第44話 死への恐怖心

 フィエラに膝枕されながら二人で話をしていると、途中ですれ違った森の王討伐隊たちが俺たちのもとへとやってくる。


 俺は体を起こしてそちらの様子を見ていると、彼らは何とも言えない顔をしながらあたりを見渡す。


「これは…」


「一体ここで何が…」


 討伐隊のメンバーたちは、俺とビルドの戦いで変わり果てた周囲を見渡しながら信じられないといった顔をしていた。


 そして、地面に倒れているビルドの死体と、少し離れたところにいる俺たちを見て、冒険者たちと騎士たちが武器を抜いて構える。


(これ、なんか誤解されてる?それとも警戒されてるのか?)


 まぁ、こんな状況を突然見る事になれば、敵か味方かもわからない俺たちを警戒するのも当たり前の話ではある。


「皆、武器を納めろ」


 俺がこの状況をどうしようかと考えていると、領主らしき人物が手を挙げて武器を下ろすように声をかけた。


「しかしゾイド様。こいつらが何者か分からない以上、私たちにはあなたをお守りする義務が…」


「よい。状況から察するに、おそらくあの子たちが森の王を倒したのだろう。…違うかね?」


 ゾイドと呼ばれたその人は、一歩前に出て俺たちに向かって問うてくる。


「えぇ。おっしゃる通りです。俺たちが倒しました」


 俺の答えを聞くと、周りにいた冒険者や騎士たちがざわめき出すが、ゾイドさんだけは静観していた。


「…君たちは動けるのかね?」


「お恥ずかしい話ですが、見た目同様ボロボロでして。しばらくは動けないかと」


「わかった。おい!回復魔法を使える者は彼らにかけてやれ!」


 ゾイドさんがそう命令すると、数名の魔法使いが出てきて俺たちに回復魔法をかけてくれる。


 ただ、さすがにまだ俺たちのことを信じていない彼らは、無くなった腕までは治してくれなかった。


(まぁ、部位欠損を治せる回復魔法自体、使える人はあまり多くないしな)


 回復魔法をかけてくれた魔法使いたちが下がると、俺たちは立ち上がってゾイドさんたちと向かい合う。


「治していただきありがとうございました。俺はAランク冒険者のエイルです」


「同じくAランク冒険者のフィエラ。ありがとう」


「Aランクだと…」


 俺たちの自己紹介を聞くと、他の冒険者だけでなく、冷静に状況を見ていたゾイドさんも驚いた顔をしていた。


「…すまない。驚きのあまり動揺してしまった。私はこの領地を預かっているゾイド・アドニーアという者だ。後ろにいるのは私の騎士と今回の森の王討伐のために集めた冒険者たちだ。よろしく頼むよ」


 ゾイドさんはそう言うと、俺たちの方に手を差し出してきた。


 どうやら彼は握手を求めているようで、俺も残っている右手を出して握手をする。


「それでだが、どうして君たちがここにいるのか教えてもらっても良いかな?」


 俺は偶然出会して戦ったと嘘を吐こうかとも思ったが、ここにくる前にこの人たちとすれ違ったことを思い出したので、本当のことを話す事にした。


「そうですね。最初は街の方で魔物の大群を相手にしていたんですが、索敵魔法で森の方を探ったところ、森の王の気配を見つけまして。あまりの強さに戦いたくなってしまい、ここまで来たのです」


「戦いたくなった…だと」


「えぇ。こんなにも強い奴がいるのなら、是非とも戦いたいと思いませんか?」


 俺は笑顔でそう言って共感を求めるが、誰一人として頷いてくれる者はいなかった。

 何故だろうと思いながら横を見てみると、フィエラだけはうんうんと首を縦に振ってくれていたが。


「…君は、死ぬことが怖くないのか?」


「死ぬこと?」


 最初、ゾイドさんが何を言っているのか理解できなかったが、ビルドとの戦いで自分が高揚していた事に気がついた俺は、冷静になって考える。


(あー、ん?…あぁ、なるほど。普通死ぬのは怖いし嫌だもんな。だから共感してもらえなかったのか)


