第17話 文化祭

「それでは、文化祭の催し物を決めたいと思います」


 秋と言えば文化祭。肇はこの季節が来たか、と興味無さげに欠伸をした。


 とはいえ、高校生になってから初めての文化祭だ、クラスのみんなも浮き足立っているのが分かる。


 肇の学校では、クラス毎に催し物をやるらしい。何をやるのか、今から決めるところだが、噂によると優勝したクラスには、生徒会から打ち上げ代として寸志が出るらしいと聞いて、学校全体でも異常に気合いが入っている。


「じゃあ、候補がある人言ってー」


 実行委員がチョークを持って黒板の前に立つ。


「はい! 女装喫茶が良い!」

「はぁ!?」


 女子の提案に、肇は大きく反応してしまった。


「女装って……男子ばっかり笑いものにされんのかよ」


 男子の声が上がる。


「それだったら、定番の焼きそばとかが無難じゃね?」


 男子は自分たちが笑いものにされるのを嫌がり、必死で代替案を挙げる。


「お化け屋敷とかなら、男女関係ないんじゃない?」


 肇は嫌な汗が出てくるのを感じた。やばい、女装喫茶だけは絶対に阻止しないと。


「ってか、女子も男装すれば? それならフェアじゃん?」


 誰かの声に、男子からの拍手が上がる。いや、それじゃあ肇が女装をやらされるのは免れない。


「お前ら、女子が男装すれば、自分が女装するのは良いって事かよっ?」


 思わず肇は立ち上がって声を上げる。だって、面白そうだし、と学級委員長が言った。


「俺は焼きそば! うん、焼きそばが良い! ほら、オレ一応バイトで厨房入ってるしさ、簡単だし美味いし」

「美味しいだけじゃ、優勝狙えないよねー」


 女子のムードメーカーが反論する。


「考えてみろよ、男装は笑われたりしないけど、女装は笑われるだけだぞ? お前らそれでも良いのか?」


 肇は何とかこの流れを止めないとと必死だ。


「じゃあ多数決取るぞー。まず焼きそば」

「はい!」


 肇の言葉を半分無視して、実行委員が多数決を取る。手を挙げたのは、肇だけだった。


「次、男装女装喫茶」


 案の定、肇の必死な主張も虚しく、肇以外の全員が手を挙げた。


「何でだよ……」


 肇はガックリ肩を落とす。


 それから、放課後は文化祭の準備に充てられた。肇もバイトがない日は準備に参加する。湊のクラスは変わり種お好み焼き屋らしいが、肇のクラスは何をやるか、絶対に湊には教えなかった。


(俺が言わなくても、クラスの誰かが話してるだろうから、湊の耳にも届いてるかもしれないけど)


 肇はため息をつく。公平を期すために、全員がウエイター、ウエイトレスを時間制でやる事になった。要らない公平性だ。


「ねぇ小木曽くん」

「なに?」

「多賀先輩と、バイト先一緒なんだよね?」


 ある日、女装用の衣装を作っていると、女子からそんな事を聞かれる。


「そうだけど……それがどうかしたか?」

「多賀先輩の……制服借りれないかなぁ?」

「はあ? 何で?」

「だって……先輩の制服着てやりたいんだもん」


 きゃー、と女子は頬を赤らめて顔を隠している。肇はそんな事で俺を使うな、自分で言え、と突き放した。


 肇はまたため息をつくと、決まってしまったものはしょうがない、と衣装製作の続きをやる。後は何とかして乗り切るしかない。


(しかし手縫いで作るの面倒だな……帰ってミシンで一気に縫いたい……)


 そうは思うけれど、それをやったらコスプレ趣味までバレそうで怖い。既製品をアレンジするのも一苦労だ。


 ◇◇


 そしてあっという間の当日。肇は極力地味なウイッグとメイクで目立たないようにそっと更衣スペースから出た。


「小木曽終わったか? あれだけ嫌がっていたから、みんなで笑ってやろうって……」


 そう言ったクラスメイトが、途中で言葉を止める。


「おい、小木曽……だよな?」

「何だよ、あんまり見んなっ」


 クラスメイトの様子に疑問に思った他のクラスメイトも、肇の所に寄ってくる。


「え、ちょっと……お前だけクオリティ違うんだけど」

「可愛いな」

「うん可愛い……ちょっと俺、ムラムラしてきた」


 クラスメイト数人に囲まれて、肇は逃げ場が無くなった。


「お、おい? 冗談やめろって」


 おかしい、自分の中ではかなり地味にしたのに、どうして注目されているのだろう?


