第11話 モテ期

「ロンギヌスさん、こっちですー」


 人混みの中、みかんが肇を呼ぶ。肇はみかんの姿を捉えると、真っ直ぐに彼女の元へ行った。


「みかんさん……おいコラてめぇ、めんどくさい事になったじゃねーか」

「わー、BL作品の受けが私に迫ってくるー」


 肇はみかんに詰め寄ると、彼女は棒読みで肇の言うことをスルーした。今日の彼女は前回と同じく、魔法少女の片割れだ。


 今日は、いわゆる夏コミと比べて規模も小さい同人即売会だ。だからか、ゆるく、アットホームな雰囲気の会場は、肇の口を悪くする。


「あれからどうなったのかなって、気になってたんですよねー」


 本当かな、と肇は思うが面倒なので突っ込まずに話を進めた。


「全部バレました。オレのアカウントもそれに載せてる写真も」


 肇が短く説明すると、みかんは「ああー」と苦笑する。オレの人生オワタ、と肇は空を仰いだ。


「そもそも、何故オタバレしたくなかったんですか? 初めから言っちゃえば楽なのに」


 もっともな事を言われ、今度は肇が苦笑する。コスプレ仲間に会う時と、普段の自分は、性格が全然違う事を説明した。


「なんかコスプレしてると開放的になるって言うか……その反動か、普段は漫画のまの字も出さないし」


 言いたくなくなるから言わない。シンプルな考えなのに、それでややこしい事になっている。


「何にせよ、あのイケメンくんに会った時のロンギヌスさんは、ツンツンしてて可愛かったですけどね」

「は?」


 何だそれは。その言い方だとデレがあるみたいじゃないか、と肇は眉間に皺を寄せた。それを見たみかんは微笑む。


「すっごい警戒してるんですよね。そう考えると私、意識すらされてないんだなって」

「……」


 肇はみかんの言葉の意味を、理解するのに時間がかかった。オレが多賀を警戒している? 何でだ? と後半のみかんの言葉はスルーしてしまう。


 それに気付いたみかんは、苦笑した。


「もしもーし、私、今決死の覚悟で告白したんですけどスルーですか?」

「あ、いや…………え?」


 一生懸命湊に対しての態度の原因を探っていた肇は、またしても反応が遅れてしまう。やっと言葉の意味を理解すると、全身が熱くなった。


「あ、照れてる」


 みかんがしてやったりな顔で笑う。意識をこちらに向ける事に成功した、と喜んでいた。


 肇は何だか最近、告白されるの多いな、と熱くなった顔を手で扇いだ。みかんはその様子を見て嬉しそうだったが、次には眉毛を下げる。


「イケメンくんが出てこなきゃ言うつもり無かったんですけど。一応答え、聞かせてくれます?」

「いや、アイツはそんなんじゃないですよ……大体、オレはアイツのこと嫌いだし」

「……興味が無ければ、そんな事わざわざ言いませんよ? 愛情と憎しみは表裏一体って言うじゃないですか」


 それより返事をください、と言われ、怜也の時のように言葉に詰まる。


 好意を寄せられる事には素直に嬉しい。けれど、付き合えるかどうかは別問題だ。


 肇は深呼吸をする。


「ごめん……オレ、人を好きになるとか、よく分からないんです」


 だから、ただただ相手に応えられない事に対して、申し訳なくなってしまう。


「うん……そんな気はしてた。……そんな困った顔しないで下さいよ、こっちが申し訳なく……っ」


 みかんは明るく言った。けれど途中で耐えきれなくなったのか、顔を覆って泣き出してしまう。


 肇は掛ける言葉が見つからず、ただ彼女がポロポロと涙を落とすのを見つめるだけだ。


 こういうのを見ると、肇もグッと胸が締め付けられる。でも、自分にできることはない。彼女が落ち着くまで待つしかない。


 女の子を泣かせてしまった罪悪感と、湊を引き合いに出されたイライラとで、肇は胸を掻きむしりたくなった。


「……ごめんなさい、泣かないって思ってたのに、ダメでした」


 涙を拭って明るく言うみかん。肇はいえ、と首を振る。


「仕方が無いですよ、それは……」


 肇がそう言うと、みかんは「じゃあ、友達の所へ行きますね」と笑顔で去っていく。肇も、これ以上一緒にはいられないよなと思い、了承した。


(告白されて申し訳ないとか思うの、しんどいな)


 湊もそうだったのだろうか? そう思って肇ははた、と自分が何を考えていたのか気付いて、慌てる。


 確かに、彼が声をかけられていた所を目撃した事がある。けれどこれでは、湊の事を気にしているみたいじゃないか。


(でもきっと、オレの比じゃない人数を断っているんだろうな)


 アイツの事だから、ニコニコしながら断っているに違いない。そう思ったら胸が締め付けられた。


(やっぱムカつく)


 肇は踵を返して帰り支度をする。こんな気分じゃ楽しめるものも楽しめない。


 この後何人かに会う予定だったけれど、断りのメッセージを入れて帰路に着く。


(くっそ……それもこれも全部多賀のせいだ)


 湊にしてみればとんでもない言いがかりだけれど、そう思わずにはいられない。


 着替えて会場を出て、電車に乗ったところで着信があった。電車内で通話するのも気が引けたので、次の駅のホームでスマホを確認する。着信は、バイト先からだった。すぐに折り返し電話を掛けると、店長が出る。


「肇です、どうかしましたか?」

『ああ肇くん、今日出勤できるかい? 志水くんと連絡が取れなくなって……』

「えっ? ……他の人には連絡したんです?」


 肇は状況を詳しく聞く。店長は他の人にもあたったけど、捕まらなかったと言った。


 肇は迷った。今日は日曜日だ、人手がいる。今日は出られないと伝えてあるけれど、それでも連絡してくるのは、それほど困っているのだろう。


「今出先なので、少し遅れるかもしれないですけど、良いですか?」


 ちょうど早く引き上げてて良かった、と肇は思った。店長に了解を得たので急いで家に帰る。


(なんか今年の夏休み、色々あって疲れた)


 そんな事を思って、肇は走ってバイト先へ向かった。

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