「そうですね。俺自身は死ぬことに何も恐怖はありませんよ。死んだらそれだけの話なので」


 俺の答えを聞いたゾイドさんたちは、異質な何かを見るように俺のことを見ると、今度はフィエラの方に視線を移した。


「君も、同じ考えなのかい?」


「私も強い敵と戦うのは好きだけど、それよりもエルが死ぬなら私も一緒に死ぬだけ。そこに恐怖も迷いもない」


 何だかフィエラの思いが前よりも重くなった事を感じさせる台詞ではあったが、そこに触れたらダメな気がしたので無視をする。


 俺らの答えを聞いて、やはり理解できないという表情をするゾイドさんたちだが、俺は別にこの考え全てに共感して欲しいわけではない。


 むしろ死を恐れることは正常な感覚であり、異常なのは俺たちなのだから考えるだけ無駄なことなのだ。


「まぁ、君たちのことは分かった。とりあえず、今は街に戻ろうか。森の王も君たちが討伐してくれたようだし、ここにいる必要はないだろう」


 ゾイドさんはそう言うと、後ろを振り向いて冒険者や騎士たちに撤退の指示を出して行く。


 俺はその間にビルドから魔石を回収すると、土魔法で穴を掘り、そこにビルドを埋めて埋葬する。


 これは俺なりに彼に対して敬意を払った結果であり、強者の死体から素材を剥ぎ取りたくないという俺の我儘によるものだった。


 その後はゾイドさんたち討伐隊に混ぜてもらい、俺とフィエラもアドニーアの街へと戻るのであった。





 街に戻ってくると、ビルドが倒されたことで魔物たちも落ち着いたのか、ほとんどの魔物たちが森へと戻っていた。


 それでも外壁の周りには多くの魔物や人の死体が転がっており、どれだけ熾烈な戦いがあったのかが伝わってくる。


 そんな戦場の跡を眺めていると、向かい側から紫色の髪を揺らした一人の女性が近づいてくるのが見えた。


「ゾイド様。お戻りになられましたか」


「あぁ、レーネ殿。街の防衛をしてくれてありがとう」


「いえ。当然のことをしたまでです。それよりさすがですね。この短時間で森の王を討伐されるとは」


 レーネさんから称賛を受けたゾイドさんは、苦笑しながら首を横に振った。


「いや。森の王を討伐したのは我々ではない。そこにいる二人の冒険者だ」


 ゾイドさんがそう言って俺たちの方に視線を送ると、レーネさんも俺たちの方を見てきた。


「あんたら…」


「どうもー」


 俺は気のない返事をしながらレーネさんに軽く手を振ると、すぐにゾイドさんの方へと視線を戻した。


「本当に彼らが倒したんですか?」


「あぁ。私たちが森の王の殺気に当てられて進めずにいた時、横をこの子たちが走り抜けていってね。

 それから戦闘音が聞こえてきて、鳴り止んだから私たちもその場所に向かってみたら森の王が死んでいて、この子たちがその場所にいたのだよ」


 レーネさんはゾイドさんの話をまだ信じきれていないようだったが、討伐隊に参加した本人が言っている訳だし、どう判断したら良いのか迷っているようだった。


「とりあえず領内に戻らないか?ここでいつまでも話しているわけにもいかんだろう?」


「…そうですね」


 ゾイドさんの意見でとりあえず話し合いが終わると、俺たちは領内へと入る。

 空はオレンジ色に染まり、もう直ぐ夜が訪れようとしていた。


 俺とフィエラは疲れたので宿屋に戻ろうとすると、一緒にいたゾイドさんに声をかけられる。


「少し待ってもらえるか」


「どうかしましたか?」


「君たちの今後の予定について聞いてもいいかな?」


「そうですね…。三日ほど休んで、次の街に行こうと思ってます」


「三日か…なら、すまないが二日後の昼頃に我が屋敷に来てくれないだろうか。今回の件についてお礼がしたいのだ」


 ゾイドさんは少し考える素振りを見せると、そんな提案をしてくる。

 しかし、俺としてはお礼をされるような事をしたとは思っていないし、なんなら自分の欲に任せて戦いに行っただけだ。


「すまないが断らないでくれよ?こちらも領主としての面子があるのだ。理解してくれると助かる」


「…わかりました」


 貴族としての面子と言われてしまっては、同じ貴族である俺には断ることができず、渋々了承するしかなかった。


(それに、無理に断ってこの領地を出る時に検問所で捕まるのも面倒だしな)


「そういうことなら、その帰りで構わないからギルドにも寄ってくれるかい?」


 レーネさんの言葉に、俺は少しめんどくさそうな表情をすると、彼女は苦笑しながら言葉を続けた。


「そこまで嫌な顔をされるとさすがに傷つくね。なに、悪い話じゃないよ。ただ今回の件の詳細を聞いて、ランクアップについて検討したいだけさ。協力してくれるかい?」


「わかりました」


 ランクについては、今後のためにも是非とも上げておきたいと思っていたので、せっかく機会があるのならとギルドにも寄ることにした。


 そうして、一通りの話が済んだ俺たちは、今度こそ宿で疲れた体を休めるために街の中を歩いていくのであった。





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