第42話 一つの決着

 マイトの呼び出した蜂たちに苦戦しながら、フィエラはどうしたら勝てるのか思考を巡らせる。


(蜂の動きが読めない。ソイルビーは土の中だから尚更分からないし、どうしたら)


 マイトの近くには数多の蜂型の魔物たちが飛び回り、地中にはソイルビーが潜んでいていつ攻撃して来るかも分からない。


 自身が最も得意とするスピードを使っても攻めきれないし、獣化した力を使っても近づけない。


 この状況をどうやって打破しようかと考えるフィエラだったが、ここで前にルイスから言われた話を思い出した。


『いいか、フィエラ。お前の最大の武器はスピードじゃない。獣人として優れたその動体視力と獣としての勘だ。それを忘れるな』


『ん?勘?エルと初めてあった時は勘に頼りすぎって言われたけど』


『あー、言い方が悪かったな。あの時は勘だけに頼るなって意味だったんだ。今のフィエラは対人戦の経験も積んだし、フェイントも見分けられるようになった。


 なら、あとは相手の動きを細かく察知できる動体視力と獣としての勘が合わされば、それにより未来予知に近い動きができるようになるはずだ』


『未来予知…』


『あぁ。まぁ理論的にはって話だがな。だが、これができるようになればお前は近接戦では人外の領域に入れるはずだ。あとはお前次第だが…』


『頑張る』


 あの時は本当に出来るのか分からなかったが、今はその力が必要な時だと直感が告げる。


(やるしかない)


 覚悟を決めたフィエラは、部分獣化を目にも使用して動体視力を上げると、マイトに向かって駆け出した。


「ム、ダ」


 マイトはフィエラが近づいて来るのを阻止するため、蜂たちに指示を出してフィエラを襲わせる。


 しかし、フィエラはこれまでのように無理に距離を詰めようとすることはなく、じっと蜂やマイトの動きを見ながら蜂たちの攻撃を避けていく。


(遅い…)


 極限状態まで集中力を高めたフィエラには、蜂の動きやマイトの動きが感じたことのないほどに遅く見え、攻撃を避けることが容易かった。


(けど、まだ足りない)


 それからもマイトや蜂たちの小さな動きや癖を探るように見続けたフィエラは、ついに相手の動きが少しずつ予測できるようになる。


(右。次は左。最後に下)


 フィエラは目に見える蜂たちの動きを予測して避け、下から襲って来るソイルビーは獣人としての勘に任せて避ける。

 蜂たちの攻撃をまるで踊るように全てを避けるフィエラは、今度は少しずつマイトとの距離を詰め始めた。


「ナゼ、アタラ…ナイ」


 ここにきて、マイトは自身の攻撃がフィエラに全く当たらないことに焦ると、全ての蜂たちをフィエラに向けて放った。


「ビー・ストーム」


 マイトは蜂たちを嵐の如く密集させてフィエラを襲わせるが、フィエラはそれを予想して部分獣化を目から足に移していたため、一瞬でマイトの背後へと回り込むと貫手でマイトの胸を貫く。


「カハッ!」


「最後、焦った。あれが無ければ私も危なかった」


 フィエラの言う通り、攻撃が思うように当たらなかったマイトは最後に焦ってしまい、自身を守らせていた蜂たちを全て攻撃に使ってしまった。


 フィエラはマイトの指示が少しずつ雑になってきているのを彼女の動きから察し、最後は全ての蜂たちを攻撃に回す可能性を予測して行動していたのだ。


「オウ…ヨ。アナタ、ニ、ショウリヲ…」


 マイトは薄れゆく意識の中、自身に名を与えてくれた王が勝利することを祈りながら意識を手放した。


「残念だけど、貴女の王に勝利はない。だって、相手は私よりも強いエルだから」


 フィエラはそう言うと、地面にぺたりと座り込む。


「疲れた…」


 これまで以上に目や脳を酷使したことで、フィエラは酷い倦怠感からすぐに動くことはできなかった。


「エル…」


 フィエラは愛しい人の勝利を確信しながら彼の名前を呟くと、疲労感が抜けるまで休むのであった。






 フィエラが覚悟を決めてマイトと戦い始めた頃、ルイスたちの戦いも激化していた。


(やっぱり凄いな。俺の技が全く効かない)


