこの霧を何とかしなければならない為、俺はすぐにフィエラへと指示を出す。
「フィエラ。俺がこの霧を魔剣の炎で晴らす。だが、それにはかなりの魔力が必要で時間がかかると思う。だから…」
「任せて」
彼女はそう言うと、すぐに地面を蹴って霧の中へと消えていった。
「…ほんと、頼もしいやつだよお前は」
それからフィエラと魔物の戦闘が始まったのか、いろいろなところから戦闘音が鳴り響く。
「ふぅ。イグニード、俺らもやるぞ」
俺は握り部分を強く握りしめると、すぐに魔力をイグニードへと流し込んでいく。
すると、イグニードの刀身が赤い炎で燃え上がり、そこからさらにオレンジや黄色、そして青へと変わって行く。
「咲き乱れ、焼き尽くせ。『蒼炎の大華』」
俺が青い炎で燃え盛るイグニードを地面に突き刺すと、そこから部屋いっぱいに青い炎が燃え広がっていき、霧が蒸発して消え去って行く。
この技はイグニードを刺したところを中心に、込めた魔力の分だけ攻撃範囲を広げられる大技だ。
そして一番の特徴は燃やす対象を任意に選べるという点で、今回であればこの部屋のボスと霧だけに絞って燃やすようにイメージしている。
欠点は技の発動中はその場から動けないことだが、対象が燃えていればそもそも近づくこともできないため、欠点と言えるほどの欠点でもない。
「…熱くない」
フィエラとボスは部屋に広がる光景に思わず動きを止めると、その青い炎に飲み込まれて行く。
しかし、フィエラが燃えることは一切なく、魔物だけが青い炎に包まれて苦しむ。
そして、炎が部屋の壁にまで行き着くと、その壁を背にしてぐったりとしていているヴィオラたちが視界へと入った。
「フィエラ。彼女たちに回復ポーションを頼む」
「了解」
俺は彼女にすれ違い様にマジックバッグを渡すと、入れ替わるようにして炎で苦しんでいる魔物と対峙する。
「なるほどな。これは確かにデカいわ」
目の前にいるのは、全長30mほどの白鯨で、まるで水中を泳ぐかのように空中に浮かんでいた。
「だが、どうやってあの巨体で一瞬で動いていたんだ?」
この白鯨の種族魔法が分からない以上、下手に攻撃することはできないと思い、まずは様子を見続ける。
そして、蒼炎の大華の効果が切れると、白鯨は自身からまた霧を出し、部屋を飲み込もうとして行く。
「なるほど。あの霧はあいつから出ていたのか」
「こっちは大丈夫。みんな無事」
「そうか」
俺が白鯨のことを分析していると、ヴィオラたちの対応を終えたフィエラが俺の横へと戻ってくる。
「あれと戦った感じはどうだった?」
「防御力はそんなに高くない。けど、動きが変。まるで転移したみたいに突然違うところに現れる」
「転移か…」
フィエラの言う通り、もしそれがやつの種族魔法なのであれば、かなり厄介な敵だということになる。
俺はフィエラが一ヶ所に集めてくれたヴィオラたちに結界魔法を使うと、また霧で覆われつつある視界をじっと眺める。
「なぁ、フィエラ。俺の好きなことの一つを教えてやる」
「なに?」
「それはな。戦う時は相手の土俵で戦うことだ」
空中戦を得意とするものが敵なら空中戦で、剣が得意なら剣で、魔法が得意なら魔法で。俺は相手の得意とする土俵にあえて立ち、真っ向から同じ戦法で戦うのが好きだった。
普通、強者であればあるほど自身の戦い方にプライドと自信を持っており、どんな相手であろうと自身の戦い方を貫く。
しかし、俺の考え方はその逆だった。俺はいつも挑戦者であり、さらなる高みを目指して戦っている。
ならば一つの戦い方にこだわって他の可能性を潰すのではなく、相手と同じ土俵に立って戦うことで、相手の動きや技を盗み、自身の成長に繋げたいと考えている。
それに、お誂え向きにも俺には死に戻りという終わりのない人生があるため、それで死んだとしても次に生かすことができるのだ。
「ふふ。エル、楽しそう」
「あぁ。すごく楽しいよ」
俺はこれから戦う未知の強敵を前に、ニヤリと笑いながら部屋の中が再び霧で覆われていくのを眺め続けるのであった。
「さぁ、お前に俺を殺せるかな?」
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