 ジリジリ寄ってくるクラスメイトの一人が、肇の尻を撫でてくる。ゾワッと背筋に何かが這ったような感触がして、撫でてきたクラスメイトを思い切り殴った。


「ひ……っ、おま、ふざけんじゃねぇ!!」

「いってぇ!」


 肇はその隙に、彼らの間を通り過ぎる。必死だったため周りが見えておらず、気付いたら今度は女子の中心にいた。


「え? 小木曽くん?」

「めっちゃ可愛いんだけど!」


 そしてあっという間にまた囲まれる。イベントでもこんな風に囲まれた事無いぞ、と肇は引きつった笑いを浮かべる。どうしよう、今日はずっとこの調子なのか、と早くも帰りたい気分になった。


「小木曽くん看板娘に決定ね! 飲食店でバイトしてるみたいだし、フルでウエイトレスお願いっ」

「は!? 何でオレが……っ」

「みんなー、小木曽くんが頑張ってくれるから、優勝目指して頑張ろー!」


 ムードメーカーの彼女は、クラス全体に声を掛けて士気を上げる。いや余計なことすんなよ、と肇は肩を落とした。


 しかし肇の願いは虚しく、男装女装喫茶は大繁盛になる。


「な、なぁ……ちょっとくらい休憩させてくれよ」


 さすがに動き詰めでは疲れる、と近くの女子に相談すると、彼女は頷いた。


「分かったわ……って、多賀先輩! やっぱり休憩ちょっと待って!」


 女子の口から湊の名前が出てドキッとする。しかし休憩はお預けとはどういう事だろう?


「小木曽くんが相手するのよ、ほら早く行って!」

「え? 何でオレが!?」

「校内一のモテ男には、看板娘をあてがうのが常識でしょ?」


 そんな常識知らねぇよ! と肇は騒ぐけれど、みんなに背中を押されて湊の前に出てしまった。


「……肇?」

「……………………よぉ」


 確認するような湊の声に、肇は短く挨拶する事しかできない。できれば湊には、見られたくなかった。


「このクラス、すごい人気だって聞いたから来てみたら……そういう事ね」


 湊は辺りを見渡す。


 周りの視線が痛い。湊は湊で注目されているし、肇は逃げ出したい気分でいっぱいだ。


「はぁぁ……美男美女……尊い……」


 どこかでそんな声がする。肇は声がした方を睨んだけれど、声の主を特定するまでには至らなかった。


「……注文は?」

「紅茶で」


 肇は形だけウエイトレスをして、紅茶を取りに行く。


「はい、紅茶とクッキー。しっかり相手しておいでっ」


 女子にそう言われ、店の趣旨が違うだろ、と睨むけれど彼女は知らん顔だ。


「小木曽くんと多賀先輩、あなた達が並んでるとお客さんが増えるのよっ」

「何だよそれっ」


 グイグイと背中を押すクラスメイトに、肇は嫌々ながら湊の元へ戻る。


(あ……)


 湊は案の定、この短い間に女子に囲まれていた。そして、彼があのいけ好かない笑いを浮かべていることにも気付く。


「多賀くん一緒に回る子、いないの? 私たちと一緒に見て回ろー」

「あはは……」


 湊は笑うだけで何も言わない。こりゃダメだ、と肇はつかつかとその間に入った。黙って紅茶とクッキーを置くと、ぐい、と腕を引かれる。


 突然の事で抵抗できなかった肇は、湊の膝の上に座らされ、後ろから抱きしめられた。


「ちょ……っ!」

「この後この子と見て回る予定なんです。先輩方、ごめんなさい」


 湊の前にいるので顔は見えないけれど、とても良い顔をしているのだろう、声で分かる。


 どこかで悲鳴に近い声がした。肇は慌てて立ち上がろうとするけれど、湊の腕はビクともしない。


 先輩だったらしい女子たちは、一瞬肇を睨むけれど、何故かすぐに視線を逸らして、用事を思い出して去っていった。


「いいタイミングで来てくれたね、ありがとう」


 湊が解放してくれる。突然の事でパニックになった肇は、言葉が出ず口をパクパクさせるだけだ。


「おま、何すん……っ」

「肇が戻ってくるの分かってたから。さすがに女子相手に今のをやると、その子が可哀想でしょ」


 先輩に目をつけられるから、と湊は言う。


「だからって、オレを使うなよっ!」

「逆に、肇にしかできないよ、こんな事」


 ニッコリ笑って言われて、肇はまた言葉が出なくなった。


「ね、このあと一緒に回らない?」

「……ん? ああ……オレ、ずっとここにいなきゃいけないんだ」

「良いよ良いよ! 小木曽くん多賀先輩と見に行きなよ!」


 横から声がして見ると、ムードメーカーの女子が何故か涙を浮かべていた。


「良いもの見せてもらったからそのお礼! ホントありがとう!」


 肇は、先程尊いとか言ってたのは彼女か、と察する。なにやら、同じ匂いがしてしょうがない。


「何だ……あんた腐女子か」

「えっ?」


 そう言われた彼女は、視線を泳がせながら、何の事やらさっぱり、とか言っている。


「そうか……てっきり同類かと思ったのに。オレはレイヤーだから」


 そう言って、肇は湊に着替えるから待ってろと言い残し、更衣スペースに引っ込んだ。


(何だろ……前までオタバレするの、すっげぇ嫌だったのに)


 今はすんなり、しかも自分から言えた事に自分でも驚く。


(湊と会ってからだ……)


 あの柔らかい笑顔に、肇の心も解されたのだろうか?


 何だか、心が温かいもので満たされる。


 肇はそれの正体が何なのか、分からなかった。けれど、嫌な気はしない。


 肇は素早く着替えて、外で待つ湊の元へ戻った。

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