 ルイスはこれまで、ビルドと熾烈な格闘戦を行なっていたが、現段階でビルドには傷一つ付けられていない状態だった。


 不意をついた殴打も掌で綺麗に受け流され、肘打ちも裏拳も回し蹴りも全てが躱され、受け流され、いなされる。


 ビルドの体術はまさに境地に至ったそれで、まるで指南を受けているかのように底が見えなかった。


 だが、ビルドもまたルイスの技量には少し驚いていた。森の王となってから僅か数週間ではあるが、人型となった彼は独自で最適な動きを編み出し、森の奥地で強い魔物と昼夜問わず戦い続けたことで今の力を手に入れた。


 もちろんそこには魔物としての身体能力の高さに加え、何者かによる干渉もあったが、それでも自身の持つ力には自信があった。

 そんな自分と今現在も対等にやり合えているルイスには、さすがのビルドも少しだけ驚く。


 ビルドの上段蹴りを身を屈めて避けたルイスは、逆に足払いをかけてビルドを地に伏せようとする。


 しかし、ビルドはそれを難なく躱わすと、2人の間にしばしの沈黙が訪れる。


「ナンジノツヨサ、ショウサンニアタイスル」


「そりゃどうも。お前も凄く強いよ。羨ましく思うくらいに」


(あれだけの強さがあれば、俺はまた一歩死に近づけるかもしれない)


 以前オーリエンスにあった時、彼女はルイスにもっと力をつけろと言っていた。


 今後何と戦うことになるのかはまだ分からないが、力をつけて敵を倒していけば、もしかしたらルイスが死ねない運命から抜け出すことができると捉えられる言い方だった。


「なら、やるしかない」


 ルイスは身体強化を目と脳にかける。すると、先ほどまで普通だった視界が途轍もなく遅く見えるようになった。


「よし」


 改めて気合いを入れたルイスは地面を強く蹴ると、またビルドとの距離を詰めて格闘戦を繰り広げる。


 しかし、さっきまでとは違い、ルイスはビルドの動きが止まって見えるほど集中しており、ビルドの小さな癖や体の動かし方を頭の中へと刷り込んでいく。


 ルイスが戦いの中で最も重要だと考えているのは、速さでも力でもない。それは相手の動きを捉えることのできる目であり動体視力であった。


 それは以前フィエラにルイスが教えたものと似ており、フィエラが相手の動きを見て未来を予測するのなら、ルイスは相手の動きを見てそれを自身のものにする。


(違う。踏み込みの幅が少しズレてる。違う。腕の振る角度が合ってない。違う…違う…)


 初めての動きを模倣するためルイスは最初よりも動きに無駄ができてしまい、何度もビルドの攻撃を喰らってしまうが、その度に何とか受け流して体の動きを修正していく。


 そして…


「ッ!コレハ!」


 ルイスがビルドの動きの感覚を掴み始めた時、ビルドもまたルイスの動きが変わったことに気がついた。


(マサカ、ワレノウゴキヲ…)


 ビルドはここにきて初めて、ルイスという存在を恐ろしいと感じた。


 少しずつ無駄な動きが無くなっていき、次第に自身と戦っているような不思議な感覚がビルドのことを襲う。


 だが、そこはビルドも王として、そして一人の武術家としてこの戦いを初めて楽しいと感じた。


「オモシロイ!ドコマデツイテコレルカ、タメシテヤロウ!」


 ビルドはそう言うと、少しずつ戦いのギアを上げていく。

 そしてビルド自身も、もはや自身と変わらない動きが出来つつあったルイスの動きを見て、自身の無駄な動きをさらに修正していく。


 まさに学習と学習。お互いがお互いの動きを見て学習し、ビルドはより洗練された動きへ、ルイスはよりビルドに近い動きへと変わっていき、2人の戦いはさらに激化していくのであった。





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