第19話 将来のこと

 あれから文化祭では肇のクラスが優勝し、噂通り生徒会から寸志が出た。しかし、キツく箝口令かんこうれいがしかれ、学校中にそれが広まることは無かったが。


 定期テストも終わり、また日常に戻ると、肇はバイトに向かう。


 ロッカー室に入り着替えて厨房に行くと、志水が出勤しているはずなのにガランとしている。あいつまたか、と肇は準備に取り掛かった。


 そして開店してから戻ってきた志水は、案の定タバコの臭いをさせている。


「志水さん、毎回毎回、タバコ吸ってる時間があるなら、開店準備してくださいよ」

「あー? お前がやるから良いだろと思ったんだよ。いちいちうるせーな、お局様が」


 こういう時は、逐一店長に報告しよう、と湊に言われていたが、肇は言わずにはいられなかった。


「大体、最近はそんなにシフト入っていないくせに、よくそれだけサボれますね。いっそ辞めてもらった方が、こっちはありがたいんですけど?」


 いつもなら、肇が煽ることを言えば志水は乗ってくるのだが、今日はなぜか違った。


 彼は鼻で笑うと、肇を睨む。


「他にもっと割のいい仕事してるからな。大して稼げない癖にピーピー言うな」

「はあ!?」

「肇くん、どうしたの?」


 険悪な雰囲気を察して来たのか、店長がいた。肇はいきさつを説明する。


「店長、何でこんな奴を雇ってるんですか?」


 肇が志水を見ると、彼は感情の読めない顔をしていた。店長は「人にはね、色々事情があるんだよ」と言って、志水を裏へ連れて行く。


「やっぱり、何か事情があって雇ってるんだね」

「うわぁ!」


 真後ろで声がして、ビックリして振り向くと湊がいた。


 どうやら今日は暇らしい、だから店長も裏へ行ったのかと思って、湊を睨む。


「真後ろに立つなよ、ビックリするだろ……」

「ごめんごめん。今日は暇だからさ」


 それが何の関係があるのか。肇は湊を見ると、彼はテーブル拭いてくるね、と行ってしまった。


(何なんだ……)


 肇はため息をつく。文化祭の日から、湊は肇の所へやってくるものの、すぐに離れて行く気がする。無理して付き合っている感じはしないので放っているけれど、いつもならもっと隣にいて喋るのに、と肇は寂しく思った。


(ん? 寂しいって何だ?)


 湊は湊の思う通りに行動している。それが自分の思う通りにいかなくて不満に思うとか、自己中なのではないか?


(帰り、誘ってみるか)


 肇はそう思った。そういえば、一緒に帰るのも、遊びに誘われるのも、全部湊発信だった事に気付く。


(だからか。愛想つかされても当然だ)


 肇は忙しい時よりしんどい、暇なバイト時間を、早く終われと念じながら仕事をする。


 今頃気付いても遅いと言われるかもしれないけれど、湊は肇にとって大事な友達となりつつある。それなら、こちらも仲良くなれるよう努力が必要だ。


 仕事が終わってロッカー室に行くと、もう湊は着替えて帰り支度をしていた。


「あ、おつかれー」


 彼は肇を認めると、笑顔で挨拶する。


(営業スマイル……ではないな)


 彼が心から笑っていると感じて、少しホッとするけれど、湊はそのまま部屋を出ていこうとした。


「あ、湊っ」


 思わず呼び止めると、彼は一度足を止めてから振り向く。


「ん? なに?」

「良かったら……一緒に帰らないか?」


 すると湊は驚いた顔をした。今まで誘った事なんて無いんだから、その顔も当然だよなと思っていると、湊は近くの椅子に座る。


「うん。待ってるよ」


 肇は顔が熱くなった。湊が嬉しそうに笑ったからだ。友達が自分の発言で嬉しそうにしている。それが嬉しくて、照れくさくて、でもあたたかい。


 肇は素早く着替えて、リュクサックを背負う。


「行こう」


 二人は店を出た。


「今日は暇だったな」

「そうだねー。忙しいのも大変だけど、暇なのも色々考えちゃってしんどい」


 湊は頭をわしゃわしゃとかいた。いつもの彼らしくない言動に、肇は素直に聞いてみる。


「ん? 何を考えてたんだ?」


 肇は湊を見る。彼は眉を下げて笑った。


「俺、バイト辞めなきゃいけなくなっちゃった。だから肇に会う機会も減るんだなーって」

「……」


 肇は息を詰める。そういえば、彼は親にバイトを反対されていたことを思い出した。


「せっかく友達になれたのに、寂しいなって。もう親から店長に話がいっちゃったし、シフトが出てる来月末で強制終了」


 バイト、楽しかったのになぁと笑う湊。肇はその表情を見て、これ以上無いくらいイラッとした。


「無理して笑うなっていつも言ってるだろ! 楽しかったバイトを強制終了させられて、笑う奴がいるかよっ」


 肇が叫ぶと、それでも湊は苦笑した。


「だから、笑うなって!」

「違うよ、今のは嬉しかったから」


 湊は、優しい目線を肇に向ける。肇は視線を逸らした。


「親でも何でも、言いたい事言わないでどうする? 親の言う事だけ聞いて生きてくのか?」

「……そうだねぇ」


 湊は遠い目をする。


「俺の将来、ある程度決められてるの。警察官になって、エリートの道に行くんだって」


 他人事のように言う湊は、その口調に、苛立ちと諦めが混ざっているように聞こえた。


「反抗するなら、受験生までに警察官以上に誇れる仕事を見つけて来いって言われてて。父は一応警察のお偉いさんだから」


 肇は黙って湊の話を聞いていた。湊の父親は、自分の仕事に誇りを持っていて、息子にも同じ道を歩ませたいと思っているそうだ。


 だからか、と肇は思った。湊が何でもそつなくこなせるのは、将来のためにと身につけさせられたものだったのだ。なまじ彼が優秀な分、父親も熱が入っているのだろう。


「でも、どれも熱くなれるものが無くてさー、ならせめて高校生活楽しくしたいじゃん?」


 友達と遊んだり、と湊は肇を見て笑った。


「湊」


 肇は足を止める。彼を真っ直ぐ見ると、彼もこちらを見てくれた。


「じゃあ、今度の休み、遊びに行こう」

「……ありがとう」


 湊は嬉しそうに笑う。肇はそれと、と話を続けた。


「お前の事だからやれる事はやったんだろ? だったら、いっそ親父を超えるつもりでエリート目指したらどうだ?」


 逆に父親の期待以上の働きをすれば、やりたい事があった時に説得しやすいんじゃないか、と肇は言うと、湊は目を丸くして、その後に破顔した。


「あはは……その発想は無かったなぁ」

「何で頭キレるのにソコ考えないんだよ……」

「……自分の事でいっぱいいっぱいだった」


 二人は歩き出す。まあ、そうなるわな、と肇は言った。


 その後二人は分かれ道で少し他愛もない話をして、次の休みの日には映画を観に行く約束をして帰った。

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